第四話 恋する不死鳥

流星。

その二つ名が、これほど似合う少女はまたといないだろう。

かいは今まさに流星を見ていた。


「ふざけた弾幕だ。これ全部よけるのはさすがに無理だな。」


そう、一発一発が膨大な魔力で構成された魔法弾による弾幕攻撃。

すべてを回避するのは不可能だと快は結論付けた。


「仕方無し。使うか」


そういい彼はペンダントのように首にかかっていた紐を手繰る。

紐の先には真っ赤な正八面体の宝石がつながれていた。

彼は宝石をそっと握り、全力の力で持って握り砕いた。


『パリン』


かすかな音を立てて正八面体だった宝石はかけらへと姿を変える。

しかしそのかけらは、かけらと呼ぶには異様であった。

すべてのかけらもまた、大きさこそ違えど完璧な正八面体なのだ。

彼は飛んでくる多数の流星を回避しながら多数の正八面体を空中へと放り投げ、かけらの飛んで行った先に手をかざす。


『目標に魔力反応』


あずさの耳に本部のオペレーターから無線が入る。

直後、その手から、異様なほど赤い光線が放たれた。

光線は一直線に真っ赤な正八面体へと突き進み、正八面体に当たるやその光を四つに分裂させた。

四方に分裂した光線は、さらに別の正八面体に吸い込まれていく。

その光はまた拡散し、あるいは拡散せずただ方向を変え、何度も何度も正八面体を通り抜けていった。

こうして、元が一本だったとは思えないほどにその数を増やした光線は、あずさが展開した弾幕へと吸い込まれていき、その全てを撃墜した。

彼の異常な攻撃は一拍の間を作り、その隙をついて彼は逃げ出した。


「うそ、あれを全部撃墜するなんて、私より…」



『おーい、しっかりしなよー、おうよー』


唖然とするあずさの耳に沙月さつきの声が届く。


「そうね。しっかりしないと、せっかくお姉さまも来ているのだから」


そして彼女は再びその目に嬉しさを滲ませ、幽霊を追うべく加速した。

ーーーーー


「そっちじゃないよー」


気だるげにそう言う彼女、沙月さつきはしかし、気だるげな態度とは裏腹に恐ろしく正確な魔力操作を行っていた。

大気乱流、その名の通り、大気中であればいつどこでもどのような風でも巻き起こせる彼女の能力は、幽霊の逃走方向をある一方に縛り続けていた。

彼の逃走開始から約5分、付かず離れずの距離を維持しつつ、彼の上下左右を風によって封鎖し、後方から自らが直接追いかけることで前進しかできないように縛り続ける沙月さつき

その横では、先ほどのような数ではなく、一発一発の威力と誘導性に重きを置いた魔力弾をあずさが放っていた。

この攻撃を、かいは加速か減速でしかよけることができない。

風の回廊は彼がぎりぎり通り抜けられる隙間しかない。

彼の周りを取り囲み、ともに飛翔する多数の正八面体も今は沈黙している。


「直接風を当てるとそのまま風に乗って逃げられるかもしれないからって、直接風当てられないのじれったいー」


沙月さつきはそういいながら、風の回廊をある一点へと伸ばし続ける。

風の回廊のゴールはもうすぐである。


「おいおい嘘だろ」


風の回廊の中、時折飛んでくる魔弾をよけながら正面を見た彼は、自身の目を疑い、現実だと知るや口をついて出てくる文句を止めることができなかった。

正面には白い翼。

その翼がほかとは違うのは、その大きさと翼に入った青いライン。

このような翼を持つ者を、彼は一人しか知らない。

不死鳥、夢野穂香ゆめのほのか

飛行能力を持つ二つ名付ネームドの三人目。

世界最強の能力者である。

彼女の出現によって、かいはこれまで組み立ててきた逃亡計画のすべてが崩れ去る音を聞いたような気がした。

彼女の能力は多岐にわたる。

自身、他者を問わず瞬間移動をさせることができるという転移能力。

スーツのアシストなしで高度50000m以上に上昇可能という飛行能力。

その高度での生存を可能とする身体強化能力。

一撃で30m級の異世界生物を跡形もなく粉砕したという攻撃能力。

異世界生物に切り落とされた腕が即座に燃えながら再生したという再生能力

どこまで逃亡しても、魔力を感知されている限り一瞬でそこに現れるという絶望。

どんなに高度を上げても、ひたすら追ってくるという絶望。

スーツによる上昇限界がないという絶望。

一発でも攻撃を喰らったなら、逃げる事などままならないという絶望。

たとえどれだけ攻撃しても、その全てが無意味であるという絶望。

彼は、自身も全力で相手しなければならないと覚悟した。

そして、


「光翼全展開、出力最大」


元々展開されていた翼を、さらに広げるようにして彼は翼を伸ばした。

彼の翼には赤いラインが浮き上がり、彼を取り囲んでいた風の回廊は膨大な魔力放出によって吹き飛ばされた。


「あの翼、赤い線。まさか、東京侵攻の時の…」



『そうみたいですね。お二人は下がっていてください。多分、私じゃないと相手をするのは厳しいと思いますから。』


ここにいる三人の少女は皆、東京侵攻の際に東京防衛のために最前線で戦っていた。

それゆえ、彼女達はこの翼に見覚えがあった。

異世界生物による東京侵攻最終日。

これまでに無い量の異世界生物が扉を通って東京へと進行した。彼女達三人を含む少女たちはよく戦ったが、その全てを抑えることはできず、防衛線は縮小を続けていた。

そんな中、あの赤い線を浮き上がらせた羽をもつ能力者が突如空中より飛来し、防衛線に迫りくる異世界生物を殲滅し始めた。

異世界生物が殲滅されたことで防衛線が立て直されている間に、その能力者は異世界生物を吐き出し続ける扉へと突入し、突入数分後には扉が消滅し、東京侵攻は終結した。

その後、国は扉へと突入した能力者の調査を開始したが、当時は混乱も大きく詳細な調査まではできなかった。

最終的に国は当該能力者をMIA(行方不明)として処理した。

そんな東京侵攻時の行方不明者が今、彼女たちの敵としてここにいる。


「あなたが誰であるかはわかりません。しかし、平和のためにここで捕まっていただきます!」


こうして、二人の空中戦が始まった。

ーーーーー

先手を取ったのは穂香ほのかだった。

彼女は両手を胸の前で組み、祈るような姿勢になった。

直後、穂香ほのかの周りに大量の水滴が現れ、それは矢となってかいに襲いかかる。

かいは自身の周りに浮いていた正八面体を無言で操り、飛んでくる水滴の矢を迎撃してる。

水滴の攻撃が意味をなさないと見るや、穂香ほのかは組んでいた手を離し、両手を前に突き出す。

穂香ほのかの両翼の先端から、膨大な魔力によって形作られた光線がの両手にめがけて直進し、両手の前で一つに絡まりあった光線は、そのままかいめがけて直進し、直撃した。


「やはり、きかないですか」


自身の攻撃が直撃したにも関わらず、無傷で立っている幽霊を見て、それでも穂香ほのかは一切驚いていない様子であった。


「直接攻撃しか手がないですね。」


そういいながら、穂香ほのかは腰に巻かれたベルトに手を伸ばす。

彼女がベルトから取り出したのは、ちょうど手に収まる大きさの黒く細長い箱のような物体であった。

穂香ほのかは箱の後方、親指側にあるボタンを押した。すると、その箱は一瞬にして黒いブレードへと姿を変える。

一瞬にして展開されたブレードに、穂香ほのかは魔力を流し込む。

このブレードのフレームは、魔力の通りやすい金属で構成されており、穂香ほのかは魔力を通すことでこの脆いブレードを驚異的な硬さへと強化しているのだ。


「いきますよ」


そして、猛烈な加速を行いながら、穂香ほのかかいに切りかかった。

すんでのところでその攻撃をかわしたかいだが、矢継ぎ早に繰り出される斬撃を完全には避けきれずにいた。

一閃ごとに鋭さを増していく斬撃。

回避に合わせる精度も上がっている。

よけきれないと感じたかいは、強引に距離をとるため彼女を蹴り飛ばす。


「ううっ」


けられた穂香ほのかはうめき声をあげ、それでもすぐに体制を立て直し切りかかる構えを見せている。

しかしこの時、かいに近づきすぎた穂香ほのかはある匂いを嗅いだ。

嗅いでしまった。

懐かしい匂い。

自身の初恋の匂い。

幼く無力で、虐げられていた自分を助け出してくれた愛しい人の匂い。

その匂いに気を取られて、穂香ほのかは剣を構えたまま一瞬固まってしまった。

ーーーーー

これ以上攻撃されるのはまずい。

これ以上攻撃されれば自身の姿を隠している物が壊れかねない。

万が一にも正体がばれたら一生逃亡生活を送らなくてはならなくなるかもしれない。

そういった恐怖から、かいは賭けに出た。

自身の持てる全力をもって真上への急加速。

一気に上昇し、逃亡するかいに一瞬あっけにとられたものの、穂香ほのかもすぐに後をついてくる。

身体強化の強度が高い方が高速に、高高度に耐えられる。

自身の身体強化のほうが強いことに賭けて、かいは上昇勝負に持ち込んだ。

ただ逃げるだけでは、瞬間移動で追いつかれる。

彼女が対応できないほどの高高度まで逃げ切れればいい。

それだけを考えながら、ただひたすら上り続ける。

高度はあっという間に10000mを超えた。

まだ上る。

上り続ける。

自身が限界に達するまで加速し続け、上昇し続ける。

高度50000mを超えた。二人はまだ上昇し続ける。

そしてついに、彼女に限界が訪れた。

高度72000m

彼女の身体強化では、これ以上の高度に上れないことを彼女は悟った。

そして、自身を置いてひたすらに登っていくかいを見ながら、穂香ほのかは誰に言うともなく言った。


「ふふっ、私の夢が叶った気がします。ずっとあなたと共に空を飛びたいと思っていました。課程は違いますが同じ学校です。休み時間にでも遊びに行きましょうか。ふふふっ、学校で会うのが楽しみですね。かい


かつて穂香ほのかは高度50000mを超えたことがある。

その時穂香ほのかは知った。

高度50000mを超えるころには、無線機やカメラなどの機材はほとんど使い物にならいことを。

故に彼女の独り言は誰にも聞き取られない。

ただ、自身の夢が叶った喜びだけを胸に、穂香ほのかは笑っていた。

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