第7話 サンドイッチ

 俺は食材の多くを冷蔵庫に入れ、乾麺やチョコレートなどは戸棚にしまった。

 すぐに使うものは流し台に置いた。


「じゃあサンドイッチをつくるね」

 俺がそう言うと、あかりちゃんは手で制した。

「ちょっと待った。あたしがつくるんだよ。ふゆっちは本でも読んでゆっくりしてて」

 幼馴染にだけ働かせて、自分はぐうたらしているのには抵抗がある。

「ふたりでやろうか」

「いいの。あたしはふゆっちのお世話をしに来てるんだよ。ごはんは任せて!」

 しかし、こうまで言われると、強いて出しゃばる気にもなれない。

「そう? ありがとう」


 俺はソファに腰かけ、本を読み始めた。

 しばらくして、キッチンであかりちゃんが叫んだ。

「ふゆっち、お砂糖はどこー?」

「砂糖なら流し台の1番上の棚に入っているよ」

 俺は純文学を読みながら答えた。

「わかった。探してみるー」

 さらに読みつづけようとしたが、嫌な予感にとらわれた。

 砂糖? サンドイッチに砂糖?

 俺は本を閉じ、キッチンへ行った。

 あかりちゃんは棚から砂糖壺を取り出そうとしていた。

 俺は猛烈な違和感を覚えた。

 俺のイメージするサンドイッチとあかりちゃんのそれとに、大きな隔たりがあるのではないだろうか?


「確かにそれが砂糖だけど、なにに使うのかな?」

「え? 卵サンドだよ」

「卵サンド……。どんなのをつくろうとしているんだろう?」

「ふつうのだよ」

「ふつうの卵サンドに砂糖……。もう少し詳しく教えて?」

「甘いスクランブルエッグをつくって、食パンではさむだけ」


 あー、それがあかりちゃんのふつうの卵サンドなのか……。

 俺はちょっとげんなりしてしまった。

 朝はドーナツ。昼は謎の甘いサンドイッチ。そんな食生活は嫌かもしれない。


「あかりちゃん、マヨネーズは嫌い?」

「別に嫌いじゃないよ。まあまあ好きだよ」

「卵サンドは俺につくらせてくれないかな。つくりたいんだよ!」

 俺は力を込めて言った。

「そこまで言うならいいけど、マヨネーズを使うの?」

「うん。たまにはマヨネーズ味の卵サンドを食べてみようよ、あかりちゃん」

 彼女は首を傾げ、しばらく考えてから答えた。

「いいよ。じゃああたしはハムサンドをつくるね」


 俺は卵を茹で始めた。

 ゆで卵をつぶして、マヨネーズをあえ、胡椒をきかせた卵サンドをつくるつもりだ。

 それが俺の信じる真っ当な卵サンドだ。パセリやたまねぎのみじん切りを加えるのもいいが、それは必須ではない。大事なのはマヨネーズだ。

 あかりちゃんは冷蔵庫を開け、なにかを探していた。


「ないかなー」

「なにを探しているの?」

 俺はマッシャーでゆで卵をつぶしながらたずねた。

「ジャム。できれば苺ジャムがいいんだけど」

 また嫌な予感にとらわれた。

「ジャムをなにに使うんだろう?」

「ハムサンドだよ」

「え……ハムに苺ジャム……?」

「うん。甘辛くて美味しいよ!」

「ジャムはないよ……」

「じゃあちょっと家に帰って取ってくるね。こういうとき、お隣だと楽でいいねー」


 俺は苺ジャムで味付けしたハムサンドにチャレンジするべきか一瞬迷った。

 あかりちゃんの味覚を否定しつづけるのは、よくないと思ったのだ。

 でも、やはり俺にとってのふつうのハムサンドを食べたかった。

 ここは俺の家で、俺に与えられたお金で買ってきたハムだから。

 朝は彼女に合わせてドーナツを食べたから。

 いまは奇妙なハムサンドは欲しくない……。


「あかりちゃん、わざわざ苺ジャムを取りに帰る必要はないよ。今日は俺の味付けのハムサンドを食べてみない?」

「ジャムでなければ、なにで味付けするの?」

「バターとからしだよ」

「あー、昔そういうのも食べたな……」

 あかりちゃんの声は、いくぶんか気落ちしているように聞こえた。

 俺は自分がまちがったことを言った気がして、あわてた。

「あ、ご、ごめん。いいよ、苺ジャム味で!」

「いいよ、ふゆっちの好きな味で……。あたし、ふゆっちに喜んでもらいたいから……」

 彼女は明らかに落胆しているのに、気丈に笑ってみせた。口角はあがっているが、目は悲しそうだった。

  

 ものすごい罪悪感を抱いた。

 バターとからし味のハムサンドをつくるのに、これほどの後ろめたさを感じるとは思わなかった。

 それにしても、あかりちゃんの甘い物好きは小学生のときより遥かに激しくなっているようだ。

 天乃家では、料理にどういう味付けをしているのだろう?


 卵サンドとハムサンドは俺がつくることになった。

 あかりちゃんには、最後に残ったポテトサンドをつくってもらうことにした。

 惣菜のポテトサラダをパンではさむだけだ。

 甘くしようがないはず……。

 と思ったが、その予想はすぐに裏切られた。

 彼女がポテトサラダに砂糖をかけているのを見て、俺は仰天した。

 

「わかってるよ。あたしの味覚がふつうの人とちょっとだけちがっているのは……」

 ちょっとだけ?

 彼女はポテトに信じられないほど大量の砂糖を混ぜている。

「甘いの好きすぎだよね。だいじょうぶ、安心して。ふゆっちのポテトサラダはこっちに取り分けてあるから。砂糖はかけないよ」

 あかりちゃんは砂糖なしのポテトサンドもつくってくれた。

「うちの母親も、親用とあたし用で味付けを変えてくれているの。ポテトサラダをつくったら、後からあたしの分だけ砂糖を混ぜるの」


 天乃家、それでいいのか?

 あかりちゃんにもう少しまともな味覚教育をするべきじゃないのか?

 このままだと、彼女は一般人とはかけ離れた嗜好のまま、社会へ出てしまうぞ……。

 そんなことも考えたけれど、まあ人の好みなんてそれぞれでいいわけで。

 俺はあかりちゃんの好き嫌いをできるだけ尊重しようと思った。 


 俺たちはサンドイッチを食べた。

 マヨネーズ味の卵サンドとバターとからしを塗ったハムサンドは彼女のお気に召すだろうか?

「ふゆっちのつくったサンドイッチ、けっこう美味しいねー」とあかりちゃんが言ってくれたので、俺はほっとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る