第6話 俺の部屋 

 あかりちゃんはリビングにつづいて、キッチンに掃除機をかけた。彼女はかいがいしく働いた。

 和室と洗面所、廊下の掃除もしてくれた。それで1階の床掃除は終わった。

 派手な外見と突飛な味覚を持つ彼女は、意外に家庭的だった。隅々までていねいに埃を取り除いてくれた。

「2階の掃除もするねー」とあかりちゃんが言って、俺は焦った。

 2階にはあまりのぞいてほしくない俺の部屋がある。そんなに徹底的に掃除をされては困る。


「2階はいいよ。疲れたでしょう? 少し休みなよ」

「えーっ、別に疲れてないよ。2階もやってあげる。任せてよ!」

 あかりちゃんは元気溌剌としている。すぐさま階段を上っていきそうな勢いだ。

「父さんと母さんの寝室と書斎はいまは使ってないんだ。掃除はしなくていいよ」 

「使ってなくても埃はたまるよ」

「まだたまってないよ。1か月に1度くらいでいいと思う」

「じゃあふゆっちの部屋に掃除機をかけるよ。小学生のときによく行ったあの部屋、いまも使ってるんでしょ?」


 小学生時代にはあかりちゃんも空もよく俺の部屋にやってきた。

 あのころはまだ本は綺麗に棚に収納され、俺たちはいまよりも背が低く、部屋は広々としていた。

 俺は床の上でごろごろしながら、本を読んでいることが多かった。

 あかりちゃんもごろごろして、よくスマホでゲームをしていた。彼女は3人の中では1番早くからスマホを持っていて、確か小学1年生のときにはすでにあった。

 空は低学年のときはいつもお絵描きをしていた。彼女はお姉さんの影響で、絵を描くのが好きだった。高学年になると、俺の本棚から小説や漫画を取り出して読んだりするようになった。


 あかりちゃんと空は最初から仲が悪かったわけではない。

 小学3年生のときにあの事件が起こるまでは、3人一緒に部屋でまったりと過ごしていた。

 ふたりの女の子はけっこう仲がよくて、あかりちゃんが空の絵を見て、「天才だ~!」と誉めたりもしていたのだ。

 事件後、ふたりはあまり話さなくなり、交互に俺の部屋を訪れるようになった。

 小学生時代はずっとそんな関係がつづいた。

 そして中学に入り、俺たちは3人とも距離が離れた。特に理由もなくなんとなく疎遠になってしまったのだ。


 きのう久しぶりに空と身近に過ごした。今日はあかりちゃんと。

 高校生になった幼馴染たちは目を奪われるほど綺麗で、予測不能の動きをする。

 特にあかりちゃんの動きには不穏なところがある。

 俺は彼女の猪突猛進を止めたい。


「俺の部屋の掃除はいいよ。それくらい自分でやるから」

「遠慮しなくていいよー。掃除機だけでもかけてあげる」

 彼女の目は爛々と輝いている。久しぶりに俺の部屋へ行きたくてしかたがないのだろう。

「いいって。部屋の中は本でいっぱいで、掃除機をかけられるような状態じゃないから」

 俺はあくまでも拒絶する。

「そうなの? じゃあ本をかたづけてあげる」

 あかりちゃんは抵抗する。

「自分でやるよ!」

 声を荒げると、ついに彼女は頬を膨らませた。

「ふゆっちの部屋が見たい。見せて!」とはっきり言った。


 別にけんかがしたいわけじゃない。

 あかりちゃんを怒らせてまで拒絶しなくてもいいんじゃないか、という気になってきた。

 もういいや、入れてあげよう。押し入れの中だけは見られないようにして。

「わかったよ。じゃあ俺の部屋へ行こう」


 俺と彼女は階段を上り、6畳サイズの洋室のドアを開けた。

 俺の部屋の中には勉強机とベッドがあり、壁際には本棚が置いてある。ベッドは中学生のときに買ってもらったもので、それ以前は布団で寝ていた。

 机の上には、お気に入りのアニメキャラクターのフィギュアがふたつある。美少女フィギュアを見られるのは気恥ずかしいが、エロ本を見られるほど致命的ではない。絶対に見られたくないのは、あかりちゃんと空に似ている女の人の本だ。


「うわあ、確かに散らかってるね」とあかりちゃんは言った。

 俺の部屋の床は本や雑誌が積みあげられていて、ほとんどフローリングが見えない。ドアから机とベッドへ行くところだけが狭い通路みたいになっている。 

「わかったでしょう。掃除機は無理なの」

「うん、わかった。じゃあ本の整理をしてあげるよ」

「本のかたづけは他人には任せられない」

「一緒にやろ?」

 あかりちゃんは俺の部屋に突入したいみたいで、両手を握ってうずうずしていた。


「お腹が減ってきたなあ……」

 俺はなんとかして彼女の気をそらそうとした。すでに午前11時。昼食を食べようという提案は不自然ではない。

「お昼ごはんの準備をしようよ。なにもないから、買い物にも行かなきゃならないし」

 ちょうど都合よく、あかりちゃんのお腹がぐううと鳴った。

「そう言えばお腹すいたね。お掃除がんばったからなー。じゃあ部屋のかたづけはお昼を食べてからにしよっか」

 彼女は獲物を狙う鷹のような目を室内に向けている。

 この子、俺の部屋の探索をまだあきらめてないな……。


 冷蔵庫の中にはろくに食材がない。

 買い物に行かなくてはならない。

 俺たちの街は関東平野のはじっこ、山地の麓にある。

 自然豊かな地だが、そんなに不便でもなく、駅前にはそれなりににぎやかな商店街があって、大型のスーパーもある。住宅街には多くの人が住んでいる。


 俺とあかりちゃんは連れ立ってスーパーへ行った。

 昼はサンドイッチを食べようということになって、食パンとハム、レタス、きゅうり、総菜のポテトサラダをかごの中に入れた。卵が冷蔵庫の中に残っているから、これでハム、ポテト、卵サンドがつくれる。

 ついでにしばらくの間は食材に困らないようにするため、豚肉と鶏肉、キャベツ、大根、生姜、乾燥わかめ、絹ごし豆腐、インスタントラーメン、乾麺のそばも入れた。強烈な甘党であるあかりちゃんはお菓子を欲しがり、チョコレート、ビスケット、プリン、大福をかごに放り込んだ。

 家に帰ってきて、彼女は「お腹すきすぎ。もう我慢できない」と言って、サンドイッチの完成を待たず、大福を頬張った。

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