第14話 ウスターソースオムライス

 その後、俺は椅子に座って昔の漫画雑誌を読み、あかりちゃんはベッドの上でスマホをいじって過ごした。

 こうして部屋でまったりしていると、小学生時代に戻ったみたいだ。

 長い空白期間を経て、あかりちゃんと空と再びそういう時間を共にできるようになったことが嬉しい。

 両親が海外へ行ったことがきっかけ。

 少し戸惑いもあるけれど、悪くない。


「ふゆっちはなにかSNSやってないのー?」

「あかりちゃんとの連絡用に使っているやつ」

「それ以外はー?」

「やってないよ」

「えー、やりなよー、フォローするからさー」

 

 ときどき他愛もない話をしながら、時間が過ぎていく。

 

「日本人って、しょうゆとみそが好きだよね」

「そのふたつは偉大な調味料だと思う」

「あたしはさあ、ソースとケチャップが好きなんだ」

 あかりちゃんはそうだろうな。どちらも甘いから。


 のどがかわいたので、冷蔵庫からペットボトルのお茶を持ってきた。

 あかりちゃんにはスポーツドリンクを渡す。


「ありがと」

「それでいい? お茶もあるけれど」

「甘いのがいい」


 彼女は美味しそうにごくごくと飲んだ。


「ふゆっちは犬と猫、どっちが好き?」

「どちらかと言えば犬かな」

「あたしは猫。これ見てよー」

 あかりちゃんが子猫の動画を見せてくれた。

「かわいい……」

「でしょー」

「でも子犬だってかわいいよね」

「だね。動物動画って、いつまでも見ていられる」


 うららかな春休み。

 暑くもなく、寒くもない。

 俺たちはだらだらと過ごした。

 

「そろそろお昼ごはんをつくるね。ケチャップオムライスとウスターソースオムライス、どっちがいい?」

 その二択なのか。オムライス以外の選択肢がない。まあいいけれど。

「オムライスって、ケチャップでつくるものじゃないの?」

「ソースでつくっても美味しいよ。きのう試作してみたから、まちがいない」

 わざわざ試作してくれたのか。

「じゃあソースオムライスをお願いします」


 俺たちは1階に下りた。

「手伝うよ」

「ふゆっちは漫画読んでなよ」

「悪いよ」

「いいからいいから」

 断られたので、ソファに座って雑誌のつづきを読もうとしたが、キッチンが気になった。

 あかりちゃんは確か、卵焼きをきれいに巻くのがむずかしいと言っていた。

 ライスを卵で包むのもむずかしくないか?

 俺はちらちらとキッチンを見た。


 鼻歌をうたいながら、彼女はお米を研ぎ、炊飯器にセットした。

 それからトントントン、とタマネギをみじん切りにした。

「涙出る~」

 包丁を持ったままの手で目を拭っている。だいじょうぶかな……。


「やっぱり手伝わせてよ」

「そう? じゃああたしは大切な鶏肉を切るから、タマネギをお願いするね」

 あれ? さらっと目が痛い作業を渡された。

 あかりちゃんは冷蔵庫から鶏のもも肉を出し、ふんふんふん~と歌って、調子よくキッチンはさみで切り始めた。

 俺はみじん切りをした。涙がにじんだ。


 ごはんが炊きあがった。

 彼女はフライパンで肉と野菜を炒め出した。

 しっかりと火を通してから、ライスを投入して、具材と混ぜ合わせる。

 調味料をかけ、胡椒を振る。

「ソースでチキンライスの味付けをするんだよ~。隠し味でケチャップを足します」

 試作したと言うだけあって、なかなか手際がいい。

 フライパンからソースの香ばしい匂いが立ち昇った。

 チキンライスができあがり、彼女はそれを皿に移した。


 さて、肝心の卵である。

 あかりちゃんはフライパンにバターを溶かし、溶き卵を入れた。

 菜箸でかき混ぜ、半熟に焼いて、火を止めた。

「ふわとろにしたいんだあ。きのう練習したんだよ」

 卵の上に皿によけておいたチキンライスをのせる。

 包む。

「あっ……」

 卵が破れてしまった。

「うわーん、これはあたしが食べるよ。ふゆっちのオムライスは完璧につくってみせる!」


 残念ながらまた失敗した。

 食卓には、卵がぐちゃぐちゃになったオムライスがふたつ。

「ごめん、こんななはずじゃなかったのに。きのうはうまくできたんだよ……」

 あかりちゃんは目に見えて落ち込んでいる。

「まあまあ、料理は見た目より味が大切だよ」

「そ、そうだよね。味はいいはず」

「いただきます」

「ちょっと待って!」

 彼女はウスターソースでオムライスに大きなハートを描いた。

「どうぞ召しあがれ」

 

 俺はスプーンで卵とライスをすくって、口の中に運んだ。

 卵の姿はあまりよくないが、ふわとろだった。ソースメインで味付けしたチキンライスは、コクがあって美味しい。

「うん、いいね、ウスターソースオムライス」

「そうでしょう~。なかなかいいのよ、これ」

 あかりちゃんは機嫌を直して、俺にハートを描かせたオムライスを頬張った。

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