第14話 はじめてのお泊り(隔離)

 ひょっとしてこの姫様、勧誘とか交渉は下手なのではないだろうか。

 先ほどまでの発言から、知識は豊富、頭の回転も速い、と断言できるのに。

 なぜに勧誘はこうも唐突でしかも何の条件も出てこないのか。

 王族だから、と考えると納得できなくもない。

 要は、自分の要求を検討もせずに否定する人間と接したことがないのだ。

 なんだかプルプルし始めたファラ姫を、俺はそう判断した。


「では、他になければこれで失礼します」


 そして容赦なく切り捨てる。自由まであと一歩なのだ。さっさとこの城からおさらばしたい。


「待ちなさい」

「まだ何か」

「行くあてはあるの?」


 それは、至極真っ当な問いかけだった。

 行くあてなどあろうはずもなく、俺は沈黙で答える。


「そもそも、もう日も暮れるわ。今日は城に泊まっていきなさい」


 更なるダメ押し。

 土地勘のないこの国で、そもそも街灯があるかも怪しい街に、陽が沈んでから一人であてもなくうろつく。 ブラジルだったら身ぐるみはがされること確定である。

 ナシだな。完璧に無理だ。

 すっかりと動きを止めた俺に、ファラ姫の勝ち誇った表情が飛び込んでくる。

 しかし、俺はこう言うしかない。他に選択肢はない。


「……お世話になります」


 こうして俺は、異世界一日目の宿を確保するに至ったのである。




 泊めていただくと決めた俺は、客室に案内された。

 しかし、その場所が問題であった。

 部屋はメインの王城ではなく、ファラ姫の住まう離宮に用意されたのだ。


「やべえ、だまされた」


 完全に隔離である。むしろ夕食の時にも再勧誘を受けることは確定だろう。

 とはいえ、客室自体は物凄く上等で、今俺が寝転がっているベッドもなんとか社製の安眠を約束するマットレス、と言われても信じてしまいそうなくらい寝心地がいい。

 しかも、部屋は当然のようにスイートで、俺がいる寝室の隣には客間があり、ソファとローテーブルという応接セットが配置されている。

 まるでヨーロッパかどこかのリゾートホテルである。行ったことはないが。

 だまされたのはもはや仕方ない。せめてこのベッドを満喫しよう。

 決意も新たに転がって寝心地を確認していると、客間に続くドアがノックされ、来客が告げられた。

 告げたのは部屋付きのメイドである。

 そう、客間にはメイドさんが常駐しているのである。

 部屋で隙を見せられないという状況に、日本人的な精神で「無理」となった俺はさっさと寝室に逃げてていたのであった。

 しかし、今や来客によって俺の束の間の平穏は終わるのである。くそう。

 仕方なく身なりを整え、客間にでる。

 メイドさんにお願いして、来客を迎え入れてもらうと、そこのいたのは――


「お前かよ」


 予想して然るべきであった。いたのは、当然のように鳳肇であった。

 コイツなら居留守でよかった。


「私もいるわよ」


 肇のうしろから、ひょこり、と顔を覗かせたのはエリザだった。

 いいんだが、お前護衛じゃないの? 後ろからひょこり、はおかしくない?

 とはいえ、肇だけなら追い返すのもありだったが、エリザがいるとなると追い返すのは不可能だ。

 主に暴力的な意味で。喧嘩しても負ける未来しかない。


「入ってくれ」


 どんどんと流されていく俺。王様の前での決意は何だったのか。

 自分に意味のないツッコミをしつつ、二人を招き入れる。

 それぞれがソファに座ると、メイドさんが間髪いれずお茶を出してくれる。

 もう日も暮れたしビールが飲みたい、と思ったが口には出さない。


「で、何の用だ?」

「ご挨拶だな」


 端的な俺の問いに、肇は苦笑すらせずに答えてくる。


「知らない仲でもないからな。少し俺の現状とこの世界について話をしておこうと思っただけだ」

「親友じゃないの?」

「まったくもって違う」


 エリザの言葉をノータイムで否定するあたりは、俺と同じ認識で結構なことだ。

 そして、情報はいくらでも欲しい。インターネットのない世界で、情報は時に水よりも貴重になるだろうことは、俺ですら想像できる。


「この世界で好きに生きたいなら、聞いておいて損はない、だろう?」

 

 くそう。悔しいがコイツの言う通りだ。

 俺は頷いて、話を聞く態勢を作った。


「そうだな……何から話すか。まずは俺が今どういう立場で、どんな生活をしているか、を話そう。参考になるだろう」

「その前に、お前はどうやってこの世界に来たんだ?」


 俺の質問に、肇はふむ、と頷いた。


「確かに。俺たちの来た経緯が違うと、話がややこしくなるな」


 そういうことだ。

 地雷が埋まっているなら、先に知っておきたいからな。

 警戒する俺だったが、肇の経緯は俺と似たようなものだった。

 つまりは全く前触れなく――俺のように熱中症と疑うどころか、冬だった――突然変な空間にいて、ショタ神様に会って、ガチャを引いてこの世界に放り出された、と。


「なんというか、転移人数も多いみたいだしある種作業的だな」

「説明こそ丁寧だが、標準化されている部分が多いのだろう」


 社会人らしい、擦れた感想である。

 とはいえ、俺と大きく違うのは、転移した場所か。


「俺の場合は転移した先がこの城だった。突然現れた俺は控えめに言っても不審者だった」


 まあそうだろうな。ちょっと同情するわ。


「だが、保護する指針があるくらいだ。転移者には慣れていた。そのために話はスムーズだった。俺としてはまず安全を確保したかったので、国の保護を受けることにした」


 素晴らしく真っ当な判断。


「俺のギフトはどちらかと言えば生活向きだからな。そのため、ギフトで貢献するというより、色々わかる範囲で助言をし始めた。そのうちにレイラ様に引き立てられて、今は側近みたいなことをしている」


 何なのお前。どこのラノベ主人公なの?


「助言だけじゃない。ハジメはほぼ全属性の魔法スキルを持っているから」


 なんでエリザが自慢げなんだ。そしてその情報は他人が軽々しく開示したらダメだと思う。

 肇の視線が冷たくなっているのも、気づいてないらしい。だんだんエリザの印象が残念な子になってきた。

 そして魔法使えるとか率直に羨ましい。


 相変わらず何でもできてしまうやつだ。お前なんか爆発、いや、爆裂四散してしまえ。

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