たてがみ生えた
悪本不真面目(アクモトフマジメ)
第1話
脱毛というのは自然に逆らっていて僕はすきじゃあない。もっと野性的に生きるべきだ人間は。人工物の二十四階の洗面台に僕は立っている。朝髭をそる。それは儀式のようなもので僕にとって重要な時間だ。じょりじょりという音がここちよく、つい真剣になり、よく血を流す。流れる血を拭き、ヒリヒリしたほっぺに敗北感を覚え会社に向かうのがいつもだ。だが今日の僕は鏡を見るとどうも、この儀式をしたい気になれなかった。
鏡にうつる姿はまるで獅子のようだ。これはあれだ、たてがみだ。僕はかがみでたてがみを見る。かがみはかがみでもてかがみでたてがみをみた。かがみからみえるたてがみは立派である。顔の向きをかえて、よこからたてがみをかがみでみた。
僕は野性的でいるべきだと思いながらも、どうも遺伝的なのかやせ型であり野性的とは違っていた。なのでたてがみを生やして出社したら周りから似合わないと、たてがみを引っこ抜かれてしまうだろう。しかし、似合わないのは間違いだ。なぜなら僕はたてがみを意識的に生やした訳ではなく、僕の細胞の独断で自然に生えたんだからだ。僕は鏡に向かい獅子の様に吠えようとした。
「ガオー!」
寝ぼけた声だったのか恥ずかしかったのか、棒読みにただ「ガオー」と声を出しただけにすぎなかった。
黒いたてがみというのもカッコイイものだ。僕はたてがみを検索してみた。たてがみという漢字は「縦髪」だと思ったが実際は「鬣」と書くみたいだ。なんだかカッコイイその字を僕は上司からもらったモンブランという美味しそうなメーカーの万年筆で力いっぱい書こうとしたがうまく書けなかった。どうやら安物みたいだったので、仕方なく百円のボールペンで書くことにした。これで「鬣」という漢字は覚えた。今度外国人にかっこいい漢字を教えてくださいの時にこの字を書こうと思った。
人間の髪や髭も鬣と言うみたいだが僕は認めなかった。野性的ではない鬣なんぞ鬣にあらずだ。僕は、四足歩行で広いリビングをウロウロとしてみた。僕は会社の日には朝どんだけ寝ぼけていてもすぐスーツに着替えるから今はスーツ姿なのだが、このような社会のゲーム衣装では野性的とは言えないと思い僕は全裸になった。
あやうく脱いだワイシャツや背広をたたみそうになったが、それに逆らい逆に足で思いっきり踏んでやった。そしてウロウロと歩き回り、ベランダの方に目を向けた。朝陽が眩しく野性的な僕に似合うと思った。ベランダにのしのしと近づいた。
ベランダにカラスが止まっていた。僕は舌なめずりをコミカルにした。ベランダの窓を開けて自らの野生力で威嚇して追い出そうと考える。しかし手が止まった。くだらないことを考えてしまった。部屋の中にカラスが入ってきたらどうしようと———
会社を今日どうするか考えていた。スーツを脱ぎ全裸で四足歩行して鬣を生やしている。これは会社に行くと言う方が不正解ではないだろうか、自然ではない。だがこの姿のままなら行こうかと思った。SNSでストレス社会やら鬱やらなんやらと不満が多い世の中に、じゃあこうすればいいじゃん、と自由をさらけ出すのはこの社会という何故か生まれながら参加させられてるこのゲームから脱出できるきっかけになるのではないだろうか。
僕は扉を開けた、全裸で鬣を生やすこの野生な姿自由の象徴、自由の女神像は僕を持てばいいのだ。ビューっと風が吹いている、僕の肌に当たり気持ちが良かった。温かく心地よい風。
ビューっと今度は冷たい風に当たった。それは人工的な風だ。僕はそれを肌、骨、筋肉、脳、心臓で感じさせられた。僕は不自然に部屋へ戻った。不自然にスーツを着用し、不自然に洗面台で鬣を剃った。意外にも、簡単に剃れた。まるでそれが正解だとでたらめを言われているみたいに。
たてがみ生えた 悪本不真面目(アクモトフマジメ) @saikindou0615
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