第16話 餌付けに負けるな
「私に仕えなさい」
「もうちょっと工夫してほしいなあ、せめて」
メイドさんに案内されて、やたら広いダイニングルームに通された俺を待っていたのは、もちろんファラ姫である。
肇とエリザが帰っていったので、夕食は二人だけだ。
促され、席に着いた瞬間にこの発言であった。俺が思わず丁寧語を忘れたのも、やむを得ないだろう。
「どういうこと?」
ファラ姫は俺の口調ではなく、内容に疑問を呈してきた。
説明するのはいいが、変に知恵をつけられても困るな。
とはいえ、誤魔化すほどのことでもない。
「いえ、私にお声がけいただけるのはありがたいのですが、一度お断りしているものを、何度もそのまま言われても、答えが変わるはずもない、ということです」
それぐらいわかってくれ。20歳超えてんだろ? ちゃんとは聞いてないけれど。
ファラ姫は俺の言葉に理解の色を浮かべた。
「なるほどね。言われてみればその通りね。それは失礼したわ」
案外素直なのかもしれない。謁見の間での冷たい印象が嘘のようだ。
「それぐらい、言われなくてもわかれ、ってことね」
前言撤回。このお姫様はひねくれている。そして、常識や知識は偏っているものの、頭の回転は多分俺よりはるかに速い。
「ギフテッドは本当に面白いわね。そのギフト以外に、驚くほど高度な視点や論理を持っている」
「……恐縮です」
何と言っていいかわからず、俺が無難と思える相槌を打つと、ファラ姫の視線の温度が下がった。
「敬語は以後不要よ。それよりも、私には忌憚のない意見を聞かせなさい」
威圧しながら言ってこられたら、ほぼ命令だ。頷くしかない。
「わかりました」
「それも不要」
「……わかった。これでいいか?」
「ええ」
俺が背筋を伸ばし、視線を合わせて口調を変えると、ファラ姫は満足そうに微笑んだ。
そうやって笑われると悪い気はしない。美人ってのは得だな。
これも現代社会ではセクハラ発言だが。
「さて、じゃあまずはうちの夕食を楽しんでもらおうかしら。お酒は大丈夫?」
「問題ない。というか、結構好きだ」
この場で飲みすぎる気はないけれどな。
俺の返事に満足そうに頷くと、ファラ姫が控えているメイドさんに手で合図した。
それを受け、メイドが一礼し、グラスにワインを注いでくれる。
黄金色に近い白ワイン。決して嫌味ではない爽やかな香りを放つそれが、ファラ姫のグラスにも満たされた。
「それでは、出会いに感謝を。乾杯」
大きなダイニングテーブルなので、お互いのグラスを打ち鳴らすことはできない。ただファラ姫の声に合わせて、互いに掲げて、一口味わう。
「美味いな」
「そうでしょう? ワイン造りはもちろんこの国でも行われていたけれど、ギフテッドの一人がずいぶん熱心に改良をしてくれたと聞いているわ」
うん。酒造りに情熱をかける人はいるだろう。知識があって投資するお金があれば、いつかは成功しそうだしな。むしろ商売的なリターンなしでも、やりたい人はいるだろう。
むしろ地球だと、こんな上等なワイン、いくらするかわからんな。
俺がそう思っていると、前菜が出されてくる。
真鯛のカルパッチョだった。もしかしたら魚の名前は違うのかもしれないが。
「これもギフテッドの知識か?」
「そうよ。ベルノート王国ではもともと生魚を食べる習慣はなかった、と記録されているわ。でも今では、王侯貴族に人気の一品」
確かに人気があるのも頷ける。どうやって海から運んだのかわからないが、鮮度もいい。
「海までは馬車で一週間。けれど鮮度がいいでしょう? どうしてだと思う?」
「……空間収納か。時間経過がないタイプの」
「そういうこと。頭のめぐりも悪くないわね」
ある種、俺を試したらしい。中々に気の抜けない時間を作ってくれるお姫さまだ。
それでも、料理の美味さには抗いがたい。
俺はファラ姫の挑むような会話に答えつつ、カルパッチョを堪能した。
なお、味も完全に真鯛だった。
前菜が下げられたタイミングで、新たなグラスが運ばれ、赤ワインが注がれた。
綺麗なルビー色のそれは、どっしりとしたフルボディではなく、ふくよかな香りと、舌触りのよい、逸品だった。
恐らくはファラ姫の好みの銘柄なのだろう。彼女は前菜の時よりもずいぶんリラックスして赤ワインを楽しんでいた。
「ふふ。まあ難しい話はここまでにしましょう。後は会話と料理を楽しんでもらいたいものね」
どうも試験は終わりらしい。採点結果にあまり興味がないため、俺に異論はない。
メインとして出されたのは牛のステーキ、に見える。
「ミノタウロスのステーキよ」
あ、これはファンタジー素材なんですね。でもミノタウロスって人型のような。
人肉食になりませんかね。
俺の微妙な表情を見て、ファラ姫が悪戯っぽく笑った。
「冗談よ。これはクレイジーカウっていう、食用の魔物のお肉よ。美味しいわよ」
魔物の肉ということは変わらないわけだが、人型ではなさそうで安心だ。
大ぶりのステーキにナイフを入れると、ほとんど抵抗なく切れた。
しかし、断面から肉汁があふれることはない。よいステーキは肉汁を中に閉じ込める、と聞いたことがある。これも地球では高級ステーキ店でしかお目にかからないような、手間をかけた技術だ。
「これも美味いな」
「そうでしょう? うちのシェフは腕利きだもの」
わずかに誇らしげに語るファラ姫に、俺も思わず微笑んだ。
そして、それを隙と見たか、ファラ姫はにやりと笑った。
「いいでしょう? 私に仕えなさい、トオル。この離宮での衣食住を保証するし、給金もきっちり払うわよ」
……おお、そう来たか。餌付けか。
確かにこの食事には抗いがたい魅力がある。身体に流れる日本人の血が、美味いものを弱点にしてしまう。
返事をしないまま、ステーキをパクパクと味わう。やっぱ美味い。超美味い。
俺の様子に、ファラ姫が勝ち誇った表情に変わった。
そして、メインディッシュを食べ終えて、俺はナイフとフォークを置いた。
ファラ姫の視線と、俺の視線がぶつかる。
「俺、冒険者になろうと思うんだよな」
「ステーキ食べきってから、突然なんでそうなるのよ」
うん、姫からしたらそうだよな。
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