第7話

 沈黙が辺りを支配する。他の学生の姿はなく、先方遠目にチラッとその姿が見えたくらい。

 余程言いたくないのだろう。好奇心はここで止めることに猛反発してるけど、時間帯的に止まってると遅刻する可能性もある。屈むのをやめ、「取り敢えず、学校行こう?」と口に出す直前、白露さんが言葉を紡いだ。


「まず、これは誰かが、遊び半分で始めたことじゃないってことは信じてくれるかな」

「白露さんが嘘を吐くメリットもなさそうだし……」


 白露さんの言葉が嘘で、遊び半分であったなら、先程「会話役」と自称した時のリアクションは大げさ過ぎた。あれが演技なら大層な役者になれるだろう。かわりに僕は人間不信になるだろうけど。


「信じるよ」

「よかった……」


 白露さんは胸を撫で下ろす。されどその瞳にはまだ、迷いのようなものが揺れているように見える。


「津木華君は、小学校の時の事、覚えてる?」

「……まあ、大体は」


 記憶を掘り返せば、断片的なエピソードがまあ出てくるだろう。

 突然の話題変更に戸惑いながらも頷くと、更に白露さんは質問を重ねて来る。


「じゃあ、いじめられてた女の子のことは?」

「――小五の時の?」

「覚えてたんだ」


 あれ、私だったんだよね。と白露さんは自虐的にもどこか嬉しそうにも見える笑みを浮かべる。

 僕もそれは覚えてる。女子が中心となって、一人の女子に結構な嫌がらせをして、結果な大事になってたやつ。しかしあの時の被害者の少女と白露さんが一致しない。衝撃的な事件だったから記憶違いはないはずだ。


「そんな感じしないでしょ?」

「……うん。全く印象が違う」


 あまりいい表現じゃないけど……その当時の被害者の少女は、地味な印象を受けた。しかし白露さんは真逆の、明るく人懐こい雰囲気がある。確かに同学年で白露さんのような少女の姿に見覚えはなかったけれど、忘れてただけの可能性もあったから、同一人物と言われても疑念は残る。


「正直、信じられないよ。当時と真逆レベルで印象が違う……そんな劇的な変化をさせる何かがあったの?」

「きっかけは津木華君だよ」

「僕?」


 思わず聞き返す。というか軽い気持ちで聞いたのに、想像以上に重たい話しかつ心当たりのないことに当惑するばかりだ。


「うん。津木華君。津木華君が、私を助けてくれたの」

「……何か誤解があるようだけど、僕は何もしてないよ」

「したよ。してた。皆が腫れ物扱いして距離を置いたのに、津木華君だけは違った。教科書を見せてくれたし、筆箱が無くなった時には筆記用具を貸してくれた」

「それくらい、困ってるの見たらするでしょ。隣の席だったし」

「隣の席じゃなくても、津木華君なら助けてくれたんじゃないのかな」

「……」


 否定は、まあできないかなぁ。


「そんな津木華君と釣りあいたくて、変わりたくて、色々頑張ったんだ。勉強も、美容も、運動や料理も……」

「……」

「成績はどんどんよくなって、内申点も上がって、クラスの中心にもなれた。だけど津木華君は、その輪にいなくて……わかってたけど、やっぱり気づいてなかったんだね」


 どこか悲し気に白露さんが口を閉じたのと、聞きなれたチャイムの音が聞こえてきたのは殆ど同時だった。


「白露さん、もう遅刻だよ」

「いいじゃん今日くらい……一時限くらいサボっても、誰も文句言わないよ」


 そう言って、先に行こうとした僕の手をギュッと握る。振りほどけば簡単に壊れそうな華奢な手だった。

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