第38話 灯とアイム、呼び名の変化
日の出から半時間を過ぎると、外はすっかり明るくなる。もはや完全に〈朝〉と呼んで差し支えない状況で、なるほど確かに通勤にはいささか早すぎる時間帯なので、人通りは未だまばらではあったが、それでも、土手になっている「外濠公園」には、早朝の時間帯にランニングをしている人がチラホラと現われ始めていた。
「人も少しずつ多くなってきたし、アイムさま、そろそろ移動しませんか?」
「うむ」
灯とアイムが座っていたベンチは、富士見二丁目に位置している「東京逓信(ていしん)病院」すぐ近くの土手に在るのだが、 一人と一柱は、夜通し話し込んでいた長椅子からようやく重い腰を上げたのであった。
二者は、飯田橋駅方面に向かって土手をしばし歩き、そこから車道へ出た後で、そのまま、道を横断すると、対面の「飯田橋サクラテラス」を通り抜け、さらに、「KADOKAWA富士見ビル」を横目で見ながら「早稲田通り」にまで出た。そこから、この通りを道なりに五分ほど歩くことになる。
その道すがら、灯が口火を切った。
「ねえ、アイムさま」
「汝よ、なんじゃ」
「あのですね……。これからしばらく一緒に行動する分けですし、その『汝』って呼び方、そろそろ変えてもらえませんか? なんか、距離感を感じちゃうんですよね」
「では、汝よ、いったいワラワにどう呼んで欲しいのじゃ?」
「そ、その……。シンプルに、『灯(あかり)』って呼んでくだされば、と」
「あいや分かった。それでは、汝の言う通りに呼び方を変えるとしよう。それでは……」
魔神アイムにして猫の女神たるバステトは、一つ咳払いをすると、間を置いてからようやく口を開いた。
「それでは、あかり」
灯はキャップの上から頭を搔きながら応じた。
「なんか、改めて呼ばれると、ちょっと照れちゃいますね」
「そうゆうものかのぉ」
アイムが灯の名を口にしてから、しばしの間、沈黙が続いた。
そのうち、路は、飯田橋方面の早稲田通りを軸にしたやや斜めに曲がった〈Y〉字路に差し掛かった。
その左側の道を取り、「目白通り」に向かう、この坂道を下り始めるタイミングで灯が口を開いた。
「アイムさま、ちょっとよろしいでしょうか?」
「灯よ、構わぬぞ。申してみよ」
「実は、ボクも、アイムさまの呼び方を変えてみたいって思っているのですが……」
「ほう、いか様に?」
面白そうに、魔神アイムが問うた。
実は、灯は、沈黙の間、この申し出をする機会を伺いつつ、魔神アイムを何と呼ぼうかと考え続けていたのである。
魔神だから〈ま~さま〉か〈ジンさま〉、否、猫の女神として黒猫の姿をとっているから〈黒猫さま〉、あっ!〈女神さま〉でもよいか、シンプルに。う~ん、固有名詞の「バステト」の頭文字二つをとって〈バスさま〉、それとも、後二つで〈テトさま〉、あっ、なんかこれいい感じ。
でもやっぱり……。
「ボク、〈アイちゃん〉って呼びたいんですけどぉ……」
「な、なにぃぃぃ~~~。神たるこのワラワを〈ちゃん〉付けだとぉぉぉ~~~」
「あっ、不敬とかならば、これまで通りに〈アイムさま〉で」
「べ、別に、イヤって思っている分けじゃないんだからねっ!」
(ツンデレかよっ!)
心の中で灯はツッコミを入れていた。
(まあ、 今、猫の姿だし、ツンデレは猫の本姓だしね)
「それでは、アカリよ。ワラワを、そ、その……、あ、〈アイちゃん〉と呼ぶ事を許そう」
「うん、アイちゃん」
灯がそう呼ぶと、アイムは、猫耳の辺りに手の平と手首の付け根を当て、首を傾げて照れたような仕草を見せた。
(な、何、それぇ~。この黒猫ちゃん、か、かわぇぇよぉぉぉ~~~、と、尊いよぉぉぉ~~~。抱きしめたい、千代田の果てまで)
灯が脳内で悶絶している間に、灯とアイムは、「東京大神宮」に続く、二つ目の社である「築土(つくど)神社」に辿り着いたのであった。
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