魔法学院最強の劣等生~魔王を倒し世界を平和に導いた最強のハイエルフ、転生したら『適性魔法無し』として最弱となる~

鬼柳シン

第1話 世界を救ったハイエルフ、転生し魔法学院へと通う

【一話完結】


 エルフ族の森と人間族の領土の境目で、ハイエルフの族長である俺は敵対する人間を率いる勇者のアルバスと向き合っていた。

 互いに背後には大勢の武装した部下を連れてのことなのだが、戦争をしに来たのではない。


 俺はアルバスに、エルフ族と人間族の和睦について話し合おうと、この場を用意したのだ。


 当然敵対する人間族のアルバスは、俺を刺すような視線で睨みつけ、吐き捨てるように言った。


「貴様らエルフ族と和睦だと? 俺たちは何度戦場で戦ったと思っている、カムイ」

「もはや俺も数えるのが飽きるほどに戦ったな。しかし、だからこその和睦だ」


 アルバスが俺の言葉に眉を顰めた。

 それも当たり前だ。人間族と俺たちエルフ族は数千年と敵対している。


 それどころか、この世界はあらゆる種族が覇権を握ろうと、他の種族を滅ぼすか従えようとしているのだ。


 ドワーフ、竜人、魔族……ハイエルフとして数千年と生きてきたが、その間絶えることなく争いは続いた。


 無論、俺が率いるエルフ族とアルバスが属する人間族も、もはやいつ始まったのか分からぬ戦いを続けている。

 だが互いに似た姿を持って生まれた種族故、他の種族ほどいがみ合ってはいない。


 そういうこともあり、アルバスと俺は互いの領土の境目で話し合いに興じられている。


「アルバスよ、互いの種族を率いる俺とお前の力が拮抗していることくらいは理解しているだろう。両種族の戦力もまた同程度だ。このまま戦い続けていれば、いずれ共倒れになるのは明白だ」

「……認めたくはないが、それは事実だな。だが数千年と戦ってきた二つの種族が簡単に一つになると思うのか? もはや敵対しているのは常識だと、人間の間では子供に学ばされているのだぞ?」

「もちろん、そう簡単にはいかぬだろうな。十年や二十年ではどうにもならぬ――だが、それが百年、千年と続けばどうだ?」


 そう口にしたとき、アルバスは溜息を吐く。


「貴様らエルフは数千年と生きられるそうだが、俺たち人間は長くて七十年だ」


 呆れるようなアルバスに、俺はすぐに返す。「和睦すれば違う」と。


「人間とエルフは交わり子を作ることが出来る。俺たちエルフの血が交われば、人間もまた数千年とはいかずとも、数百年の時を生きることが可能だ。それはお前も知ってるだろう」


 アルバスはバツの悪そうな顔をした。

 エルフは人間とよく似ている上に男女問わず美しい。更にそう簡単には死なないので、戦いに敗れたエルフの女戦士たちは人間の奴隷となり、無理やり子を孕まされ、既に混血種はいるのだ。


 エルフの売買は禁じられているそうだが、密偵の話では欲深い人間が裏でエルフを取引していると聞く。


 それを和睦により違法なことから普通の奴隷制度とし、また二つの種族が交わることを当たり前とするのだ。


 人間の欲望は叶い、既にエルフ族は俺が説得してある。


 もっと言うならば、エルフは魔力に長ける。和睦し時が過ぎ、混血種が当たり前となるころには、人間は今よりずっと優れた魔法を使うことが出来るだろう。


 アルバスもそういったことは承知だろう。だが勇者として戦ってきた自分や、他の戦士たちの手前、拮抗している戦況や魔力と寿命が高まるだけでは頷けない。


 そこで、俺も切り札を切る。


「あまり時間をかけては、魔族――いや、魔王に全ての種族が滅ぼされるぞ」


 魔王の名を出したとき、アルバスは舌打ちをした。

 だが流石は勇者と呼ばれるだけある。すぐに落ち着きを取り戻すと、俺を見据えた。


「人間が魔王に負けるとでも言うのか?」

「俺に強がりを言っても無駄だ。魔族を束ねる魔王には、あの竜人族ですら滅ぼされる一歩手前なのは知っているだろう」

「だが、俺たち人間なら……!」

「勝てるというのか? その身を空を舞う竜と変え天を統べていた竜人族が、いきなり現れた魔王一人に劣勢なのだぞ?」


 アルバスは黙ってしまった。種族間にある力の優劣で言うならば、竜人族は頭一つ抜けていたのだから。

 その竜人族が、魔族に生まれたイレギュラーとでも言うべき魔王相手に滅ぼされかけているのだ。


 当然、人間の間でも魔王に対する対抗策は話し合われた事だろう。

 しかし、どうにもならないというのが答えで間違いない。


 俺は咳払いすると、何度も戦い力を認めた人間としてアルバスを見据え、ハッキリと宣言する。


「もはや一つの種族では魔王には勝てない。だが俺たちが手を取り合い、数千年と戦い続ければ勝つことも不可能ではない。エルフ族は、もうこの和睦に同意している。人間と血を交えることも混血の子を産み育てることも覚悟の上だ。もう一度言うぞ、俺たちエルフ族と和睦してはくれないか」


 しばしの沈黙の後、アルバスは問う。魔王を倒すためか? と。

 その問いに、俺は目を細めて答えた。


「無論それもある。だがなにより、俺はいい加減に戦いに飽きた……長い時を生きたエルフたちは皆、そう思っている。だから魔王との戦いを最後とし、人間とエルフによる新たな世界を創る。そこには命を取り合う戦いのない、平和な世界が広がっているだろう――いや、俺の数千年と生きる命の全てを使ってでも、平和に共存する世界を維持していくと誓おう」


 アルバスは俺の言葉を受け、沈黙を続けた。だがやがて小さな溜息を吐くと、その手を差し出してくる。


「戦士として貴様は敵ながら認めていた。その貴様がこうまで言うのなら、俺も信じることにしよう」

「では……」


 アルバスはフッと笑い、この場に居合わせた人間たちへ高らかに告げた。


「これより我らは魔王討伐のためにエルフ族と和睦を結ぶ! しかしこれは一時的なものではない! 魔王亡き後も、人間とエルフは手を取り合い生きていく! これはエルフ族の長カムイ・ジクストールと勇者であるアルバス・スカーライトの合意によるものだ!」


 様々な声が上がった。だがしかし、魔王という共通の敵へ共に戦えば、絆もまた生まれるだろう。

 それをきっかけに、何百、何千年とかけて一つになればいい。


 とはいえ、これから忙しくなる。アルバス含む人間とエルフの各族長とですり合わせることが数えきれないほどある。

 それを思ってか、俺へと視線を戻したアルバスは肩をすくめていた。




 ####



 あれから数え切れぬほどの時が流れた。

 エルフは森を離れ人間の国で暮らすようになり、人間もまたエルフを奴隷扱いするようなことはなくなった。


 二つの種族は一つとなり、平和が訪れたのだ。


 そして俺は飽きるほど生き、そして老いた。


 ハイエルフとはいえ、無限永久に生きられるわけではないのだ。

 アルバスと和睦を結んだときは青年のような姿だったが、今や皴ばかりの爺さんだ。


 それだけ戦ったのだ。魔王が率いる魔族を相手に、数えきれない年月を戦った。

 その中で一人、また一人とハイエルフは死んでいき、今やこの世界に純血のハイエルフは俺しか残っていない。


 アルバスと、この命の全てを使ってでも平和に共存する世界を維持させることを誓った。

 だがもはや、この世界でこの俺――ハイエルフのカムイ・ジクストールは十分に役目を果たしただろう。


 なにより、悪意と力のある何者かが平和を乱すことがないか、始祖の精霊や亡きハイエルフたちの眠る森から世界を監視し続けた。


 結果、もう俺の出番はないだろうと結論付けた。あるとしても、ずっと先だ。そして、その時まで生きてはいられないだろう。


 まぁ、これだけ長い時間生きてきたのだ。当然対抗策は用意してある。

 転生魔法だ。遥か未来にハイエルフとして転生し、アルバスとの約束を守る。


 それか、自由に生きてもいいかもしれない。自分で言うのもなんだが、それだけ世界に尽くしたのだから。


「二千年後に転生できるようだな……転生後の姿とやらは選べるそうだが……そうだな……」


 ふと、ある意味全てが始まった、アルバスと約束を交わしたあの若き姿に転生しようと思った。英雄としてのカムイ・ジクストールの名も姿も、そのころには忘れ去られているだろう。


 そう決めると、転生魔法を発動させる。魔法陣に描かれた光に包まれると、意識が遠くなっていき、やがて途切れた。


 こうして、世界に尽くした俺の一生は一度幕を閉じた。

 

 そしてまた始まるのだ。


 二千年も経てば、多少は知らぬ世界が広がっているだろう。


 そんな期待を胸に、老いた英雄カムイ・ジクストールは二千年後へと転生した。




 ####




 転生魔法自体を使うのが初めてだったので、どのように未来へ転生するかは分からなかったのだが、目覚めてみると、転生前のエルフの森だった。


 転生前は別名「始祖の森」と呼ばれ、ハイエルフである俺が晩年を過ごしたのと、エルフ族と仲の良かった原初の精霊たちが住むからそう呼ばれていたのだが……


「ふむ、なにも変わっていないな……」


 本当に二千年経ったのだろうか。そんな疑問は、声を出した瞬間に少し晴れた。


 アルバスと和睦を結んだ頃と同じ声なのだ。

 氷の魔法で鏡を創り見てみても、あの頃と全く変わっていない。


 カムイ・ジクストールは全盛期の姿に戻ったのだ。


「一応二千年後に転生できたのか、ではもう一つ確認だが……」


 もちろんあれこれと準備して転生したのだ。俺はまず、契約魔法を発動する。

 魔法陣を発動すれば、始祖の森に住んでいた精霊やテイムした生き物を離れていても召喚できるのだ。


 今呼ぶのは転生前に長い年月、友として種族を超えて語り合った「大精霊シア」だ。


 そう簡単に死ぬような奴ではないし、精霊は老いないので呼べばすぐに出てくるはずだが……


「んあ?」


 魔法陣から出てきた手のひらほどのシアは、二千年前と変わらない真っ白な髪と紫紺の瞳の姿で現れた。


 とはいえ、寝ていたのか目を擦りながらだが。


「久しぶりだな、シア」


 俺が話しかけると、寝起きの様子のシアはボケッとしながら首を傾げたあと、「誰?」と聞いてきた。

 シアは一口に大精霊と言っても、その実は超常の存在であり、いくら若返っているとはいえ俺の魔力を感じ取ればすぐに分かりそうなものだが……


 不安に思っていると、シアは不敵に笑った。


「女顔のイケメンさんは、いったい何千年前の英雄なのかな?」


 ゴツッ、とその頭を小突いておく。痛いなぁと不満げだが、今の発言でふざけているだけというのが分かった。


 しかしだ


「古い仲だから許してやるが、次に女顔だと言ったらタダじゃおかないからな」

「まったく、久しぶりに若い頃の君を見たから褒めるつもりで言ってあげたのに」

「俺は長い時を生きたから基本的に寛大だが、それだけは許せなくてな。それで、ここは二千年後の未来なのか?」


 尋ねると、シアはふわふわと羽で周りを飛びながら、その通りと告げる。

 だが、少し言いづらそうに続けた。


「二千年間の事を見ておけって頼まれてたけど、ボクからするとその程度の時間は昼寝をしてたらすぎるような時間でねぇ……悪いけど、今の世の中がどうなっているのか具体的には知らないんだ」


 頼む相手を間違えた。最も古い友であるシアなら流石に約束を守ってくれると思っていたのだが、どうやら生来の適当さが出てしまったようだ。


 しかしだ、始祖の森が荒らされることなく存在し、魔王のようなどす黒い魔力も感じない。

 人間の魔力もエルフの魔力も感じられる。


 とりあえず世界が亡びたとか、新たな脅威が現れたとかはなさそうだ。


 それに、知らない世界を若い姿で生きてみるというのも一興だ。


「なら、ひとまず人間とエルフが多く集まる場所にでも行ってみるか」

「それってボクも?」

「お前……というか、契約魔法で呼び出せる連中は、もはや二千年前の時点で伝説的な存在だったからな……下手に連れて行って驚かれたら面倒だ。俺自身の魔法も、この時代のレベルを知ってから他人に見せるべきだな……」


 となると、人が多く集まり、尚且つこの姿を効果的に利用できる所に行く必要がある。

 迷っていると、シアが呟く。


「学び舎とかは? どんな時代でも大人が子供から学ぶ場所は存在するだろう?」

「ふむ、そういった文化がしっかり残ってくれているといいがな」

「人間とエルフの混血が残っているから大丈夫だよ。流石に彼らが消えるほどの大きな変化があったらボクも起きるから、そこらへんは信じてくれていいよ」


 なら、そうするとしよう。シアを魔法陣に戻すと、転移魔法を発動する。

 とりあえず空へと転移すれば、空中浮遊したまま地の果てまでを見据えた。


 すると、なにやら城やレンガの建物があり、多くの混血種の気配がする広大な国と思しき場所を見つける。


 とりあえず文明はあるのだ。最低限の情報だけ手に入れたら、潜り込んでみることにしよう。




 ####



 数日後――


 運よく見つけたのはこの時代での王都のようで、魔法に関する知識人から貴族までが集まる場所だったようだ。

 それに、どうやら人間とエルフの和睦は続いているようで、街中にはエルフと人間の混血種が見られる。というより、この時代ではエルフと人間の混血種しかいないようだ。


 アルバスよ、和睦は上手くいったようだぞ。一人満足げに頷きながら、この数日で決めた身の振り方に従うことにした。


 それは――


「魔法学院への入学希望者はこちらへお集まりください!」


 嬉しいことにこの時代では魔法がとても盛んなようで、丁度魔法学院とやらの入学の時期だったのだ。


 ここに生徒として入学する。新しい時代の魔法と常識を一から学ぶには最適な場所だろう。

 とはいえ立派な校舎を前に、一人ウンウンと頷く。剣ではなく魔法が栄えてくれてよかったと。


 そんな風に一人で物思いにふけっている時だった。背後の学園へと続く階段からやかましい声がする。


「おい! 貴様がノロマだから出遅れてしまったではないか!」


 振り向くと、やけにキラキラと着飾った男がボロ布を来た金髪の少女に怒鳴っていた。

 細い少女に大荷物を持たせ、恐らく貴族かなにかの男は何も持っていない。


 見るからに奴隷ではないか。奴隷制度は和睦の後に廃れたはずだが、この時代では違うのか?


 かつてアルバスと共に築いた世界も、悠久の時が流れたら変わってしまう。

 むしろこれだけ魔法文化が残り、混血種がいるだけマシ。


 そう思ったのだが、気に食わないものは気に食わないのだ。


「おい、そこの……名前は知らんが服に無駄に金をかけている者よ、男なら少しは自分で荷物を持ったらどうだ」


 歩み寄りながら言ってやると、周囲がやけにどよめき出した。

 貴族か何かに口出ししたからだろうか? 


 とにかくそんな空気になったのだが、貴族らしき男は俺を見て鼻で笑った。


「ハッ! なんだお前? どこの田舎から出てきたか知らないけど、イルミール公爵家長男のクエム様に意見するどころか、この女を庇うのかい? まさかこれだけ無知な者が大陸最高の魔法学院に入学しに来るとはねぇ!」

「ふむ、まぁ無知なのは認めよう。長いこと世間から外れた森で過ごしていたのでな」

「長いこと? 見たところまだ十代後半だろう?」

「いや……ああそうか」


 ハイエルフの俺からしたら十代後半になるまで成長期を考えても千年はかかる。

 しかしここにいるのは混血種だ。見たところ外見年齢は同じくらいだが、だいたい混血種でも五十年……いや、いくら血が薄れても誇りあるハイエルフたちの血を継いだのだ。


 この見た目になるのに百年はかかるだろう。つまりは俺も同じだと思われたのだ。


「すまないな、百年ほどしか生きていないのでは長いとは言えないか」

「は? 百年? 何言ってんの?」

「む? この外見年齢になる時間を言ったのだが……」


 言うと、大笑いし出した。


「何言ってんだよ! 百年も生きたら長寿番付に載るぞ!」

「……なに?」

「というか、さっきからの物言いとか態度とか、イルミール家のクエム様を前にして不敬だとは思わないのかい? 断頭台に送るよ?」

「……イルミール家とやらは、そんなに偉いのか?」

「は? イルミール家は国の防備を担う魔法使いを輩出する公爵家で……」

「貴族とて、先ほどからほんの少ししか魔力を感じないのでな。大方学園に金を出している経営者かと思っていたのだが……」


 どうやら、それが禁句だったようだ。クエムとやらは俺へとズカズカ迫ってきた。


 周囲の連中も目を覆うか視線を合わせないようにしている。

 そんな中から誰かが言った。「憤怒の魔法使いクエム様を怒らせた」と。


「この僕の魔力を少ししか感じないだと!? 天才と謳われた僕の魔力を侮辱しているのか!」

「……ふむ、そうか。俺の魔力感知が鈍っているのかもしれないな。では詫びよう」

「そんな謝り方で許すと……」


 と、ガタガタ騒ぎだした時だった。荷物をなんとか持ち上げようとしていた金髪の少女が重さの余りか倒れてしまったのだ。


「失礼、退いてくれ」

「話はまだ……」

「退けと言った。少女が転んでいる」


 ほんの少し魔力を込めて押しのけると、クエムは道の真ん中から端へと吹っ飛んで行ってしまった。


「……今のは埃を払う程度の力だぞ? やはり鈍っていて、加減を間違えたのか?」


 そちらはしっかり考えるとして、まずは倒れた外見年齢的には同じほどの少女へ手を差し伸べた。

 どういうわけか信じられないような顔をした少女だったが、早く手を取るように言うと、その手のひらが重なる。


 その瞬間だった。


「ッ! この感覚、お前は純血の人間なのか!?」


 驚くのも当たり前だ。エルフと人間との共存と混血化は俺の時代では完璧に果たされていたはずなのだ。

 つまり、もう純血の人間は二千年前の時点でいなかった。だというのに、目の前にはとうの昔にいなくなったはずの純血の人間の少女がいるのだ。


 そして、周囲から声が上がる。


「アイツ、魔法が使えない人間なんかに何驚いてるんだ?」


 魔法も使えないだと!? そんなはずがない。なにせ近づいてみてハッキリ伝わったこの魔力は、軽く国の一つを吹き飛ばしても余りある魔力量なのだから。


「……お前、名はなんと言う」


 問いかけると、少女はポカンと間の抜けた顔をしてから、クエムの吹っ飛んでいった方へハッと目をやった。

 そういえば名乗っていなかった。あと、おそらく主であろうクエムを吹っ飛ばしたばかりだ。


 まぁさすがにあの程度で傷を負うほど弱くはなっていないだろう。

 それでも形だけでも驚いているといったところか。


 フッと笑い、手を引っ込める。


「答えたくなければ答えなくていい。だが、俺は名乗っておこう。カム……」


 言いかけ、流石に本名を口にしては俺の名前が残っていた時に面倒なので思いとどまる。

 それから少し考え、もう一度口を開いた。


「“カイム”・エルストールだ」


 かつて遥か東方の地で「何もない」を意味する「皆無」という文字があった。

 今の俺はこの時代のことを何も知らないので相応しいだろう。


 それを聞いてか少女がこちらへ向き直り、ペコペコ頭を下げてから小さな声で呟いた。


「ス、ステラと申します……」

「ふむ、ステラか。良い名だ」


 このとてつもない魔力を持つ純血の人間の名を知ると、もっと興味が湧いてくる。

 どんな魔法を使えるのか。得意な属性は何か。どの程度魔力コントロールができるのか。


 そして何より、なぜ奴隷のような扱いを受けているのか……いや、そもそもなぜエルフの血を持たないのか。


 問おうとして、加減し損ねて吹き飛ばしてしまったクエムが怒り心頭でやってくる。

 小奇麗な服がボロボロと擦り切れているし、なにより傷が多く肩を痛めているようだった。


 打ち所が悪かったのだろうか?


「こ、この僕に手を上げたな! イルミール公爵家長男のこの僕に!」

「加減しそこなった俺が言うのもなんだが、あの程度で手を上げただと? 怒るよりも防御できなかった自分を悔いたらどうだ?」

「偶然強い魔法が発動したからって調子に乗って……!」


 そんなつもりはないのだが。とにかくこのクエムとかいう小僧は右手に魔法陣を描き出すと、そこから一振りの杖を召喚した。


「む、それは……」

「ハハハハハ! 驚いたか! イルミール家に伝わる『憤怒の杖』だ!」


 ガヤガヤと周囲を囲っていた混血種たちが一斉に声を上げた。

 イルミール家の始祖たるハイエルフが遺した炎を操る最上級の魔道具だと。


 同時に俺も驚いていた。なにせあれは、


「偽物ではないか」

「は? なんだって?」


 『憤怒の杖』は確かに魔王と戦っていた時に仲間のハイエルフが使っていた炎を操る最上級の魔道具だ。

 だが操り手が戦いの中で死んでしまい、杖もまた壊れてしまった。この目で見たので間違いはない。

 その後、死を忘れないように子供でも炎を操れる玩具兼魔道具として量産したのだが、まさかその内の一つが残っていようとは……。


 玩具を手に自信満々な姿に哀れみを覚えつつ、どうしたものかと悩んでいたら、学園の方から声がする。


「そこの二人! 入学希望者同士での決闘など認められません!」


 見た目からして教師のようだが、どういうわけか魔力がとんでもなく低い。

 なんとか家の坊主といい、この教師といい、どうやらこの時代では魔法その物が相当廃れているようだ。


 たが、ステラと名乗った純血の魔力はここに居る連中とは比べ物にならない。


 一度始祖の森に帰り、この時代について情報を集めるべきだろう。


 そう思って王都を出ていこうとしたのだが、


「貴様! 逃げるのか!」

「……これほどの力の差なら、逃げるべきはお前なのだがな」

「そう言って僕を怒らせる作戦かな? 女顔に見合う女々しさだ!」

「……今、なんと言った」


 怒りに任せ、つい隠していた魔力を少しばかり放出してしまう。


 ヒッ! と調子に乗っていた小僧は俺の抑えきれない魔力にたじろいだ。


 さて、消し炭にするか、すり潰すか。見せしめに五臓六腑を撒き散らしてやるか。


 とはいえこんな雑魚にも及ばぬ相手はどうとでもなるが、あまりにも大人げない。


 なにより、ここには入学しに来たのだ。どうせなら、あちらの土俵に上がってやろう。


「続きは入学してからとしようか。生徒同士なら、決闘も実技の一つになるだろう?」


 凄みを見せながら言うと、教師と思しき者もビクつきながら入学金だの戸籍だのとうるさいが、金塊を召喚して投げ渡し、この時代用に今創った身分証を投げつけてやる。


 「豪邸が買える……」と金塊を手にして震える教師とやらに入学は可能かと聞けば、あとは簡単な入学式と適性検査による実力順のクラス分けだけだという。


 他愛もない。あっと言う間に終わらせて、女顔と笑った小僧を叩きのめしてやろう。




 ####




 魔法は廃れたようだが、学ぶ者は多いようだ。退屈な入学式を済ませると、クラス分けのための適性検査とやらの会場へ移動した。


「ふむ、魔法石か」


 身の丈以上の紫色の魔法石が設置されており、手で触れることで光を発し、その強さと輝きの色で魔力量や適する魔法の属性などが分かる。


 しかし俺の時代にもあったが、ずいぶんと古びている上に劣悪品だ。

 先ほどのように加減を間違えれば壊れてしまうだろう。


 だが舐めてもらっては困る。入学式からこの場に至るまでに平均的な魔力量は観察済みだ。

 それに合わせて加減すれば壊れることも変に注目されることもないだろう。


「ハッ! 見たか僕の魔力量を!」


 列に並んでいると、先の方で赤く魔法石を輝かせたクエムが何やら騒いでいた。

 多くの生徒たちを観察して分かったことだが、どうやらクエム程度の魔力でも相当高い部類に入るらしく、AからFの順に高いクラスのランクでは最高のAに値するだろう。


 と、クエムを見ていたら一瞬嫌な予感を感じる。

 傍に控えるステラが魔法石に触れたら、あまりの魔力量に粉々となって吹き飛んでしまうだろう。


 まだこの時代における純血の人間の立場は分かっていないとはいえ、奴隷のような扱いから低い地位にいるのは間違いない。


 その上、仕えているのはやけにプライドの高いクエムだ。

 ステラが自分より上だと知ったら、どんな扱いを受けるか知れたものではない。


 あれだけの魔力があれば抗うことなど容易いはずなのだが、それをしないということは、何か訳ありなのだろう。

 身構えていると、クエムは炎属性に適性がありAクラスと告げられてから高らかに笑い、ステラを一瞥してから教師へと告げた。


「この奴隷はイルミール公爵家が買った僕の所有物だ。文房具と同じような物だから、当然Aクラスに連れて行くけど構わないよね?」

「は、はい、もちろんです……」


 どうやら、今覚えたがイルミール公爵とやらはずいぶんと偉い立場にいるようだ。

 魔法学院の教師でも反論どころか意見すらできないらしい。


 しかし、おかげでステラは魔法石に触れることなくAクラスに連れていかれた。

 ホッと胸をなでおろしつつ、俺の順番が来たので魔法石の前へとたどり着く。


 平均値を知った今、魔力量のコントロール程度どうとでもなるが、ステラのことが気になる。

 となると、Aクラスに配属される程度に加減するのがいいだろう。


 だが、劣っているとクエムにやかましくされるのも気が引ける。


「……ふむ」


 魔法石を前に一考し、手を触れる。すると、紫色の魔法石は目を覆うような白く眩い光を発した。


「こ、これは……!」


 立ち会っていた教師が驚きの余りか声を上げる。

 それから、俺は得意げにその顔へ目をやった。


「さて、俺はどのクラスだ?」


 教師どころか、並ぶ生徒たちも驚いていた。

 当たり前だ。このような魔法石は腐るほど見てきた。どうすれば壊れない程度に最高の輝きを見せるかなど熟知している。


 なのだが、


「魔力量はすさまじいのですが、その……」

「む? なにか問題があるのか?」


 教師は困ったように考え込んでから、言いづらそうに口にする。


「あなたの魔力には特に適する属性がありません」

「なんだと?」

「この魔法石なら基本的な属性の水や雷はもちろん、召喚や身体強化等のいずれか一つに秀でた適性があるとして色で判別できるのですが、白い光は『適正なし』の証なのです」

「それは……ああ、そういうことか」


 少しやりすぎてしまったようだ。なにせ俺の魔力に適性などない。ましてや一つに秀でるなどあり得ない。


 なにせ、


「全ての属性において完璧に秀でている故に適性がないのだから仕方ないだろう」


 当たり前のように言ってやると、教師は困ったような顔で笑うばかりだ。

 まぁ、この時代の平均を考えればこの反応も頷ける。


「ではもう一度やってみるとするか。なに、適当に加減すれば問題ない」

「い、いえ、適性検査は不正を防ぐために一度きりです」

「む、だからといって適性がなければクラス分けに困るだろう」

「その点に関しましては、あまりに魔力が低いか適性に乏しい場合、Fクラスとなるのですが……」

「なんだと?」


 それではステラと一番遠いクラスではないか。どうしたものかと迷っていると、教師は「とはいえ」と続ける。


「あれだけの魔力量を持つ生徒は見たことがありません。良いクラスで良い先生方から学べば適性も見つかるでしょう。ということで、特例ですがAクラスとします」


 その先生とやらなんぞから学ばなくても適性しかないのだが、まぁいいだろう。

 無事にAクラスに配属されることになり、教室へと案内された。




 ####




「私がAクラス担任を務めるイザベルです」


 クラス分けが終わりAクラスにて担任が自己紹介をする中、教室の中の注目は二つに分かれていた。


 一つはイルミール公爵家とやらの嫡男クエム。もう一つはこの俺カムイ改めカイム。


 ヒソヒソと話す声は、イルミール公爵家嫡男であるクエムの機嫌を取ろうとしたり、怒らせないように話すもの。

 もう片方は、新入生で一番の魔力量を叩き出した俺は何者なのかという内容だった。


 どちらかと言うと、俺について話している声が多く聞こえる。


 クラスがそんな雰囲気なので、プライドの高いクエムはイライラとした様子で俺を睨んでいる。

 逆に俺はクエムを無視し、椅子に座ることさえ許されずに教室の一番後ろで立たされているステラが気がかりだった。


 魔力量や純血の人間についてもだが、やせ細っているし、制服でもなくボロ布を身に纏っている姿に心が痛む。

 担任とやらの話が終われば、すぐにでも話しかけに行きたいところだが、クエムが邪魔するだろう。


 変に怒らせても面倒なので頭を悩ませていると、担任のイザベルとやらが静かにするよう場を正す。


「ここに居る生徒は全員……えー、ほとんど名のある貴族か優秀な魔法使いの家系なので、それぞれ交流があるかと思いますが自己紹介をお願いします」


 俺を見て言葉を濁らせたが、当然と言えば当然だ。

 そんな俺が一番最初に自己紹介をするよう教師が名簿を見ながら指名したのに関しては、少しばかり以外だったが。


 しかし自己紹介か。二千年前は俺の事を知らぬ者などいなかったので、こればかりは慣れない。


「カムイ・ジクストールだ。出身は……」


 と、そこまで口にした時しまったと気づく。同時に、後方にいたステラが「えっ」と声を上げた。


 更に立て続けにクラス中が笑いだす。皆は口をそろえて、


「カムイ・ジクストールって、伝説上のハイエルフじゃん!」


 とのことだ。


 覚えられていたことは嬉しいのだが、伝説とまで呼ばれているとは。なるほど、悪くない気分だ。


 改めてカイム・エルストールの名を名乗れば、やけに似ていると笑われた。


「ふむ……」


 このような小童たち……いや、シアのような特別な連中以外から笑われるなどいつぶりだろうか。

 常に崇拝され、尊敬の眼差しを向けられ、教えを乞われるような立場だった。

 それがここでは「天然」だとか「面白い奴」などと笑われ、逆に教えを乞う立場だ。


 悪くない。むしろ、もはや忘れてしまった感覚に微笑みを浮かべていると、笑い声の中から「ふざけるな!」と声がした。


「そうやって話題取って友達作りでもしてるつもりか!」


 見れば、クエムの奴が立ち上がり指をさしていた。途端に笑い声はなくなり、皆が黙ってしまう。

 こういうのを空気が読めないと言うのだろうか。とはいえだ、


「別にそのような意図があったわけではないが、学園とは友達を作るところではないのか?」

「ハッ! そうやってパートナーもこの機に作ろうって魂胆だろ!」

「パートナー?」


 なんのことだろうか。腕を組んで考えていると、クエムが担任のイザベルに向けて言葉を放った。


「おい担任! イカサマをしてAクラスに入ったこんな奴がパートナーを見つける前に、とっととクラス委員を決めさせろ!」


 クラス委員云々はともかく、イカサマとは。呆れていると、担任のイザベルは困ったように視線を泳がせている。

 生徒を束ねるのなら、もっと堂々とすればいいものを。やはりイルミール家とやらは力が強い。


 なんにせよ、この騒動の原因は俺だ。咳払いすると、イザベルに向けてパートナーとクラス委員について聞いた。


 そんな事も知らないのかと驚かれたが、所謂各クラスを率いていく代表を決める事のそうだ。


「立候補者による決闘によってクラス委員を決めますが、まだ自己紹介も済んでいないのでは……」

「ハッ! 僕以外に立候補する奴がいるのかい?」

「それは……」


 イザベルは更に困ったようにしているが、どうやらこのままだとクエムに従うことになりそうだ。

 教師であり担任であるイザベルに教えを乞う立場に立ってやるのは、この時代の常識や魔法について知るという名目もあるので構わないのだが、こんな雑魚を代表だなどと崇めて下につけだと?


 こればかりはプライドが許さない。オロオロするイザベルとやかましいクエムに向けてハッキリ言ってやった。


「では、この俺が立候補してやろう」


 一瞬イザベルとクエムが間の抜けたような顔をした。だがすぐにクエムが歪んだ笑みを見せた。


「それで、パートナーは誰がやるのかな?」


 自信たっぷりにそう口にするが、そもそもパートナーとは何なのか。問うと、世間知らずと馬鹿にされてから学園に伝わる決闘方だと言われる。


「前衛を務める魔法使いと後衛を務める魔法使いが協力して戦うんだよ! さて、この僕のパートナーは入学前から決まってるけど、君には誰かいるかな?」


 クエムがそう言うと、一人の身なりがいい女生徒が立ち上がり、恭しく礼をした。

 だが、どこか高飛車な態度を感じる。視線も周囲を見下しているようだ。


「僕の婚約者でね、イルミール家と同じく国の重役の令嬢さ。で? 君には誰かパートナーのあてはあるかな?」

「……ふむ」


 なるほど、自信の由来はそこか。しかしどうしたものか。ただでさえクエムだけでも委縮してしまうクラスメイトに、更にもう一人の女を敵に回すような奴がいるとは思えない。


 決闘の勝敗自体は生まれたての赤ん坊がパートナーでも余裕で勝てるが、それさえも居ないとなると……


「む」


 辺りを見渡していると、皆が視線を外す中、ステラと目が合った。当然すぐに視線を外されたが、俺はニヤリと口角を上げる。


「では貴様の奴隷を借りるとしよう」

「は?」

「なんだ? 飼い犬に噛みつかれるのが怖いのか? まさかそれほど自分の魔法に自信がないとでも?」


 クエムはプライドの塊だ。そんな奴が奴隷に勝てないなどと煽られて黙っていられるはずがない。

 すぐに顔を真っ赤にすると、ステラに怒鳴りつけた。


「命令だ! こいつのパートナーになれ!」


 ビクッ! と身を震わせたステラはどうしたらいいのか迷っている様子だ。

 そこへ、担任のイザベルが慌てて口を挟む。


「ちょ、流石に正式なクライメイトではないこの子の参加を認めるわけには……」

「僕の決定に逆らう気!?」

「そ、それは……」


 クエムとイザベルが言い争いをしている中、ステラへと目をやる。

 不安が入り混じった顔で俺の事を見ていたが、フッと笑って言ってやる。


「なに、俺が勝った後のことは気にするな。しっかり守ってやる」

「まも、る……」


 俺がステラと組んで勝てば、当然クエムは彼女に対して何らかの対処をするだろう。

 奴隷という立場を考えれば、最悪殺されても文句が言えない。


 だが俺はステラのことを知りたいのだ。そのためにはまず、クエムの手から奪う必要がある。


「……私なんか、もうどうなっても……」


 弱弱しい声には、あまり感情が感じられない。

 だが、今はこれでいい。まずは目の前の問題を解決してからステラについてはしっかり考えよう。


 ともかく泣く泣くと言った様子でイザベルも了承したので、あとは俺の言葉で決まる。


 懐かしき若き頃を思い出しながら、クエムに言ってやる。


「俺を怒らせたことを後悔させてやろう」




 ####




 生徒と教師たちが円状に囲い観戦する闘技場とやらに連れて行かれると、その控室でステラと二人きりになる。

 もう数分としないうちに決闘は始まるのだが、ステラはここにきてようやく俺に言葉を向けた。


「私のせいで恥をかくことになってしまい、申し訳ありません……」

「なに、生き恥など嫌というほどかいてきたから気にするな。それより、お前……ステラはこの世のどこで育ったのだ?」

「どこ、と言いますと?」

「純血の人間など、とうの昔にいなくなったと思っていたのでな」


 それを聞くと、ステラは暗い顔をした。数舜の後、ぽつりぽつりと語りだす。


「遠い……とても遠い地に、人間だけの隠れ里がありました。それこそ伝説上の魔王をスカーライト家の勇者とハイエルフを率いるカムイが倒すより前からだと伝わっています」

「ふむ……」


 記憶をたどるが、そんなところはなかった。いや、仮にあったとしてもハイエルフとの和睦が結ばれ平和になってからはアルバスの一族――スカーライト家が率先してエルフと血を混ぜるように人々を導いたはずだ。


 スカーライト家を含む人間と、俺たちエルフも知らなかった人間だけの隠れ里……魔王を倒す前からあったというのなら、あの頃敵対していた何らかの種族の生き残りだろうか? 


 だが、手を触れて感じられた魔力は忘れもしないアルバスと同じ純血の人間のものだった。


「……どうかしましたか?」

「む? ああいや、すまない」


 この場で答えが出る問題ではないだろう。しかしだ、


「では悠久の時を隠れていたはずだというのに、なぜ奴隷などとなっているのだ?」


 ステラは自嘲気味に笑うと、物事にはどうしても終わりがあると言った。


「単純に見つかってしまい、珍しいからと村人全員が研究価値があるとかで捕まったんですよ……でも、結局は珍しいだけしか価値がないとして、好事家たちに売られることになりました」

「……ふむ」


 すまない、という言葉を飲み込んだ。なにせ俺が転生などしなければ、そんな事が起きればすぐにでも保護していたからだ。

 転生前の老いた体でも、あと二千年くらいなら生きていられたろう。あの姿とカムイの名があれば、自分で言うのもなんだが逆らえる存在などいなかった。


 しかし今の俺では、その村人たちを救うことはできない。

 カイム・エルストールになることで、権力も名声も文字通り皆無となってしまったのだから。


 それでも、力ならある。それはステラも同じはずだ。

 しかしどういうわけか、本人も周囲も気づいていない。そのせいで奴隷の身だ。


 だが力を示してクエムを黙らせれば、ステラだけは救える。それくらいなら容易い。


 だとするなら、絶好の舞台が目の前にあるではないか。


「ですから、こんな売り物のせいで笑いものになる前に、今からでも新しいパートナーを……」

「笑いものか……では聞くが、ステラは笑いものになるのと笑うのだったらどちらがいい?」


 へ? と間の抜けた表情のステラに向けて、「それもクエムを相手に笑ってやるならどっちがいい」と矢継ぎ早に言う。


 ステラは考えるそぶりを見せたあと、不器用な笑顔で言った。


「どうせなら、笑いたいものですね……夢でもないと、そんな事はないでしょうけど」

「なら夢を見せてやろう」


 ステラが何か言う前に闘技場へ出るように指示が出される。俺は久しぶりに誰かの夢を叶えてみせようと心に決めた。


 なに、数えるのも止めたほどの年月の中で、どれだけ誇大妄想と呼ばれたことを成し遂げたか。どれだけ奇跡を起こしたか。


 夢の一つや二つ、それも一人の少女を笑顔にするくらい造作もない。




 ####




 前衛と後衛に分かれての決闘だが、早い話が詠唱に時間のかからない方が前に出て時間を稼ぎ、その間に強力な魔法を後方から放つといっただけのことだった。


 やはりというか、プライドの塊のようなクエムは前衛として前に出てきた。

 そしてこちらの前衛は……


「あ……あわわわわわ……なんで、私が……」


 ステラがクエムと相対する形となっている。俺は後方にてステラの背中を眺めていた。

 そんな様子を見てか、クエムは高らかに笑った。


「ハハハハハ! そうか囮か! いや壁かな? なんにせよ役立たずが耐えているうちに何かしようって策なのかな?」

「そ、そうなのですか!? 私には魔法なんて使えないというのに、あなたは何もしないのですか!?」


 流石に動揺が目に見えているステラだが、俺はその魔力をしばらく観察してから、ニヤリと笑って二人に聞こえるよう告げた。


「ああ、その通りだ。なんなら俺はここから一歩も動くつもりすらない」


 クエムは腹を抱えて笑い、ステラは絶望を顔に映している。


「いい機会だ! いたぶって遊ぼうと思ってた玩具の耐久テストといこう!」


 背後の令嬢に手を出すなと指示を出したクエムと震えるステラに困惑する教師だが、早く始めろと怒鳴られると、決闘開始の宣言をした。


 その瞬間、クエムは手に炎の玉を生み出すと、ステラに向けて放った。

 もはや身を屈めることしかできなかったステラだったが、


「あれ?」


 その言葉はステラが言ったのかクエムが言ったのか、それとも闘技場の観客席にいる生徒や教師が言ったのか定かではない。

 なにせ炎の玉は、ステラに触れた瞬間に消えてなくなったのだから。


「い、今のはまぐれだ! ファイアーボール!」


 またしても炎の玉……いや、この時代ではファイアーボールと言うらしい魔法を放つが、ステラに触れると煙もなく消えてなくなる。


「な、なんだ? 何が起こっている……?」

「どうした、クエムとやら。貴様の家は国の防備を担うのではなかったのか?」

「だ、黙れ! 何もしていないくせに! 低級魔法のコントロールが上手くいかなかっただけだ!」

「ふむ、コントロールか」


 こちらから見る限り、クエムの魔法はしっかり発動している。途中で消えたわけでもない。


 俺がここからステラの中――魔法を操る者なら誰もが持つ魔力を溜めておける器とでも呼べる中に”変換”しているのだ。


 どうやらステラの器にある許容量は未だ底が見えぬほどに魔力を溜めておけるようで、俺はそこに「ファイアーボールとなった魔力」を元の魔力に変換して注ぎ込んでいるだけだ。


 あの手の攻撃魔法は、言うならば魔力を別の物質に変換しているだけだ。

 つまりは変換し直せば魔力に戻る。魔力そのものに害はなく、触れたら許容量があれば吸収されるか、一杯なら跳ねのけられるかだ。


 要はクエムが先ほどから「ファイアボルト」だとか「ファイアランス」だとかあれこれやかましく叫びながらステラに放ったり直接ぶつけているが、全部ステラの魔力となっているのだ。


 ステラ本人は最初こそ目を瞑っていたが、だんだんと首を傾げながらクエム相手に申し訳なさそうにしている。


 そのクエムだが、連発しすぎてか息切れのようだ。怒鳴り声で後衛の女に援護するようさっきから言っている。

 しかし二人がかりで炎と雷をあの手この手でぶつけても、全部吸収されている。


 一応業火と雷撃が飛び交っているので大変やかましいのだが、俺は一人、飛来する魔力をすべて変換しながらステラの魔力許容量に感心していた。


「アルバスの奴もかなりの魔力を持つことが出来たが、ステラも並ぶかもしれんな……」


 これと同じ戦術をアルバスと行った時のことを思い出す。アルバスは魔族の放つ魔法を端からすべて吸収しながら敵を切り裂いていたが、ステラも剣さえ使えれば同じことが出来るかもしれない。


 もっとも、そこまで試すほどクエム達の魔力がもつことはないだろう。

 二人して魔力切れでフラフラになっているのだから。


 さて、そろそろ頃合いだろう。


「おいクエム、受け取れ」


 本人にその事自体が理解できるほどあからさまに、もはや肩で息をしていたクエムに後方から魔力を少し分けてやった。


 そうして、たっぷりと煽るように言ってやる。


「それだけあれば憤怒の杖を召喚できるだろう。最後のチャンスだ、ステラにそれで挑んでみろ」

「ば、馬鹿にしやがって……!」

「馬鹿の一つ覚えで炎しか扱えないのはどこのお坊ちゃんだったかな?」

「貴様!!」

「怒ってないで早くやってみたらどうだ? それとも疲れたのか?」


 そこでプツンと来たようだ。憤怒の杖を召喚すると、先端に炎の刃を生み出した。

 それを手に、まずはステラを睨みつける。


「お前が何かしたんだろ……! 奴隷の分際でアイツと何かしたんだろ!!」

「そんな、私は……何も……」


 と、そこで俺の方からひと言。


「ステラ、手を前にかざせ」

「え?」

「言う通りにしろ。ただ手を前に出すだけでいいんだ」

「は、はい……」


 「僕を無視するなぁ!!」と叫びながら突っ込んでくるクエムだが、ステラが突き出した手のひらに炎の刃を突き立てた瞬間、赤い魔力防壁が発生し憤怒の杖もろとも粉々に吹き飛んだ。


「なっ! ああぁぁぁぁ!!!」


 その余波もあり、クエムは無様にも吹っ飛んでいく。後ろに控えていた令嬢もろとも闘技場の壁にたたきつけられると、流石に審判を務める教師が終了を宣言した。


「さて、終わったので歩かせてもらうぞ」


 ステラのもとに歩み寄ると、この時代の平均を非常に大きく上回るどころか、未だ底の知れぬ力を持つ者への敬意を込めて、その肩に手を置いた。


「主を前によく耐えた」

「え、えっと……」

「ステラなら、あんな雑魚の何十……いや、何百倍と強くなれるだろう。まぁ、そのためには……」


 言いかけ、ヨロヨロとクエムがやってくる。いい加減にシツコイと思いながら「何をした……?」と倒れそうになりながら聞くので、最後の種明かしをしてやる。


「憤怒の杖と同じく炎を司り、反射する魔道具……憤怒の盾とでも名付けておくか。それをステラの前に召喚した」

「そ……そんな魔道具は聞いたことがないぞ……」

「当たり前だ。今創ったからな」

「そ……そんなの……悪い夢だろ……」


 それだけ言うと、クエムは倒れた。やれやれと思いつつ、ステラに言ってやる。


「ステラにとってはいい夢だったか?」

「は、ははは……何もかもメチャクチャで、ある意味夢です……」


 こうして、クラス委員とやらを決める決闘は俺とステラの勝利に終わった。




 ####





 勝つには勝ったのだが、あのあと目が覚めたクエムが公爵家の権力を振りかざし勝負の無効を言い出した。

 だが流石に学園側もあれだけボロ負けして且つ生徒も教師も見ていた中での事をなかったことにはできなかった。


 それでも認められなかったのか、俺が適性のないことを聞きつけ、特例措置を無効にするように喚いたそうだ。


 公爵家の権力と、学園の本来の決まり。学園側もイルミール公爵家に従う大義名分が見つかったとでも思ったのか、俺はAクラスから最低レベルのFクラス送りとなった。


 まぁ、元々学ぶことはこの時代の常識や流通している魔法だけだったのでそれは別に気にならなかった。

 なにせ、気がかりだったステラがクエムの怒りを買ったとして奴隷の身から解放されたのだ。


 本来なら殺されても文句の言えない立場だったのだが、奴隷相手に負けた上に権力をかざして死刑にするのは公爵家側がフォローしきれなかったようだ。


 行く当てのない身となったが、学園所属という身ではあった。しかし、ステラの魔力はどういうわけか魔法石でも測れず、魔法も使えない。

 結果魔力ゼロということで、俺と一緒に『劣等生』のレッテルを張られてFクラス送りとなったのだ。


 なのだが、


「鞄をお持ちします、カイム様」

「敬称は付けなくていいと何度言ったら分かるのだ」

「いえ、私を救ってくださったのは他ならぬカイム様ですから」


 奴隷として連れてこられ、金どころか着替えも何もなかったので俺が全部用意してやったのだが、どうやら次の主とでも言わんばかりに俺にベッタリと付いて回るようになったのだ。


 幸い学生寮なるものが男女別だったのでよかったのだが、学園にいるときは常にくっついて回るようになった。


「まぁ、俺としてもステラが近くにいるのはありがたいがな」

「うれし……いえ、ありがとうございます。ご期待に応えるよう、どんな命令でも……」

「そうじゃない。決闘場で言いかけただろう。あの雑魚の何百倍と強くなれると。そのためにはどうすべきかを言い損ねていただろう」

「そういえば、そうですね……なぜですか?」


 こうして教えを請われるのは慣れたもので、二千年ぶりの可愛い弟子のようなステラに言った。


「俺の教えが必要だ」


 実際ステラの魔力は底なしなのだが、それのコントロールができないのだ。

 桁外れの魔力を操るには、相応の努力と卓越した指導が必要。


 そこら辺を伝えると、ステラは微笑んで頬を赤くした。


「では、ずっと一緒にいられますね」

「覚えてくれないと困るのだが、しばらくは一緒だな」


 実際ステラについては色々と調べなくてはならないので丁度いい。

 それに俺からすれば小さな子供がすり寄ってきているようで可愛い事この上ない。見た目も整えてやったら一端の乙女になったので尚更だ。


 これで魔力に優れるのだ。近くに置いておいて損はない。


 こうして、学園最強のAクラス委員となるはずだった俺たちは、学園最弱の劣等生としての日々が始まるのだった。


「あ、そういえばカイム様」


 教室へと向かおうとしていたら、ステラが何かを思い出したように口にする。


「小耳に挟んだのですが、どうやら名のある魔法使いの血を引く生徒が入学の日に間に合わなかったとのことで、今日から登校するそうです。どうやらAクラスに配属されるそうですが……」

「……ふむ」


 このやけに強い魔力の源はそれか。まぁAクラスとFクラスでは会うこともないだろう。


「劣等生の俺たちには関係のないことだ。さて、教室へと急ぐぞ」


 その後、Fクラスでの授業の合間に件の生徒と思しき女が駆けこんできたのは、また別の話。

 これから再び幾千の時を生きる、俺の歴史の始まりを彩るドラマの続きに過ぎない。



【作者からのお願い】

最後までお読みいただきありがとうございました!


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魔法学院最強の劣等生~魔王を倒し世界を平和に導いた最強のハイエルフ、転生したら『適性魔法無し』として最弱となる~ 鬼柳シン @asukaga

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