第15話 神社山
「腹ごなしに運動をしたいなー」
あかりちゃんが食後に言った。
「走ってきたら? 俺は家で待っているよ」
「えー、つまんなーい。一緒に走ろうよー」
「俺には走るなんて無理だよ。マラソンとか嫌いだから」
「じゃあ歩こう。おとついみたいに散歩しようよ」
「散歩ならいいよ」
彼女に部屋の外に出てもらい、ジャージから外出着に着替えた。
天気予報によると、今日は風が強く、気温が低い。
上にウインドブレーカーを羽織った。
玄関から出ると、身を切るような風が吹いていた。
散歩日和とは言えない。
「寒くない?」
「寒いけど、歩いているうちに身体が温まるでしょ」
あかりちゃんは平気そうだった。彼女はカーディガンを着ている。
歩き出そうとしたとき、最寄りのごみ集積所に残飯が散らばって、カラスが集まっているのに気づいた。
「ちょっと待ってて」
俺がほうきとちりとりを持っていくと、カラスは近くの塀や電柱の上に飛び移った。
軽く掃除をした。
「偉いねー、ふゆっち」
「別に偉くなんかないよ。見てて気持ち悪かったから……」
俺はちりとりの中身をビニール袋に移し、玄関の横に置いた。
山に向かって住宅街を歩いた。
「うふふふ」
あかりちゃんが脈絡なく笑う。
「どうかした?」
「ふゆっちがごく自然にいいことをしたから嬉しいんだー」
「たいしたことはしてないよ」
「あれをたいしたことじゃないとさらっと言うふゆっちが好きー」
本当にたいしたことはしていない。
きちんと掃除したわけじゃなく、目立つ生ごみを取り除いただけだ。
「カラスには悪いことをしたかな」
「カラスに同情するの?」
「あの子らも生きていかなきゃならないでしょう?」
「これ以上カラスが増えたら困るよー」
山が近いためか、俺たちの街には鳥がたくさん生息している。
カラス、スズメ、ハトあたりがいちばん身近だが、ハクセキレイ、ムクドリ、メジロ、ウグイスなんかも見かける。
水辺にはサギやカルガモがいて、茂みにはキジもいる。オスのキジの羽毛はとてもカラフルで、見ると感動する。
俺たちはおとついと同じようなコースを散歩した。
住宅街から坂道を下って、清流沿いの砂利道へ。
風が強くて寒いのに、広い河原ではキャンプを楽しんでいる人たちがいた。
大学生くらいの数人の男女が、炭火で肉を焼き、笑いさざめいている。
風が焼き肉の匂いを運んできた。
「お腹すいた」
「さっきお昼を食べたばかりじゃないか」
「オムライスだけじゃない」
「だけ?」
オムライスはりっぱなごはんだ。
あかりちゃんにはそれだけでは足りないのだろうか。
河原のそばにバーベキュー用品の貸し出しをしているお店があって、食品も売っている。
彼女はカップやきそばを買った。
ちょっとしたお菓子とかではなく、カップ麺を選んだあかりちゃんに驚かされる。
「2回目の昼ごはんだね……」
「カップやきそばはおやつだよ」
店内でお湯を入れ、河原に座って食べた。
俺は彼女の隣で缶コーヒーを飲んだ。
お店でごみを捨てさせてもらって、散歩をつづける。
「腹ごなしのつもりが逆に食べちゃった。もっと歩かないと」
「やきそばのカロリーって、けっこう高くない?」
「カロリーの話はしたくないなあ」
神社山の麓までやってきた。
「登ろう」とあかりちゃんは言った。
標高は200メートル程度で、登山道は広くてよく整備されている。
犬の散歩に使っている人もいるほど気楽に登れる山だ。中腹には公衆トイレも設置されている。
神社とコンビニの間のコンクリート舗装の道を行く。
やがて地面は土に変わるが、しっかりと踏みかためられていて、歩きやすい。
途中で分岐がある。
頂上へ向かう道とピークへ行かずに奥の山につづくマイナールートに分かれている。
マイナールートはやや荒れていて、通る人は少ない。
「こっちへ行ってみない?」
「いいけど、気をつけてね」
「だいじょうぶ。昔はよく通った道だわ」
マイナールートの先には、かつて俺たちが秘密基地にしていた場所がある。
道は狭く、草ぼうぼうでところどころ蜘蛛の巣が張っていたが、歩けないほどではなかった。
でも、厚底ローファーで行くような道ではない。
「戻ろうよ」
「もう少し。あそこに行ってみたい」
あそことは、秘密基地のことだろう。
怖い思い出がある。
あかりちゃんはどうしてあそこに行きたいのだろう。
怖い物見たさ?
登山道の脇に苔むした小さな石仏が立っていた。
見覚えがある。
事件の記憶が鮮烈によみがえってきた。
あそこが近い。
杉林がとぎれ、展望が開けたところであかりちゃんは立ち止まった。
「埋まってる……」
山道の横は切り立った岩の崖。
その崖にかつては洞穴があった。俺たちは小学3年生のときにそこを発見して、秘密基地にして遊んでいた。
洞穴は土砂で埋まってなくなっていた。
崖崩れとかではなく、明らかに人為的に埋められていた。
周りはこげ茶色の岩石なのに、穴が開いていたはずのところだけが砂。
どこかから運ばれてきた砂で、洞穴はふさがれたのだ。
風はますます強くなり、崖と俺たちに向かってびゅうびゅうと吹きつけていた。
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