第10話 昔の漫画雑誌
昼食後、俺はコーヒーを淹れた。
豆を挽いた粉をペーパーフィルターに入れて、少しずつお湯を注ぐ。
ふたり分のホットコーヒーをつくって、カップを食卓に置いた。
「ありがとう。いい香り」
空は角砂糖をひとつ入れて飲んだ。俺はストレートで。
「小学生のときはコーヒーなんて飲まなかったわね」
「そうだね。あの頃はもっぱらジュースだった」
空もあかりちゃんも俺の部屋に入り浸り、ジュースを飲み、お菓子を食べたものだった。
「冬樹の部屋に行きたい」と空が言い出した。
「散らかってるからだめだよ」
「散らかってるの?」
「ひどいもんだよ。本で足の踏み場もない」
「ふーん、散らかってるのね……」
空は微かに笑って、コーヒーをすすった。
嫌な予感がした。まずいことを言ったかもしれない。
「じゃあ午後は、冬樹の部屋のかたづけをしましょう」
空もあかりちゃんも似たようなことを言う。
「いいよ、自分の部屋のかたづけくらい自分でするから」
あかりちゃんに伝えたのと同じような台詞を空にも言った。
「わたし、以前みたいにあなたの部屋でごろごろしたいと思っているの。そのためにもかたづけないと」
「え~っ」
俺の幼馴染はふたりとも俺の部屋でごろごろしたいのか。
俺が理性をなくしてしまったらどうする気なんだ。
危機意識がなさすぎる……。
コーヒーを飲み終えると、空はさっさと階段を上っていってしまった。俺は仕方なく追いかけ、部屋を見せた。
本の塔が立ち並び、乱雑きわまりない。
「このとおりのありさまで、とてもかたづけをお願いできるような状態じゃないんだ。自分でゆっくりやるよ」
「確かに足の踏み場もないわね。本が多すぎる。どこから手をつけたらいいのかわからないわ……」
「これでも俺は、どこにどの本があるかだいたい把握しているんだよ」
「そういうものかもね」
空はぐるりと部屋の中を見回した。
「カラフルな表紙の本が多いわね。昔はなかったわよね?」
「ライトノベルだよ」
「うん、わかる」
彼女は乱立する本の塔のうちのひとつに目を止め、その1番上にあるラノベを指さした。
「あれは名作」
俺も名作だと思っている小説だった。
同じ本を好きだとわかって、ちょっと嬉しい。
空は小学校高学年の頃、俺に影響されたのか、よく読書をしていた。あかりちゃんよりは遥かに読書家だった。
いまもけっこう本を読んでいるのかもしれない。
「さて、大変そうだけど、かたづけるわよ」
「待ってよ。自分でやるって言ったでしょう」
「これはあなたのためだけじゃなくて、わたしのためでもあるの。ここをくつろげる空間にしたいのよ」
俺の制止を聞かず、彼女は本に手をつけた。
「うーん、どう整理するかむずかしいわね……」
やめろと怒鳴ったら空を止められるのかもしれないが、人と争うのは苦手だ。
「まずは雑誌を捨てようかと思っているんだ」とあきらめて言った。
「わかりやすい方針ね。それがいいわ」
空は本の山から雑誌だけを抜き取り始めた。
かたづけをするのは避けられないようだ。
小学生時代、俺は小遣いを握りしめてコンビニへ行き、漫画雑誌を定期的に買っていた。俺と空は夢中になって読んだものだった。
捨てずに残しておいた漫画雑誌が大量にある。
それをかたづけていく。
「懐かしい!」と空が言って、漫画を読み始めたりもした。本の整理あるあるだ。
俺は黙々と作業を進めて、廊下に雑誌を出していった。
ほとんどが少年誌だが、一部に少女漫画誌もあった。
俺は少女漫画を買ったことはないから、空が購入して置いていったものだと思う。そういうこともあった。
雑誌を廊下に出しただけで、部屋の中はかなり広くなった。本で埋没していたフローリングが半分くらいは露出した。この程度のこと、もっと早くやっておけばよかったかもしれない。
「この雑誌、全部捨てるの?」
空は2階の廊下をぎっしりと埋めた雑誌を眺めながら言った。
「捨てるよ。そうしないとかたづかないからね。思いきって処分するよ」
「ちょっともったいないわね」
「そう思うなら、引き取ってくれる?」
「無理。こんなものわたしの部屋には入りきらない」
「捨てるしかないんだよ。古紙回収に出すよ」
「そうするしかないわよね。うーん、でももったいない。捨てたら2度と手に入らないものばかり。せめてもう1度読みたい……」
そう言われると、俺も再読したいという気持ちがむくむくと湧きあがってきた。
「じゃあこれから読まない? 気になるものだけでも読んでから捨てようよ」
「それはいい考えね」
俺たちの意見はたちまち一致した。
俺は両親の部屋から座布団を持ってきて、俺の部屋のフローリングの上に置いた。
空はその座布団にぺたんと座り、古い漫画雑誌を読み始めた。
俺は学習机の前の椅子に座って、少年誌を読んだ。
「つづきが読みたいわ!」
読み終えた週刊誌を閉じて、空が言った。
「その雑誌は毎週買っていたから、たぶん次の号があるよ。探してみたら?」
「そうする」
空は廊下をごそごそして、「あった!」と叫んだ。
俺たちはかつてのように漫画に夢中になった。いま読んでも面白いものが多い。まだ連載がつづいている大長編の昔の回を読むと、やっぱり傑作だと思って、全部読み返したくなった。
空はいつの間にか俺のベッドの上に横になって、漫画を読んでいた。
ええ~っ、そこでごろごろするの?
俺にことわりもせず、なにをやっているんだ、この幼馴染は。
そんなことを思ったけれど、昔に戻ったみたいな気分もあった。
空が俺の部屋でくつろいでいるのは、なんとなく嬉しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます