第二話 音速の幽霊
「映像記録はこちらでも確認したわ。あれは貴女たちの手に余る相手だった。上層部はそう判断しています。」
「じゃぁ!」
「ええ。今回の失敗はお咎めなしよ。よかったわね」
現在時刻は2時40分。
10分前に始まったデブリーフィングは、これまでに経験したどのデブリーフィングよりも緊張し、重苦しい空気の中で始まった。
しかし、彼女らの上司であるこの女性。
「あーよかったわ。あれ逃がしたの私らのせいにされたらたまったもんじゃないからね」
隊長が言葉遣いを普段道理のラフなものに戻してそういった。
「そうですね。正直私の攻撃を全弾よけたのを見てあれは私たちの手には負えないように感じました。」
「ですよね。正直私が全力で加速しながら追いかけたのに最後まで追いつけませんでした。」
彼女たちも各々自らの意見を口にする。
それを優しい目見ていた
「そうそう、貴女たちのヘッドカメラのデータは上層部でも解析されているわ。
詳しい情報はまだわからにけれど、現時点でわかっていることがあるから共有しとくわね。
目標の飛行方法。どうやら我々が現時点で確認しているどの飛行方法とも違うらしいのよね。」
「飛行方法が違う?」
「そう。飛行能力を持つ者は皆、魔力を使って世界に干渉している。貴女たちも知っての通りね。でもあれは違う」
「どういうことですか?」
「今回の遭遇戦で我々は対魔力レーダーを回し続けていたの」
「はあ」
「でも最後まで対魔力レーダーには何の反応もなかったのよ」
「えっ?じゃあ、あの羽や加速は…」
「そう!そこなのよ。カメラには明らかに目標が直上に向かって加速させたのが記録されていたわ。空中で翼を展開したのもね。でも対魔力レーダーには最後まで反応がなかったの。とは言っても最後はレーダーも彼をロストしたからね。カメラにだけ記録されていた戦闘空域離脱のためのための加速が魔力を使用したものだったかどうかはわからないわ。それでも、目標がアシストブースターの燃焼終了後に加速した事実は変わらない。あの状況で能力使用なしで加速するなんて通常じゃありえないもの」
「そうよね、空中で魔力使用なしで加速するなんて…」
「攻撃はまるで当たらない!正体どころか飛行方法すら不明なんて…まるで幽霊みたいじゃない!」
「上も概ね同じ見解ね。まったく何もつかめない。わかっていることといえば魔力も使用せずに高度12000mを音速で飛べることくらい。まるで幽霊のようだって」
「音速の…幽霊」
ーーーーー
同時刻 東京都内某所 能力者管理委員会
「結局あれは何なんだね」
「それがわかれば我々も苦労はしないさ。何もわからない。対策のしようがないからこうして君たちを集めたんだよ。」
会議は踊る、されど進まずとはよく言ったもので、まさに今の状況を端的に表していた。
魔力を一切体外に放出せずに飛行する能力者。それだけでもすでに面倒な事この上ないが、さらに追い打ちをかけるように提出された情報。
「スーツもなしに高度12000mをマッハ1.2で飛行可能とは…まったくにわかには信じられないね」
こう口を開いたのは異世界生物侵攻後、防衛省にて急遽発足した異界対策局の局長。
かれは自身の部下を何よりも信頼しているが、それでも今回の報告を彼はいまだに信じられなかった。
「しかし映像にも残っており、出現したのは事実であります。」
そう口にするのは彼の部下、空偵隊全部隊の指揮権を有する空偵隊本部総司令官を務める
「そうだな。まずはそれを認めねばならん」
「異界対策局長殿は随分と悠長でいらっしゃる。」
そういい、獅子剛に挑発的な視線を向けたのは公安調査庁の対能力者用特設部隊、
「
「我々は、あれが他国で発生した能力者ではないかと懸念しているのです。現時点では日本にしか能力者の発生は確認されておりません、しかし他国で発生する可能性がゼロでない以上、この点については警戒すべきです。また、諸外国のスパイ組織による能力者拉致未遂事件もあります。もし我々が知らない場所でそれらが成功し、日本国民が拉致され、兵器として使用されているなら我が国は世界に対してメンツを失う。国民一人守れない国として世界に恥をさらしますよ。」
現時点で、能力者は日本にしか発生していない。これが原因で、一部の国家から日本は圧力を受けた。
曰く、日本だけが独自の軍事技術を持っているのでは世界とのバランスが取れない。曰く、日本を救った英雄を国賓として迎えたい
どれも明らかな情報開示請求であり、同時に日本国民を他国へ売り渡せという脅迫であった。
しかし日本政府も自国民の安全のために一歩も引かない構えをとっており、現在も状況は芳しくない。
日本国内で他国スパイが能力者を拉致しようとした事件が過去に幾度か発生しており、日本国政府や公安、警察などの感知できぬ場所でそれが成功していた場合、能力者が他国にわたっている可能性が考えられる。
もし拉致された日本人が洗脳され、兵器として使用されている場合、日本国政府は窮地に立たされる。
自国民の安全を守るために、拉致された日本人を攻撃しなくてはならないのである。保坂はこの点を特に危惧していた。
「そうだな。奴はレーダー網の抜け穴についても熟知していた。万が一敵国のスパイならば大変な情報が洩れていることになる。ひとまずあれが敵国のスパイで有るにしろ無いにしろレーダー網の拡大は急務だ。それと
「申請を出していない能力者もですか」
「そうだ。書類上能力者でない者もだ」
「大仕事ですよ。日本国中の行方不明者を探すことになりますが」
「そうしてくれ」
「無茶をおっしゃいますな」
「国民の安全のためだ。すまないが頼む」
「相当時間がかかるのはご容赦いただけるので?」
「無論だ。それで日本国民の安全が確認できるならな」
ここにいるものは皆、日本の安全を守るためにここにいる。
故に
「拉致被害確認の件については公安が全力を挙げて捜査いたします」
「ありがとう
こうして、ある一人の男の暇つぶしが招いた会議は、夜が更けてなお続いていた。
ーーーーー
現在、7時30分。昨日、暇つぶしに多くの人間を巻き込み、一切の追跡を許さず逃亡した
「ねっむ。昨日はレーダー網の隙間から地上に降りなきゃいけなかったからあんまり寝れてないんだよな」
睡眠時間3時間。高校生の彼には随分と短い睡眠時間である。
「学校いくかぁ」
彼は高校生であり、今日は平日。学校に行くのは必然の事であった。
彼の通う高校の名は
中高一貫制で男女共学。現在は通常の課程とは別に、能力者の育成を行う課程も存在している。
彼の所属する星桜高校が能力者育成校に選ばれたのは、決して偶然ではない。
彼の幼馴染、
夢野穂香、現在日本で知らない者はいないほどの有名人物だ。
彼女が一躍有名になった原因は先の東京防衛戦にある。
数少ない複合型能力の持ち主であり、飛行と攻撃、防御を極めて高いレベルで保持しており、東京防衛戦において空中から異世界生物を圧倒的火力で薙ぎ払った映像が世に出回ってからは、その美貌も相まって一躍時の人となったのである。
そんな彼女の所属する星桜高校は、空偵隊などの組織に加入しながら学業を行いたい者たちも多く所属している。
昨日、彼の暇つぶしに付き合わされた彼女らも所属しているのだ。
「きいてよ。私の基地の友達が幽霊にあったんだってさ
「幽霊?幽霊なんて今時はやらないって」
「まあ聞いてよ。昨日私空偵隊の任務でさ、東京湾基地にいたのよ。基地でいつもみたいにだらだらしてたらさ、アラートが上がってさ、私の所属している部隊とは別の部隊がスクランブルで飛んでったのよ。それで飛んでった娘ら、スクランブルだってのに
「確かに幽霊かも」
「でっしょー!絶対幽霊だって。対魔力レーダーにも映らなかったんだって」
「ちょっと怖い話しないでよ!私今日東京湾基地担当なのにー」
「もしかしたら今日も出るかもよ、幽霊」
「やだー」
通学路、門は違うものの途中までは道が同じなため能力育成課程の生徒の声も聞こえてくる。
その中でもひときわよく通る声を集中的に聞き、自身についてのウワサをしていると知った大野快は驚愕していた。
前回見つかった際は情報統制がされていたようで、自身の話など彼女らの口からは全く出てこなかった。
それゆえ彼は今回も情報統制がされると考えていた。
しかし今回は違っていた。彼女らは音速の幽霊なるモノについてのウワサをしており、その声の大きさから情報統制などが行われている様子もない。
よく聞けば、他のグループからも音速の幽霊についてのウワサ話の声が聞こえてくる。
能力育成課程の少女たちのグループからだけでなく、男子だけのグループなど、明らかに通常課程の生徒グループからも音速の幽霊について話している声が聞こえる。
音速の幽霊ってどんな女なんだろうな。胸でかいのかな。などと話す男子生徒グループの声を聴くのに堪えれられなくなった彼はスマホを開き、
音速の幽霊、東京湾に現る。高度12000mをマッハ1.2で飛ぶ幽霊の正体とは
と書かれたニュースの見出しを見て驚愕していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます