第15話 冒険者
「ちなみに、使えない属性って何なの?」
「闇属性」
光の勇者かよ。あと、だからなんでエリザが答えるんだ。
「貴族街は治安もいい。魔法の灯りもそこかしこにあるから、夜でも真っ暗ということはない」
「なるほどな。一般国民の方は?」
「悪くはないな。8マイルみたいな悲惨なことにはなっていない」
話に聞くだけでヤバさが伝わる通りと比べるんじゃねえ。最近はマシらしいが。
「一応夜番の警備隊もいるからな。ただ、貴族街が優先のためにどうしても一般市街は対応が遅れる」
「まあ、それは仕方ないな」
「商会の代表のような、富裕層は私兵を雇っているところもある」
その後も俺が質問し、ハジメが答える。物価や教育の程度、生活水準などなどだ。
そして、わかったことは。
「うん。いわゆるテンプレラノベ的な世界だな」
なぜか地球に似た野菜もあるし、アラビア数字的なもの前提の算数もある。
学校は富裕層以上が通う。複式簿記はない。
米や緑茶がある。から揚げもある。
食事は特に地球の影響が大きく、科学技術はそうでもない。
地球の文明が歪に反映されている。ショタ神様の言ったとおり、というわけだ。
概ね理解した俺と、満足そうな肇。そして退屈そうにお茶を飲んでいるエリザ。
最後がちょっとおかしい気がする。護衛……。
「トオルは頭がいいんだね。異世界人はみんな頭がいい?」
「は? いや、俺は特別頭よくないって」
おかしな護衛のおかしな発言を、俺は思わず否定した。
しかし、エリザは俺の否定を否定する。
「そんなことはない。私は、ハジメの言っていることが時々わからないわ」
若干エリザが寂しそうな表情を浮かべた。
しかしそれも一瞬のことで、すぐにすっかり見慣れた、感情表現の薄い顔に戻る。
「ハジメは難しい機械? 装置? の設計とかもしている」
「おい」
突然放り込まれた爆弾に、俺は半眼でツッコんだ。
そういえばコイツ、大手メーカーのエンジニアだったな。
「まさかオーパーツじみたものは作っていないだろうな」
「それこそまさかだ。この世界は内燃機関がとにかく発展していない。大がかりなことは不可能だ」
うん。コイツ絶対自転車とか作ったわ。人力ならその限りではない、なんだろうし。
「そういう発明みたいなものを俺に求められても困るな」
「そう。それじゃあトオルは何ができる?」
うーん。そう言われてもな。取り立てて特技のない俺だ。
「特に何も」
「役立たず、かあ」
やめろ。そうだけど、はっきり言うな。
エリザの無感動な評価にこっそり傷ついていると、肇が口を開いた。
「徹は俺よりも運動系は大体上だぞ」
「へえ」
その言葉に、エリザの瞳がキラリ、と光った。気がした。
不意に、俺の視界に赤い点が灯る。点があるのは、エリザの左腕だ。
何だ? と思う間もなく、エリザが動いた。
低いテーブルの上を横切るような、右手の一撃。
しかし、エリザのリーチでは俺に届かない。目測には自信がある。
本命は――左腕。
俺の予想通りに右拳は顔面まで数センチの距離で止まる。
それに視界を奪われると、右手を引いた反動でリーチを伸ばした左拳に捕まるわけだ。
が、予測していた俺は風切り音を頼りに、首を傾けて交わす。
左正拳を撃ち終わった態勢で、エリザが動きを止める。
「……おお、本当。大したものね」
感心するエリザに、俺は内心かなりドキドキしていた。
恋心的な話ではもちろんない。命の危険的な意味でだ。
結構物騒な勢いだったぞ。エリザって弓使いで魔法使いと思っていたのに、腕力もあるわけか。
いや、まあ筋力なしで強い弓が引けるはずもないのだが。
それにしても、左拳が本命とわかっていなければ、危なかった。
あの赤い点は一体なんだったんだ?
『それは、ヒミツです』
そのネタ古くない? お前いくつだよ。
『女性に年齢を訪ねるとはマナーがなってませんね』
しかも女だったの? いや、確かに声は女性っぽいとは思っていたけれど。
というか、今ちょっとシリアスなところだから黙っていてくれるか。
「ハジメも運動はかなりできる。けれど、私のパンチをかわせるほどじゃない」
俺が脳内音声を黙らせている間に、エリザは真剣に俺を評価していた。
「少ないとはいえ、空間収納を持っていて、私のパンチを避けることができる。役立たずなんてとんでもない」
エリザの瞳は真剣そのもので、冗談の匂いはかけらもない。
「トオルには、冒険者の才能がある」
冒険者? 冒険者って、あの色んなお話でおなじみの冒険者か?
俺の疑問がわかったのか、再び肇が口を開く。
「徹。この世界は恐らく俺たちの世界のおおよそ8割程度の重力だ。だから、俺たちの身体能力はあがっている」
あ、なるほど。妙に納得だ。こっちに来てから身体が軽いのは、若返ったから、だけではないんだな。
「それに、エリザは元銀級冒険者。手加減しているとはいえ、彼女の攻撃をかわせるのは、一般市民とは言わない」
――さすが、バスケで県代表になっただけはあるな。
肇の結びの言葉を聞きながら、漠然と思う。
物語の冒険者は、いつだって旅をして、様々な人に、物に、謎に触れて。
もちろん、様々な命の危険もあって。
けれども、だからこそ――他の誰にもできない体験をしていた。
この世界で、自由に生きる。そのために冒険者になる、というのは悪くないのかもしれない。
思わず、拳を握る。
俺の様子を見てか、肇も、エリザも何も言わなかった。
俺がその気遣いに気づいたのは、夕食を知らせるために、ドアがノックされた時だった。
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