第28話 かごめかこめ

「ほう、なるほどな。ワレが封じられておるこのチヨダとかいう区は、このワレをトリコにしたカレーで幸(さきわ)ふ地でもあるのじゃな」

「まさに、その通りで、文字通り、通りを歩いていれば、カレー店に出くわします」

「という事はじゃぞ、この結界内において、いつでもどこでも、あの〈燃える〉料理が味わえる事になるのぉ」


 そう言って、アイムは、灯がタブレットの画面内に拡大させた千代田区の地図に視線を落としながら、その赤色点線の境界線を、ゆっくりと指で辿ったのであった。

「アイムさま、いったい何を為さっているのです?」

「いや、チヨダの形が、ちと気になってな……。ふむ、やはり、〈マーゲーン・ダーウィーズ〉じゃな」

「『ま~げ~ん・だ~うぃ~ず』っていったい何ですか?」

「ふむ、この国の言葉で言い直すのならば、……そうじゃな〈籠目〉じゃな」

「『かごめ』? ますます分からんトです」


 籠目(かごめ)とは、竹や藤で編んだ網目模様の事で、籠目の形は三角形と逆三角形が重ねられた、六角の星型多角形、すなわち〈六芒星〉となる。

 そして、「東京大神宮」、東京のお伊勢さんの大元である、三重の「伊勢神宮」の参道には、かつて、籠目の形が彫られた石灯篭が設置されていたらしい。それは、籠目紋、すなわち、六芒星には〈魔除け〉の効果があるからなのだ。だがしかし、その籠目紋が刻まれた石灯籠は全て、平成最後の二〇一八年には撤去されてしまった、との事である。


「ところで、どうして、〈六芒星〉が魔除けの形になるのかな?」

 灯はそう独り言ちたのだが、これに魔神が応じた。

「ふむ、汝よ。籠目、六芒星とは、正三角形と逆三角形、すなわち、相反する形によって為されておるじゃろ?」

「たしかに、そうですね」

「これは、相対する二つの原理の和合、〈陰陽和合〉の象徴なのじゃ」

「『相対する』? 例えば、陰と陽とか、光と闇とか、あるいは、男と女、火と水、創造と破壊とかですかね?」

「その通りじゃ。そして、こうした相反する事態が混交する地は、この世界と別の世界の〈境〉となり得るのじゃが、〈陰陽和合〉の象徴たる六芒星は、いわば、その境界を守護する魔除けの護符なのじゃ」


 魔神アイムから、「籠目」という紋が魔封じの護符である、という説明を受けながら、 灯は、『西欧文化論』の講義の中で、担当講師の隠井迅がたびたび取り上げていた、相反する事態の混交である〈敷居〉という概念の事を思い出していた。


 旧年から新年への移行の年越したる〈ケルトのサウィン〉、昼と夜の間たる〈逢魔が時〉、こうした相反する事態が混交する時空間においてこそ、この世とあの世の境界が揺らぎ、二つの世界を繋ぐ門が開きやすくなる。

 そして、六芒星の事を知った今、籠目の形はまさに、その〈敷居〉の象徴でもあるように灯には思えた。


「伊勢神宮の参道からは、魔除けの籠目が刻まれた石灯篭が撤去されちゃったって話だけど、〈東京のお伊勢さん〉、そこの東京大神宮のどこかに、籠目紋が刻まれていたりするのかな?」

 このように、灯はふと疑問を抱いて、また、思った事が口から洩れ出でてしまった。


「汝よ、そもそも、このチヨダの形そのものが、籠目、六芒星の形になっておるではないかっ!」

「あっ! そっか、なるほど。

 ってなると、千代田区がそもそも、二つの事態が混交する、〈敷居〉的な時空間なんだ。

 でも、ふっ……」

 灯は思わず苦笑を漏らしてしまった。


「汝よ、何を笑っておる」

「いや、籠目模様って〈魔除け〉の紋なのに、その中に魔神が封じ込められているなんて、……矛盾の極みだなって思ったら、つい……」


「汝は〈結界〉の本質が分かっておらぬ」

「それは、どういう意味で?」

「まず、結界とは、〈外〉から〈マ〉なる存在が入ってこないようにする為のものじゃ」

「まさしく。

 って事は、この千代田区内には、江戸時代の頃から現代に至るまで、江戸城や皇居が置かれ、さらに言うと、日本の政治・経済の中心たる国会や、大企業の本社も在るし、つまり、籠目は、日本の中枢、つまり、結界〈内〉を〈魔〉的な存在から守護しているって事になるのかな?」

「まさに、そうじゃ。さらにじゃ、汝よ、よく見てみよ」

「この緑の部分が、内なるもの、『コーキョ』自体を護る為の六芒星になっており、さらに、その外側にもう一つの〈籠目〉が描かれ、この二重の六芒星によって、結界が強化されておるのじゃ。

 いったい、どのような術師が張ったのかは知らぬが、これはすごい物じゃ」

「それは如何なる?」

「このチヨダの〈籠目〉は、〈外〉から入ってこないようにする〈魔除け〉以外に、内から外に、存在の力、〈エーテル〉が抜け出ないような仕掛けも施されておる。

 まあ、経年劣化で、かなりボロボロになっておるみたいなのじゃが」


「なるほど、アイムさま、つまり、〈結界〉には、魔除けと魔封じの二つの機能がある、という分けなのですね。

 そっか、だから、魔神が結界内にいても、それはおかしな話じゃないんだな」

「その通りじゃ」


 さらに、灯は、子供の頃に、地元の神社で同じ小学校の幼馴染達と一緒に、「かごめかごめ」をして遊んだ事を思い出した。


 これは、「かごめ、かごめ」から歌い出す〈わらべ唄〉を歌いながらする遊びで、鬼となった子が目を隠して真ん中に座り、残った他の子供たちは輪になって、件の唄を歌いながら、鬼の周りを回ってゆく。そして、歌い終わった時に、〈鬼〉の真後ろに誰がいるのかを当てる遊びである。


(たしか、歌詞は……)

 そう思いながら、灯は、タブレットで「かごめかごめ」の歌詞を確認したのであった。


「やっぱりだ。改めて、歌詞内容を確認してみると、例えば、〈夜明けの晩〉とか〈後の正面〉とか、歌詞が矛盾した事柄のオンパレードなんだ。

 昔、遊んでいた頃には、まったく疑問には思わなかったんだけど、これって、もしかしたら、相反する事柄、そう〈敷居〉を言葉で言い表わした物なのかもしれないな。そもそも、日本は〈言霊の幸わう国〉だし……。

 あっ!」

「汝よ、どうした?」


「『かごめかごめ』で、真ん中に座るのは〈鬼〉なんですよ。

 つまり、『かごめかごめ』の遊びって〈籠目〉を言葉にしたもので、実は、遊びの形をとった〈魔封じ〉の儀式で、日本では魔を〈鬼〉と呼ぶんですけれど、その、魔なる存在たる鬼を取り囲む、〈籠目囲め〉だったんじゃないかって、今まさに、思い付いた次第なのです」

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