音速の幽霊

音速のとまと

第一話 高度2000mの暇つぶし

東京湾上空 高度2000m


「相変わらず都市部の夜景は最高だな」


この物語の主人公、大野快おおのかいは一人そうつぶやきながら空を飛ぶ。

3月ももうすぐ終わり、新しい季節がやってくる。


「寒いと空気も澄んでて夜景がきれいに見えるんだが…これももうすぐ終わりか。まあ夏は夏で楽しいことも多し良いか。東京湾は花火大会が多いしな。横から花火を見れるのは最高だ」


自らにそう言い聞かせるようにつぶやきながら彼は東京湾から多摩川上空へと飛んで行く。

現在時刻は1時13分

すでに多くの建物が灯を落とし、それでも輝きを放つ街を下に見ながら彼は飛んでいた。

異変が起こったの数分後


「レーダーに引っかかったか。まずいな空偵隊が飛んでくる」


空偵隊

3年前に異世界への扉が開き、異世界に住まう生物達と戦闘状態に陥った日本。

しかし異世界生物の前には多くの現代兵器が無力であり、日本は窮地に陥った。

その日本を救ったのは、扉が開く直前に能力を獲得した少女たち。

国は彼女らを支援し、彼女らを中核とした対異世界国防体制を構築した。

空偵隊は最初期に構築された組織の一つであり、飛行能力を持つ少女たちとそれを支援する対魔力レーダー部隊、対空砲部隊、地対空誘導弾部隊、後方支援部隊(オペレーター、情報統括等)が存在する。

空偵隊の主な任務は日本全土に張り巡らされた対魔力レーダー網と連携しての対空戦闘。

空中散歩に興じている彼のような不審者や、空中に出現した扉から出てくる異世界生物の迎撃である。


「まずいな。姿を見られたくはない」


基本的にこの世界において能力者は皆女である。

例外は今のところ発見されていない。

今見つかれば大変よくない状況になるのは火を見るよりも明らかだ。

ひとまず顔を見られたくない彼は着ていたネックウォーマーで口元を深く覆った。


「しかし空偵隊のレーダーの制度がよくなってるな。今のままじゃステルスが足りないか。体外への魔力放出はほとんどゼロのはずなんだが。それともまさか通常用レーダーに捕まったか。あんまり湾の中心には近づいていないはずなんだがなぁ」


過去に一度空偵隊に発見されていた彼は、体内から放出する魔力量を限界まで抑えて飛んでいた。

実際のところ、空偵隊の対魔力レーダーは彼をとらえていない。

彼をとらえたのは自衛隊の対空レーダーである。

とらえられたことしか察知できない彼の能力では、何が彼をとらえたのかを把握できないのである。


「あれこれ考えても仕方ないな。ひとまず目の前の問題からかたずけよう。さあ、逃げ回るか」


先ほどまで影も形もなかった白く輝く翼が彼の背中に現れた。

現在時刻は1時25分。多摩川上空を白く輝く一対の翼が駆け抜けた。

ーーーーー

『東京湾第二電探に感有

位置、東京湾上空から多摩川上流へ飛行中

目標推定1.5m~2m

扉からの出現にあらず』

この情報が自衛隊東京湾レーダー基地から空偵隊東京湾基地に入ったのは1時15分のことである。

『フギン部隊は直ちにスクランブル。目標を捕捉し当基地へ着陸せしめよ。不可能ならば無力化を目的とした攻撃も許可する』

空偵隊東京湾基地の少女たちは基地内に響くスクランブルの命令に従い、翼を広げ空中へと舞い上がる。

能力を持ちながら国への届出を出さず、自分のためだけに能力を使う少女が一定数いる以上このような任務も慣れたものである。

特に、飛行能力者はその多くが届け出を出さない。

一時期は飛空賊なるグループまでできたほどだ。

そのような問題が山積したため、国は飛行空域に制限をかけ、飛行可能時間も23時までと定め、監視の任務を空偵隊に与えた。

最初期の空偵隊は、届出を出し空偵隊に所属した少女たちの実地訓練の一環として、飛空賊狩りを行った。

狩りとはいうものの、その実態は実態は囲んで確保し更生施設に入れた後もし意欲があれば空偵隊に所属させるという組織拡大を主眼に置いたものであった。

しかし飛空賊はいまだにいくつかの組織が残っており、そういった組織に所属していなくとも、ルールを守らずに空を飛ぶ者は後を絶たない。

それゆえ少女たちは、今回もいつものように飛び立った。

しかし少女たちは、いつもとは違う違和感に襲われていた。

いつもと違う点があるとすれば情報の出所が対魔力レーダーでないということ。

こちらに情報が流れてきた以上能力者か魔物なのだろうが対魔力レーダーに引っかかっていないのが気がかりなのだ。


「なんか変だよね。自衛隊のレーダーにしか引っかかってないなんて」


フギン隊隊長を務める少女がつぶやく。

空中の寒さや気圧差に耐えられるように空偵隊には特殊なスーツが支給されている、そのスーツの無線機能を通して彼女の声は隊の全員に届いた。


「そうね。前の戦いで対魔力レーダーに引っかからない魔物は観測されているけれどどれも魔力を覆い隠すために巨大化しているもの。2mに収められるようになったなんて思いたくないわよね」



「でも生き物なんでしょ?そんなすぐに進化するかな?」


3年前、東京防衛戦において魔力を完全に体内に隠ぺいした異世界生物が観測されていた。しかし全長は30mを裕に超え、通常レーダーや目視で観測可能というポンコツ振りを発揮したのだ。

彼女たちはその生物が進化の末に小型化したのではないかと危惧している。


「まあ多分なんかしらの方法で魔力を抑えて飛び回ってる馬鹿たれよ。さっさとしばいて基地に戻りましょう。チョコが溶けちゃう」


楽観的な少女の一人がそういった。

目標位置はすぐ目の前である。

ーーーーー

目標の飛行物体は一見楽観的少女の言った通りの人型であった。

白く輝く翼を広げて多摩川を上流へと飛んでいる。


『そこを飛んでいる奴!聴こえているな!こちら空偵隊東京湾基地所属フギン部隊!そちらは完全に捕捉されている!直ちに降下反転し東京湾基地へ着陸せよ!繰り返す!こちらは空偵隊東京湾基地所属フギン部隊

!そちらは完全に捕捉されている!』


スーツに取り付けられた指向性大音量スピーカーが飛行目標に対し隊長の声を飛ばしている。

しばらく追いかけるも降下反転する様子がないことを悟った隊長が基地に無線を飛ばした


「いうこと聞く気がないってさ」



『ヘッドカメラでこちらも確認した。交戦許可を取り付ける。少し待て』



「了解!」


彼女が了解を返した数秒後に無線が飛び込んできた


『目標まで1Km。フギン隊交戦許可』



「了解!フギン隊交戦開始エンゲージ!」



「速度を生かして頭と上を抑えたい!明子あきこは頭を押さえて!優菜ゆうな、上は頼んだわよ!残りのみんなは私を中心に横一列に展開!いつもの要領で!」


さすが広大な空域をカバーする空偵隊東京湾基地所属の少女たちは一糸乱れぬ動きで飛行目標を追い詰めにかかる。


「なるほど網か。頭を抑えに来るのは速いな。となると上が攻撃役、突破するなら上か後かどっちにするかな」


大野は一人そうつぶやいた。彼は極めて正確に情報を把握しており、彼女らの陣形の目的もおおよそ把握していた。

しかし彼は把握したまま、しばらく彼女らの網の中で飛び続けた。


「こちらが進路を変えない限りそちらも変えられない。レーダーの援護がない場所まで一緒に来てもらおうか。」


彼の目標地点はすでに決まっていた。

目標は奥多摩の山岳地帯。

奥多摩周辺はレーダー網が薄く、彼はレーダー網の抜け道を知っていた。


「本当なら今すぐにでも真上に抜けたいんだけどな。レーダーに追いかけられたままじゃ家にも帰れないしな。それは困る」


問題は奥多摩に着くまで顔を見られず、双方ともにけがなどがない状況を維持しなければならないことである


「シールドは見せたくないしな。全弾回避といこう。」


彼はそうつぶやく。


「いうこと聞かないなら悪いけど、ぶっ放すわよ!」


優菜ゆうなはそういいながら、空偵隊用特殊ライフルを構える。

こうして空中弾除けゲームが始まった。


「あっぶね、今のは当たってもおかしくなかったぞ。エイムいいなぁおい」


彼は一人ぶつくさと文句を言いながら攻撃をよけ続ける。

無力化を目的とした攻撃は威力もそれほど高くなく、当たっても気絶程度で済むうえに空中での威力減衰の大きいエネルギー弾は地面に着弾するまでにそのエネルギーを失う。

しかしこれほどの近距離で直撃したならば彼とて気絶は免れないし、下手をすれば着地時に大けがをする可能性もある。

しかし手札を見せたくないの一心で、彼は攻撃をよけているのだ。


「まあ最悪当たっても手はあるしな。こっちのがばれても被害少ないし」


もうすぐ浅川の合流地点、彼は飛行速度を上げていった。


「大岳山が見えてきたな。そろそろいいか」


絶賛空中弾除けゲームに興じていた快はそうつぶやきゆっくりと高度を落とし始めた。


「高度が落ちてる!逃げられないように囲むわよ!優菜ゆうな、真上に突破されないように注意しながら攻撃続行!」


隊長の声が無線を通してフギン部隊の全員に届き、一糸乱れぬ飛行で彼を包囲しながらその高度を落としていく。


『隊長!このまま山に近づかれるとまずいわ!山から下りてくる風のせいで姿勢が安定しない!』


射撃位置から攻撃を続けていた優菜ゆうなから隊長向けに無線が入った。

彼女、優菜ゆうなの姿勢制御能力は部隊でもとびぬけて高い。

その優菜ゆうながまずいと言っているのだ。

このまま山に近づいていくことがまずいことは隊長もすぐに理解した。


「しかし目標に逃げられるのもこまる。当てなくていいから攻撃は続行!目標の飛行進路に弾幕を張って行先を制限したい」



『それならできるかもしれないわ。やってみる』


そういって優菜ゆうなが快の飛行進路に弾幕を展開しようとしたまさにその時、これまでくっきり見えていた彼の姿が消えた。

否、消えたわけではない。

しかし彼女らは一瞬、確かに彼が消えたように錯覚したのである。


『きえた?』



『どこ?全然見えない!』



「落ち着いて探せ!」


フギン部隊の無線は文字通り混乱の中にあった。

そんなさなか、何とか混乱を収めようとしている隊長は自分の真下に一瞬違和感を感じ、振り返る。

そこには先ほどのまで見えていた鮮やかな翼を広げた彼がいて、今まさに高度を大きく上げようと真上に向けて加速をかけるところだった。


「みんな反転!目標は後ろよ!」



『嘘!いつのまに!』


彼女らが焦るのも無理はない。

ほぼ真っ暗な空中を、輝く翼だけを頼りに飛んでいたのだ。

一瞬にして光が消えれば、夜目がきくようになるまでに数秒のタイムラグができる。

彼はまさにそれを狙ったのだ。


「アシストブースター点火」


彼の輝く翼の後ろ側に左右二対、合計四基のオレンジ色の光点が輝きだす。

飛行加速補助装置、アシストブースターと呼ばれるそれがまさに今点火された。


「全員アシストブースター点火!追うわよ!」


このアシストブースターは彼女らのスーツにも四基搭載されている。

しかも民間で調達できるそれと違い燃費、加速ともに高水準の物だ。

彼女たちは彼に追いつく自信があった。

真実、彼女たちと彼の距離は明らかに縮んでいた。

異変が起きたのは高度7000を過ぎたあたりだった。


『目標アシストブースター燃焼終了、こちらのアシストブースターもまもなく燃焼終了します』


一番前を飛んでいた明子からそう無線が入る。

それを聞いた隊長は、しかし空を見て唖然としていた。


「アシストブースターは切れているはずなのに…どうしてまだ加速しているの?」


彼女の装着するスーツのヘルメットには目標との距離、目標の速度などが表示されている。

目標の速度はいまだに加速を続け、もうすぐ時速800kmを超えようとしていた。


『アシストブースター燃焼終了』


無機質な機械音が彼女の耳に届いた。

現在ほぼ垂直に上昇している目標に対し、こちらも同じコースで飛行を続けている。

しかしこちらはすでに加速手段を失い、あとは失速するだけだ。

先頭を飛び続ける少女、明子を除いては。


明子あきこ!あなたのブースターだけが頼りよ!何としても追いかけ続けて!浅川を超えた時点で埼玉の部隊が応援に出てるわ。あと3分でこちらと合流できる。何とか挟み撃ちに持ち込みたい』


明子あきこの無線に隊長の声が響く。

明子あきこはただ「了解」とだけ返事を返し、全速力で彼の後を追い続けた。

ブースター。

これは彼や彼女らが使用したアシストブースターの原型となった能力だ。

アシストブースターとの最大の違いは、機械であるアシストブースターと違い能力である点。

使用者の魔力が尽きない限り加速を続行可能であり、肉体の限界まで青天井に加速し続ける。


「まだついてくるか。さすが精鋭、東京湾基地部隊所属だな。いいだろう。そのスーツの限界を見せてもらうぞ。」


全力加速でついてくる少女をわき目に、彼は上昇を続けた。

現在高度は9500m


『警告 限界高度接近 警告 限界高度接近』


限界高度、彼女らが装着しているスーツの機能限界高度が10500m。

限界高度に近づいたことをスーツが警告する。

しかし明子あきこはひたすら加速を続けた。

そして


「ここまでね。残念」



『限界高度到達 限界高度到達』


ついに明子あきこは彼に追いつくことなく限界高度に到達した。

スーツが示す彼の高度は12000m。


「スーツなしであの高度まで上がれるなんて…本当どうなってるのよ」


彼女は一人つぶやきながら空を見上げる。

そこには悠々と高高度を飛び続ける彼の姿があった。


「10000ちょいってところか。まあこれ以上追いかけてこれないならもういいか」


彼はそうつぶやき、大きく横に広げていた背中の翼をF-14のように、あるいはTornado IDSのように後方へ折りたたんだ。


「ブースター点火」


そして彼は、音速を超えた。

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