第11話 ベッドの上の空

 空は俺のベッドの上で少年漫画誌を読んでいたが、いつしか寝落ちして、すやすやと眠ってしまった。

 俺は5年前くらいに発行された雑誌を読み終えて、つづきを取りに行こうとしたとき、そのことに気づいた。

 ミニスカートと黒いストッキングを穿いた美脚の空が、俺のベッドで仰向けになって寝ている。

 静かに寝息を立て、口は微かに開けられて、手から雑誌がこぼれ落ちている。

 無防備すぎる……。

 俺は吸い寄せられるように近づいて、空の横で膝を立てた。


 空は少し吊り目で、無表情でいることが多いクールな美少女だ。その容貌はちょっと近づきがたいほど整っている。

 しかし、寝顔はなんだかあどけない。

 ひとつ屋根の下でふたりきり。俺の目の前で眠っている浅香空……。


 あれ?

 いまなら空の唇にキスできる。

 

 女の子がひとりでひとり暮らしの男の家に来て、部屋に入って、ベッドに寝転んで、そのまま眠ってしまった。

 それって、もうなにをされてもいいってことかな。

 誘っているのかな。

 キスくらいしてもいい? それ以上のことをしてもいい?

 むしろなにかしないと失礼なくらい?


 俺は急に頭が沸騰し、混乱した。

 空は黒いスウェットシャツを着ている。

 その下にある胸は、あかりちゃんみたいな巨乳ではないけれど、しっかりと存在を主張して、ふたつの美しい丘になっている。

 その双丘が呼吸に合わせて、ゆったりと上下している。

 あかりちゃんの胸にはものすごいインパクトがあって、目を吸い寄せられるけれど、空のはほどよい大きさで、手のひらでちょうど包み込めそうだ。

 俺は空の胸に向かって、そろそろと両手を伸ばした。


 いやいや、ちょっと待て。

 さすがにまずいだろう。

 もし、万が一誘っているのだとしても、眠っているときはだめだ。

 そういうのはきちんと起きているときに告白して、つきあって、合意の上でやることだ。


 告白?

 俺は空が好きなのだろうか。

 幼馴染として好きなのは確かだ。

 恋愛感情はあるのだろうか?

 ないとは言えない。

 美しい幼馴染が俺の世話をしてくれる。

 それが始まったときから、俺はもう恋に落ちてしまった気がする……。


 あかりちゃんは?

 派手な顔立ちをした美少女で、気さくに話しかけてくれる子。

 空と同じくらい付き合いの長い幼馴染。

 やはり空と同じように付き合いがとぎれてしまっていた幼馴染。

 長い空白を経て、また家に来てくれたとき、彼女にも恋心を抱いてしまった気がする……。

 

 俺は空とあかりちゃんのふたりとも……?


 いや、それはだめだろう。

 そもそも空もあかりちゃんも俺には不釣り合いな美少女で、高嶺の花だ。

 俺なんかが恋人にできる相手じゃない。


 たまたま隣に住んでいるだけの幼馴染。

 俺の親とも親しくしていて、頼まれたから世話をしてくれるだけ。

 勘ちがいしてはいけない。

 俺が彼女たちに恋することはあっても、逆はあり得ない。

 きっとそうだ。


 ふたりが仲よくしてくれるだけで俺は充分にしあわせだ。

 遠ざかっていた仲が、父の海外赴任と母の同行というきっかけがあって、再び近くなった。

 空とあかりちゃんのふたりとも戻ってきてくれた。

 それだけでも奇跡的にしあわせなこと……。


 俺は空の胸の上にまで伸びていた両手を引っ込めた。


 空がリビングに下りてきたとき、俺は夕食の支度をしていた。

 もう日が暮れている。俺はキッチンの照明をつけて、生姜をすりおろしている。


「ごめん、眠っちゃった。夕ごはん、わたしがつくるわよ」

「もう豚肉を焼くだけだよ。待ってて」

 挽き肉とタマネギを焦がしてしまった人に料理を任せるのは不安。自分でつくった方がいい。

 そんな思いは頭の中だけにとどめて、けっして口に出さず、フライパンにオイルを引く。

 クール系の空が料理は苦手。

 そんなところも彼女の魅力だと思いながら、俺は熱したフライパンで肉を焼き、しょうゆ、みりん、生姜で味を付けた。


 テーブルにふたり分の夕食を置く。

 ごはん、豚肉の生姜焼き、レタスサラダ、豆腐とわかめのみそ汁。

「生姜焼き、美味しそうね」

「熱いうちに食べてよ」

「いただきます」

 俺たちは軽く手を合わせてから食べ始めた。


 食事中にあかりちゃんから連絡が来た。

〈明日も7時に行っていい?〉

 少し早いとは思うが、朝ごはんを一緒に食べるつもりなら、ちょうどよいのかもしれない。

〈いいよ〉と返事をした。


「あかりちゃんが明日朝7時に来る」

「天乃さん、そんなに早く来るの?」

「うん」

「あさって、わたしも7時に来ていい?」

「いいけれど、別に無理しなくていいよ」

「無理じゃない」

 空はきっぱりと言った。


 食後、空とも連絡先の交換をした。

〈4月5日午前7時に行く。朝食は食べないで待っていること〉

 目の前にいる空が、そんな文章を送ってきた。

〈わかった。食材はなにか買っておこうか?〉

〈必要ない。明日わたしが買って、持ってくるから。朝はごはんとパン、どちらがいい?〉

〈どちらかというとパンかな〉

〈了解〉

 連絡を終えると、彼女はスマホを胸に寄せてかき抱いた。

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