第28怪
覚えている記憶の中で一つ、前世の記憶がほとんど思い出してきた頃に不可解な記憶を見た。詩乃姫が自害したあとの記憶だった。
「可愛いお姫様。魔界に月の人間が来るのは初めてだよ」
あなたは……誰?
「君は愚かにも自殺を図った。だから地獄にきたんだ」
ここは、地獄。
「でもね、そんな君にチャンスを与えたい」
そして黒い髪に赤い瞳の男は言った。
「千年後、この争いが終わる。君はその時代で事の顛末を見守れ」
そう言われ、意識がなくなった。あの人は誰だったんだろうと思う。
翌日、美玲は学校でまたもや純平を呼びつけ、責め立てた。
「やっぱり前世の記憶あるんじゃん!」
「面白くってつい」
「つい、じゃないわよ! 最初から答えはここにあったのか……私の頑張りはなんだったの」
うなだれる美玲に純平は肩を叩きながら話しかけた。
「知らなくていいこともあるじゃん。ルルカが『思い出させるべきだ』って言うからそうしただけで」
「ルルカが言わなきゃ私は自分のことなのに何も知らなかったのね」
「知ったとこでどうすんのさ、また結婚する?」
「な、何言ってんのよ! それとこれとは違うでしょ!」
純平が意地悪げに言った一言に美玲は赤面し、慌てた。
「前世が誰であろうと何があろうと、お前に何かを強制させることはないよ」
その言葉の意味をこのとき美玲は知らなかった。
ルルカから連絡を受けて草木が生い茂る森の入り口に純平は来ていた。
「結局全部バレちゃったじゃない、あの子たち、私の家に押しかけてきたわよ」
「良かったじゃん、これからは妹と仲良くできるよ」
ルルカは怪訝な顔をして純平にいう。
「説得力ないわよ、あなただって兄と仲良くしたらどう?」
「それは……」
「分かってる。自分のせいだとでも言いたいんでしょ」
そう言ってルルカは去っていった。残された純平は過去の出来事を振り返る。あの日、記憶を取り戻した瞬間のことを。
年子だった颯斗と純平は常に行動を共にしていた。しかし、二人には大きな違いがあった。公園に向かう最中、颯斗の手を引っ張って歩みを止める。
「こわいおじさんがいるよ」
颯斗はキョロキョロと周りを見渡すがすぐに「なにもいないだろ」といい、歩き出した。純平が怖がって歩き出せずにいると、颯斗が戻り、手を引いて共に歩き出してくれた。それが無性に嬉しかった。恐れを知らない兄は頼もしかった。自分がその怖いおじさんの横に並ぶと、パシュっとおじさんは消えた。それが何なのか分かるようになったのは小学生の頃だった。自分の見える世界が他の子とは違う。それを自覚した。両親は自分たちの当たり前はこの世界なんだと語った。しかし、兄は違った。状況が変わりだしたのは十歳の誕生日の頃だった。その年は昨年起きた誘拐事件で慌ただしく、自分も誕生日前日から熱を出し、元気になったのは熱が出てから三日後だった。
その日、前世の記憶を取り戻した。
自分が何者だったのか、何故転生を選んだのか。全て思い出し、世界は一変した。十年生きた記憶よりも何倍も長いこれまでの人生の記憶。生まれ変わればまた死に、また生まれ変われば死に、と繰り返した日々を思い出し、頭が混乱していた。だから分からないはずのないことをその一瞬だけ思い出せなかった。
「純平、もう大丈夫だろ! 一緒にゲームしようぜ」
「颯斗坊ちゃま!」
目を覚ましたと聞いた颯斗が部屋に飛び込んできた。分からないはずのない人物のはずだった。その時だけ袂紳として生きた記憶が混ざってしまい、取り返しのつかないことを言ってしまったんだ。
「颯斗……というのか、次期当主は」
その一瞬、誰もが察した。目の前にいるのは初代当主の生まれ変わりだと。それは誰かにとっては喜ばしいことで、誰かにとっては残酷な現実だった。そして颯斗の顔から笑顔が消えた。
一日経ってだんだんと理解してきた自分の置かれた現状。すぐに颯斗に謝りにいった。
「ごめんお兄ちゃん、昨日は混乱してて……」
「お前なんて弟じゃない! お兄ちゃんと呼んでいいのは純平だけだった! お前が殺したんだ、袂紳!」
大粒の涙を流しながら走って家の外に飛び出して言った颯斗。拒まれるのも当然だった。自分は颯斗に可哀想なことをしたのだから。袂紳として記憶が蘇ったあとは立場が変わった。付き人が必要だとして歳が近かった颯斗を、今の友達と引き離して下の学年に入れた。中学から一年ずらすことになったのだ。その決定に颯斗の意思は反映されなかった。
それから颯斗とは以前ほど話さなくなり、気まずい関係が続くようになった。そしてその日からお兄ちゃんと呼ぶことも無くなった。
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