第五話 新たな関係


「眠い。最高に眠い。多分過去一眠い」


いつも通りの時間、いつも通りのアラームに起こされたかいはつぶやく。

数時間ほど前に行われた最強幼馴染との空中レースを制したかいであったが、対魔力レーダー網の抜け穴も魔力放出も気にせず全力で飛行していたため対魔力レーダーにしつこく付け狙われていた。

結局、対魔力レーダーの感知を逃れるために一時日本国外にまで飛翔し続け、夜明けごろに魔力隠ぺいを全力で行いつつ超低空から東京湾上空を通過し、多摩川上空を飛び続けてて自宅まで戻ったのだ。


「過去一飛び続けてたわ。翼に筋肉痛があったら大変だったろうな」


翼に筋肉痛がないことを神に感謝しながら彼は学校へ向かう準備を進める。

そう、学校である。

彼は今日、心底学校に行きたくなかった。

理由は明白。

数時間前に、彼と全力の空中レースを行った彼の幼馴染。夢野穂香ゆめのほのかに会いたくないのだ。


「多分ばれてはないと思うんだよな。とはいえこっちが気まずいし顔見たくないんだよなぁ。いくらが課程が違っても会うときは会うんだよな。挨拶とか普通にできるかな。心配すぎるわ」


彼は普段から極めて不真面目な学校生活を送っていた。

どれくらい不真面目かというと、雨が降っているから学校を休もう。と真面目に考え、真面目に実行に移すほどである。

そんな学生生活を続けていれば、いくら高校生とはいえ当然単位が足りなくなる。

現に彼は今、極めて重大な単位の危機なのだ。


「あー、あと二回、いや一回でいいから学校に真面目に行ってれば」


彼は、心底後悔していた。

思い返せば、そこまで雨が降っていない日があった。

そんな日、彼は暇を持て余して家でゲームなどをしていた。

もしその日に学校に行っていれば、と彼は考えた。

しかし全ては後の祭りである。


「行くか。行きたくないけど」


そう言い、彼は荷物をもって玄関へと向かう。


「行ってきます…」


誰もいない家に一言だけ言葉を残して、彼は家を出た。

変わらない毎日のルーティン。

彼の家に、まだ家族と呼ばれた人々がいたときからの、彼の数少ない変わらない事である。

眠い目を擦りながら電車に揺られること約15分。

彼はいつも通り、電車を降りた。

電車のホームから階段を下り、改札口を出る。

改札口を出たところでいつも通り、裕也ゆうやに背中を叩かれる。


「おはよう!今日も変わらず眠そうだな。何時寝だ?」



「おはよう、今日はほぼオールだよ。寝たの5時だぜ」



「懲りないなーお前も。ゲームが楽しいのはわかるけどさ。さすがにそこまではやりこまないね」


いつも通りのくだらない会話を続けながら、バス停に並ぶ。

周りは皆同じ制服。

ここから出るバスはすべてわが学校へと向かうバスである。

裕也ゆうやとくだらない話をしているとバスが来た。

いつも通り、何の変哲も無いバスに乗る。

こうして日常生活を送っていると、数時間前に夜空を飛んでいた自分と別人になった気がして、かいは心が少し軽くなった。

誰にも知られてはならない秘密を抱え続けるのは辛いことだ。

それを一瞬とはいえ忘れられる、かいはこの時間を気に入っていた。


「おい!起きろ!学校着いたぞ」


裕也の声で目が覚める。

どうやらバスは目的地に到着したらしい。


「あー、ありがとう。気づいたら寝てたわ」



「お前本当に眠かったんだな。急に返事がなくなったからどうしたかと思ってみたら寝てんの。面白すぎるだろ」



「うるせーな、寝不足なんだよ。ほれ降りろ降りろ」



「なんだよ起こしてやったのにえらそーに」


くだらない会話をしながらバスを降りる、そこで、彼は目が合った。


「あら、かいさん。おはようございます」



「ほ、穂香ほのか、おはよう」



「ふふふっ、眠そうですね。昨日も夜更かしですか?かいさんは昔から変わらないですね」



「あ、ああ。まあな」



「信号」



「ん?」



「信号、変わりましたよ」



「ああ。そうだな。裕也ゆうや、行こう」



「お、おう、いいのか?」



「何が?」



穂香ほのかさん。途中まで同じ道だし、一緒に行っても」



「いいよ、あいつは」



「そうか、お前はもったいない奴だなあ。穂香ほのかさんと言えば全男子の憧れの的だぞ。それを向こうから話しかけてくれたのにお前。もったいないったらありゃしない」


穂香ほのかから逃げるように、かいは速足に歩いていく。

その内心で、昨日のことが穂香ほのかにばれていたのかもしれない、などと考えながら。


「ふふふっ。あれで気づかれないと思ってるなんて」



「お姉さま!おはようございます!」



「おはよーございまーす」



「あら、あずささん、沙月さつきさん。おはようございます。ふふふっ、今日もいい朝ですね」



「はい!朝からお姉さまに会えたので最高の朝です!」



「ふふっ、あずささんはうれしいことを言ってくれますね」


穂香ほのかはその表情をいつもの物にもどし、後輩たちとくだらない会話に興じていた。

その内心で、自身がかいを思う気持ちを妨害したことを、酷く罵りながら。

ーーーーー

かいは変わらず眠っていた。

現在、三時限目終了間際。

昨日からの疲れもあり、かいはぐっすりと眠っていた。


『キーンコーンカーンコーン』


チャイムが鳴る。

しかしかいは起きない。

昼休みが始まり、生徒たちのにぎやかな声が教室内にあふれかえる。

それでもかいは起きない。


「おい!もう昼休みだぞ。そろそろ起きたらどうだ」


そういい、裕也ゆうやが隣の席から彼を揺さぶり、起こしている。

ようやく、かいは目を覚ました。


「おう、起きたか。俺はお前の目覚ましじゃないんだぞ。寝るのはいいけど自分で起きろ。」



「悪かったよ。しかし早いな。もう昼休みか」



「そりゃ早いだろうよ。ずっと寝てたんだから」



「寝足りないからもう少し寝てくる。」



「はあ?人がせっかく起こしてやったのにお前ってやつはなあ」



「ほら、お礼のジュース代だ」


そういい、かいはポケットから200円を取り出し裕也ゆうやに渡す。


「おっ、サンキュ」



「じゃあ俺は寝に行ってくる」



「いつものところ?」



「そーそー」


屋上に出る扉の前。快かいは学校内でサボりたいとき、いつもこの場所にいる。

この学校では、危ないので屋上立ち入り禁止だが、屋上に出る扉の前までは来れる。

そして、こんな場所には普通用がないので誰も来ないのだ。

いつも通り屋上に出る扉の前まで来たかいは、その扉に背を預けてまた眠りに着こうとした。

しかし、遠くに聞こえる生徒の声に交じって聞こえる足音。

誰かが上がってきている。

だが、快は気にしない。

この場所は彼専用ではない。

もし隣で誰かが寝ていたとしても、それはかいにはあずかり知らぬこと。

放っておけばいい。

睡眠不足で上手く機能していないかいの頭は、そのようなことを考え眠りに落ちようとし、


「あなたは本当にかわらないですね。かい


聞き覚えのある声。

今最も聞きたくない声に、その眠りを妨げられた。


「なんだよ、穂香ほのか。俺は見ての通り眠いんだ。寝かせてくれ」


寝ぼけながらかいは言う。

彼女が人気の無いこの場所まで、自分に会いに来たにもかかわらず。


「今朝は帰りが遅かったですものね。結局日本国外まで飛んで行って、帰ってきたのは5時過ぎでしたもの」


彼女の言葉を聞き、寝ぼけていたかいの頭は急激に覚醒する。

先ほどまでつぶっていたその目を見開き、彼女をにらむ

穂香ほのかは、かいの視線などどこ吹く風といった様子で続けた。


「あの程度の変装で気が付かないとおもったのですか?」



「ばれてたか」



「ええ。バレバレですよ。」



「それを俺に伝えて何がしたい」



「実は一つお願いがあるのです」


穂香ほのかは言った。

お願いがあると。

快は考える。

この状況で穂香ほのかは何を望むのか。

物的な物ではないだろう。彼女はすべてを手に入れられるのだから。

そうなると思いつくのは、研究データとしての自分の身柄。

そうこう考えているうちに、彼女の口が動いた。

かいの疑問の答えが、今まさに彼女の口から発せられた。


「このことは誰にも伝えないわ。だから、あなたの夜のお散歩、私も一緒に連れて行ってくれませんか?」


かいの予想とは全く違う要求。

それを行うことで彼女にどのような利益があるのか。

わざわざ夜を選んで罠にかけようとしているのか、おそらく違う。

わざわざ罠にかける必要もない。

そんな回りくどいことをしなくても、正体が分かった時点で極秘裏に家を囲むなりして寝ている自分を襲えばいい。

かいには彼女の要求の意味が理解できなかった。


「意味が分からない、ってお顔をしていますね。ふふ、あなたらしい」



「ああ。まったくわからないね。それでお前にどんなメリットがあるのか。本当にわからない」


穂香ほのかの問いに、かいは素直に答える。

そんな快の姿に機嫌をよくしたのか、穂香ほのかは笑いながら、しかし大きく深呼吸をして決意を固め、自身の目的、その心の内を話し始める。


「私は、自分が空を飛べると知ってから、空を飛ぶのに夢中になりました。先の東京侵攻から立ち直り、復興されていく東京を見るのも、人々の営みを確かに感じ取れる、温かい夜景も。そして、何より夢中になったのは、星を見ること。遮るものの何もない、澄んだ美しい星空を。あの日、あなたと見たような星空を。それから私は思うようになりました。いつか、あなたとこの景色を見たいと。私を救ってくれた、私の愛する人と一緒にこの星空を見たい、と」



「愛する人、って」



「あなたに助けられたあの日から、私はずっとあなたが好きでした。でも、今の私の立場であなたに私の気持ちを伝えてしまったら、その後の私たちの関係がどう変化したとしても、あなたは大きな秘密を抱えることになってしまうから。きっとあなたに迷惑だから。そう、思っていたから。」



「ならなぜ今」



「けれど!あなたはもっと大きな秘密を抱えていた。なら!今私があなたに告白しても、あんなに大きな秘密を抱えていたあなたなら!きっと、私とのヒミツくらい、いいかなと、思って…」


大きくはきはきとしていた彼女の声が、急激に小さく、弱弱しいものになっていく。


「ごめんなさい。私のわがままで、あなたには、迷惑かもしれないけれど。それでも、もう一度あなたと、くだらない話で笑いあいたかった。もう一度あなたと、どこかに遊びに行きたかった。もう一度あなたと、星を見たかったの。もう独りは嫌なの!だから、だから…」



「わかったよ」



「へっ?」



「わかったからもう、そんなに自分を悪く言わないで。俺の初恋の人は、そんなに悪い人じゃないよ」


いつもと少し違う、柔らかな口調でかいは言った。


「初恋…あなたも…」



「初恋は叶わないって聞いてたし、実際叶いそうもないから諦めてたのに」


そういいながら、かいはまっすぐに穂香ほのかを見つめ、口を開いた。


「改めて、夢野穂香ゆめのほのかさん、好きです。付き合ってください。」



「はい、はいっ!嬉しいです!不束者ですが、よろしくお願いします!」


こうして、不死鳥の少女と音速の幽霊は新たな関係となり、ともに進みだす。

階段の下で一部始終を聞いていた。不死鳥にあこがれる流星を置き去りにして。

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