第12話 クッキーの缶

 空が帰宅した後、俺は自分の部屋の押し入れを開けた。

 上段には服が収納してあり、下段には本や鞄やおもちゃのピアノやウサギのぬいぐるみやクレヨンやスケッチブックなんかが乱雑に押し込まれている。

 ピアノとぬいぐるみはかつてあかりちゃんが持ってきたもので、クレヨンとスケッチブックは空が使っていたものだ。

 大きめのクッキーの缶もあり、そこにはエロ本が入っている。

 俺はクッキーの缶を学習机の鍵をかけられる引き出しに移そうと考えた。


 俺の学習机には3段の引き出しがあり、1番上の引き出しに鍵穴がついている。

 引き出しには文房具などが入っている。

 1番上にぎっしりと詰め込まれていた鉛筆やシャープペン、蛍光ペン、定規、はさみ、セロハンテープ、中学の生徒手帳などを、いったん机の上に全部出した。

 がらんとした引き出しは、埃や消しゴムのかすで汚れていた。キッチンから雑巾を持ってきて拭いた。


 2段目と3段目の引き出しには、祖父の形見の将棋の駒、双眼鏡、プリズム、化石、貝殻、万華鏡など雑多なものがごちゃごちゃと入っていた。

 俺は思い出の品を押し入れに移してスペースをつくり、1段目に入っていた文房具を下の引き出しに移した。

 押し入れもきちんと整理しなくちゃと思ったが、それは後でやることにした。

 エロ本を鍵のかかる場所に移すのが先だ。

 

 クッキーの缶を机の上に持ってきた。

 蓋を開ける。

 中にはちょうど10冊の薄い本が入っている。


 この機会に何冊か捨てようかと思って、1冊1冊のページをめくったが、どれも捨てるには惜しかった。

 だめだ。できない。

 特にこのうちの2冊はやっぱり宝物だった。

 空とあかりちゃんに似ている女の人のエロい本……。


 あかりちゃんに似ているのは、そこそこ有名らしいグラビアモデルだ。

 キュートな童顔とはちきれんばかりの豊満な姿態で人気がある。

 この人の本は成人向けではなく、水着写真集だ。

 しかし、俺にとっては18禁以上に刺激的なものだった。

 水着がきわどすぎて、裸よりもエロい感じがするのだ。

 モデルが身につけているのは、布面積極小のひものような水着だ。

 ばいーんと大きなおっぱいの突起だけが、かろうじて隠されている。

 下も同様で、絶対に見せてはいけない部分のみが、ぎりぎり布で覆われている。


 ポーズは挑発的。

 両手で胸を押しあげていたり、お尻を突き出していたりする。

 水着の色は白で、透けているんじゃないかと錯覚するような写真もある。もちろん本当に透けてはいない。

 モデルは明るく無邪気そうに笑っている。

 当然撮影用につくった笑顔なのだろうが、天真爛漫に見える。そんなところもあかりちゃんを彷彿とさせる。


 もう1冊の空を思い起こさせる本は、純然たるヌード写真集。

 でも、こちらの方がむしろエロくないのだ。

 撮影された場所は、どこかの広葉樹林。

 ほっそりとした神秘的なほど美しい女の人が、裸で木陰に座っていたり、木立の中の小道を歩いていたりする。

 カメラ目線はほとんどなく、つくったようなポーズもない。

 

 そして、無表情なのだ。

 そこがとても空っぽい。

 空本人じゃないかと思ったこともあるけれど、さすがにそれはない。

 よく見ると、写真の女の人は左目の下に泣きぼくろがあり、それは空にはないものだ。

 それ以外は、ふたりはとてもよく似ている。


 他の8冊は、どうしても捨てろと言われたら、捨てることができると思う。

 だけど、この2冊は絶対に手放したくない。


 俺はすべての本をクッキーの缶に仕舞い、机の1番上の引き出しに入れて、鍵をかけた。

 鍵は3段目の引き出しの奥に置いた。

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