第18話 街へでよう! じょ・う・ず・に・か・け・る・か・な?

長い一日のせいか、それともフカフカのベッドのせいか。

 泥のように眠ってしまった。

 つまり何が言いたいかというと、俺が起きたのは昼前だった。

 あまりの恥ずかしさに、逃げるように城を出てきてしまったのは不可抗力というものだろう。

 去り際のファラ姫のニヤニヤ顔は、たまに夢に出てきそうなくらい憎たらしかった。

 ああいう奴を、口さえ閉じていれば、というのだろう。

 今朝のような顔芸も遠慮願いたいが。


 ともかく、城を出て、貴族街を抜け、平民街にたどり着く。

 言葉にすれば一行だが、歩くとめちゃくちゃ遠い。

 平民街の中でも、冒険者ギルドのある通りに着いた頃にはすでに、太陽は西の空に沈もうとしていた。


「こりゃ、今日はもうダメだな」


 ギフテッドを保護する政策の一つだということで、ファラ姫からいくばくか金をもらっている。

 野宿をする意味はないので、宿を見つけなくてはいけない。

 とはいえ、どこに泊まればいいのかわからない。

 何ということだ。

 思っていた以上に俺に基礎知識がない。自分のことながら、愕然とする。


「なるほど。ハジメの言っていた通り無計画」

「おわあっ!」


 いきなり声をかけられて、思わず叫んでしまった。

 声のした方を見ると、エリザがいた。昨日とほとんど変わらない格好だ。

 これが彼女の仕事着、ということだろう。

 つまりは、冒険者としての、制服だ。


「エリザ? なんでここに?」

「トオルが途方に暮れている可能性が高い。きっと冒険者ギルドの近くにいる。ってハジメが言っていたから、来てみたの」


 おのれ肇。人の行動を分析してからに。

 しかもそれが見事に当たっているところが、ほんとさあ、お前さあ。

 俺が内心でぷるぷると震えていると――決して悪いスライムじゃない、のやつではない――エリザがクスクスと笑い声を洩らした。


「トオル、ハジメの掌の上」

「やかましいわ」

「持つべきものは友達ね」

「友達ではない、決して」


 あくまでも腐れ縁である。そう全身で主張したつもりだったが、エリザは意に介さない。

 俺に背中を向けて、歩き出す。


「とりあえず近くで安全な宿に案内してあげる」

「……お願いします」


 こうして俺は、王女の保護を脱出した翌日、エリザに保護されるのであった。




『赤猫亭』

 エリザが案内してくれた宿は、そんな名前らしい。

 中に入ると、派手ではないが掃除のよく行き届いた空間が広がった。

 正面には受付らしきカウンター。その左側に、奥まで伸びている廊下がある。

 こちらが宿だろう。

 一方でカウンターの右側は食堂に繋がっているらしく、賑やかな声がかすかに聞こえてきた。

 なお、ラーメンを作っている猫はどこにもいない。


「あら、エリザ。いらっしゃい。久しぶりね」

「ええ、久しぶり、アリス。」


 カウンターに座っている赤毛の女性がエルザに親し気に声をかけると、エリザも声を弾ませた。

 同じくらいの親しみがこもっている、と思う。


「今は城詰めでしょ? 今日はどうしたの?」

「新人を紹介しに来たの」


 新人。もちろん俺のことである。まだ冒険者登録していないので、何なら新人未満だが。

 ともあれ、アリスと呼ばれた女性は、俺の方を値踏みするように見てくる。

 実際問題、値踏みされているのだろう。素寒貧を泊めるいわれはない。


「また?」

「そう、ハジメと同郷らしくて」

「ああ、それであなたがわざわざ連れてきたのね」


 エリザの言葉に納得したのか、アリスはふうん、と呟き、カウンターから何かを取り出した。


「じゃあ、あんた。えっと……」

「徹だ」

「そう、じゃあトオル、宿帳に名前を書いて。書ける?」


 そう言われて俺は固まった。あれ、俺ってこの世界の文字読めるけれど、書けるのか?

 そこで脳内に声がひび――


「問題ない。ギフテッドの基礎能力の一つで、文字の読み書きができるはず」


 く、よりも前にエリザが助言をくれた。

 心なしか、脳内で舌打ちが聞こえた気がするが、無視する。

 ペンを手に持ってみると、なんとなく、書ける気がする。そして、実際にかけた。

 なんか小学生が自分の名前を初めて書くみたいな気分だ。


「ありがと。何日泊まるの?」

「とりあえず1週間ほど、世話になりたいんだが。それからどうするかはその時で」

「わかったわ」


 提示された金額は思っていたよりも安かった。感覚的には、日本のビジネスホテルというより、カプセルホテルに近い値段だ。もっとも、都心のビジネスホテルみたいにインフレされたら、あっという間に宿なしになりそうだが。


「じゃあ、これがカギね。書いてある番号の部屋を使って。二階の奥の方だから」

「わかった」


 さて、と部屋に向かおうとエリザに声をかける。


「ありがとう。助かった」

「気にしないで。保護したのはわたしだし、これくらいはなんてことないわ」


 本当にどうということもない案内だったが、助かったのも事実だ。

 俺はじゃあ、と手を上げて部屋へと向かう。

 その俺に、背中から声がかかった。


「もう少ししたらハジメも来るから、食堂に来てね」


 ぴたり。俺は動きを止めた。

 マジか。勘弁してほしい。この醜態を見透かしていたやつと晩飯とか。

 悩む俺に、エリザはさらに続けてくる。


「奢るから」

「……」




 金がすぐ稼げる保証もない。

 きっちり30分後、俺は到着した肇とエリザ、三人でテーブルについていた。

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ねんがんの 異世界転移 をてにいれたぞ! と、思ったら腐れ縁のライバルも転移していた件 武村真/キール @kir_write

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