第27怪

 青崎家では離婚における親権について話し合っていた。


「孫二人は青崎の人間です。離婚するなら親権は我々が頂きますわ」


「娘は青崎に戻りたくないと言っています」


「戻る戻らないの話ではなくってよ! 青崎の女として、良い家に嫁ぐ義務があるの」


 話は平行線だった。どちらも譲るつもりはない。光一は頭を抱えた。


(せめて青葉くんが自分の意思を伝えてくれたらなぁ。そもそもそちらの問題を我が家で話し合わないで欲しい)




 話し合いもお開きになり栄子は青葉を連れ、泊まっている客間に戻る。それを見る豊の目は厳しいものだった。


「青葉さん。貴方はこの家の当主になるのです。我々が三十五年前に奪われた権利を取り戻すのが貴方の使命です」


「ですが、当主は長男の颯斗が継ぐべきかと……」


「あんな霊能力もない子供に任せられるもんですか!」


「何故、霊能力がないと言い切れるのですか?」


 得意げな顔で栄子は青葉を見つめ、数年前の話をする。






 純から颯斗が霊能力を持たないという話を聞いて、純平は急いで颯斗の部屋に向かった。扉をノックして入る。


「颯斗、入るぞ……」


「今ゲームしてるから後にして」


(泣いてたらどうしようと思ったけど、そうでもない)


 黙っていると気怠そうに颯斗がゲームをやめ、用件を聞く。


「で、俺が傷ついてると思って来たと」


「まぁ元気そうで何よりだよ」


 沈黙が流れ、ギクシャクした空気になる。颯斗はイライラしながら純平に言う。


「あのババアが何て言おうが構わない。今が使えてるからな」


 それだけ聞くと純平は部屋を出ていった。世の中には不思議な関係の兄弟もいるようで、二人の仲はあまり良くない方だろう。それでも仲が良かった頃を思い出す。過去の出来事を。






 ずっと昔からだった。弟の言動が理解出来ない。父親の行動が理解出来ない。まるで自分以外の誰かがいるような気配がする。ただそれは見えない。


「またお友達連れてきたね! 家まで持ってきちゃダメだよ」


「おともだちなんていないよ!」


 自分以外の誰もが視える何かは誰も教えちゃくれなかった。瀬央以外は。


「ユーレイってやつだぜ」


 十六歳年上の瀬央は伯父というより兄貴のような関係だった。しかし、友好的ではない人間もいる。その代表が栄子大叔母さんだった。常に自分の孫と比較し、嫌味を言う婆さん。状況が変わったのは袂紳が現れてからだ。その時、自分にもやっと理解できた。霊の存在や霊能力について。袂紳の誕生と共に開花した霊能力だったが、現実はそう甘くはなく、そこから兄弟仲が悪くなっていったんだろう。その頃には純も居なくなっていた。






 過去の思い出にふけっていると慌ただしく純が部屋に入ってくる。表情は明るかった。


「朗報だ颯斗! 純平兄さんがババア追い出すで張り切っちゃってるよ。ついに!」


「どういうことだ?」




 栄子は膝をついて純平に縋りついていた。


「お許しください、袂紳様!」


「お前をもうこの家にはおいていけない。今日をもって。自分の行いを悔い改めろ」




 私は何が間違っていたの? だってそうじゃない。私たちこそ本物の当主だったのに、お義父さまが私たちに当主の座を譲らなかったからじゃない。あんな子供を当主にしようだなんて。私たちが当主になっていれば、袂紳の生まれ変わりは私たちの子になっていたはずなのに。


「私はお婆ちゃんについていけない。青崎の女になんてなりたくなかった」


 孫娘は駄目な子だった。霊能力の修行よりもメイクやらおしゃれやら。挙句、逃げるように県外の高校に進学して。豊さんはそんな娘に甘くて、一族を分かってない。私には青葉だけ。青葉が当主になれば全て解決する。


ーーそう思っていたのにーー






 流れ出た霊能力から栄子の本心が露わになる。


「お前が思っているような決まりはこの家にないからな」


 愕然とする栄子。青葉は栄子を連れて外に出る。準備していたタクシーに栄子を押し込み、家に連れ帰った。豊は深く礼をして伝えた。


「子供たちと話し合った結果、二人ともこちらについてくるという選択になりました。妻は精神病院に通わせます」


 これで離婚騒動は終わりを告げた。その日の夜、純平は颯斗に言った。


「さっきやった霊能力を奪うやつ、あれは血筋の呪いだ」


「血筋の呪い……そんなの聞いた事ねぇ」


 言ったことねぇもん。と純平は続ける。


「袂紳とその血筋の人間は繋がっている。霊能力でな、だから霊能力を奪えるし逆に与えられる」


 言いたいことは分かるな、と純平は颯斗を見つめた。


「確かに霊能力はないが、お前は無意識のうちに勝手に人の霊力を奪ってたんだよ。だから今は使えるはずだ」


 ぽんと肩に手を置いて満足げに笑う純平。本人なりに励ましたつもりだろう。用は済んだとご機嫌に戻っていった。残された颯斗はただ茫然と呟く。


「だから全く気にしてねぇって……」

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