カレーのトリコ ~神田に召喚されし火の魔神さまのカレイなる四日間~
隠井 迅
プロローグ 十月三十一日・日没
第00話 くれた世界に出でし炎髪有角の男
「……」
都内の私立大学に通う大学生の土門灯(つちかど・あかり)が、神保町古書店街で催されている「神田古本まつり」にて贖ったラテン語の〈写本〉に書かれている文章を朗読し終えたのは〈十六時四十七分〉、太陽の上端が地平線の下に沈んだ、〈日没〉ちょうどの事であった。
二〇二四年における十月の最終日には実に見事な偶然の一致があって、太陽の動きを基準とした、いわゆる〈新暦〉の十月三十一日は、月の満ち欠けに基づく〈旧暦〉の最終日たる晦日(みそか)、長月二十九日に当たっている。
つまるところ、西洋における〈太陽暦〉においても、東洋における〈太陰暦〉においても、この日は月から月への〈境界〉に当たる分けだ。
そしてさらに、現代においてこそ我々は、一分・六十秒、一時間・六十分、一日・二十四時間といった時刻に基づいた生活を送っているのだが、時計が無い状況下や、自然に基づいた生活においては、西洋においても東洋においても、日没こそが一日の終わりと始まりの基準であった。
要するに、太陽の運行に基づく時間感覚においては、日の入りこそが、厳密な意味における時の境界で、さらに、二〇二四年の十月三十一日の日没は、洋の東西を問わず、月に関する時の境になっている、と言い得る分けだ。
灯は、この日の一時限目に受講していた『西欧文化論』の講義の中で、担当講師の隠井迅が、時宜にかなった話として、二〇二四年の十月三十一日と長月晦日の暗合について語った事を、夕暮れの「東京大神宮」の長椅子の上で思い起こしていた。
そしてこの時――
太陽が地平線の下に沈んだまさにその瞬間後、突然、空は赤く染まり、暮れゆく街が、突如、紅(く)れる世界になったかのように灯には感じられた。
そして、緋色の光の筋が、灯の視線とぶつかり合った。だがしかし、強烈な光の圧に押し負け、抗えぬまま、両目への光線の侵入を許してしまうと、目が眩むと同時に灯の意識は完全に断ち切られてしまったのである。
しばらくして、意識を取り戻したものの、目が眩み視界がはっきりしないままの灯の耳に、低く重々しい声が届いてきた。
「疾く応(いら)えん。汝か? ワレを召喚せし者は?」
光が和らぎ、ようやく視力を取り戻した時、灯の視界に入ってきたのは――
紅色の髪をした大柄な一人の男の姿であった。
「灼烈……」
その男を見て、感じたままの印象が無意識に灯の口の端から漏れ出でた。
赤色の逆立った男の髪が、燃え立つ烈しい炎を想起させたからである。
「神、いや、もしかして悪魔?」
かの男の炎髪の紅い頭からは二本の角が生え出ていたのである。
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