第13話 NOと言える日本人
世界に破滅。
冷静に考えるとそんな大それたことを、一人の人間ができるはずがない。
それが、本日この世界に転移してきたアラフォー男性ではまずもって不可能に拍車をかけるだけである。
しかもファラ姫にしてみれば、俺の見た目は同年代。さらに無理だ、と断定してもいい。
「なんてね、冗談よ」
だから、その言葉は当然である。当然であるが、どうにも眼が笑っていないのが気になる。
しかし俺の内心に気づくはずもなく、ファラ姫はお茶を一口飲んで、居住まいを正す。
ようやく本題か。
「さて、もうわかっていると思うけれど、私に仕えない?」
「え、嫌です」
ノータイムでお断りする。
決めるのは俺、と言われたので強気だ。NOと言える日本人です。
その俺の迷いない様子に、ファラ姫の頬がピクリ、と引きつった。
「ず、ずいぶん即答ね。先ほどの謁見でのしおらしい態度はどこにいったのかしら?」
「は。あの場は公式の謁見の場。この場は私的な交渉の場ということで、TPOをわきまえた発言のつもりです」
「なによTPOって」
「時と場合と場所による、ということです」
ピクピク。姫の頬がさらに引きつった気がした。
「ほほう……。つまり今は遠慮しない、ということね」
「は。自分の意志はハッキリ表現するべきかと」
あくまでも俺は丁寧に答える。このくらいはいいよな。
キレる思春期の子だったらどうしようかと思うが、思春期は過ぎてるだろうし。
「まあいいわ。ついでに口調も普段通りで構わない。許す」
思っていた以上に器が大きいことを言い、ファラ姫はドレスにも関わらず脚を組んだ。
その様子すら上品だが。
「そのかわり、私も素を出すわ。ここでのやり取りは他言無用よ」
「承知しました」
俺はしっかりと頷いた。視界の端で護衛がこめかみをほぐしたような気がしたが、気にしない。
「ずいぶんと俺を買ってくれていますが、どこにそんな?」
「ああ、そうね。トオルは今日保護されたのだものね。転移も今日、で間違いない?」
ファラ姫の確認に俺は頷きで答える。
「じゃあまずは、あなたの価値を教えておく必要があるわね」
「価値……。異世界人の価値、ですか」
今度は俺の確認にファラ姫が頷く。
「そういうこと。あなた達異世界人。私達は
「さあ……数万人くらい、でしょうか」
「少し見込みが甘いわね。これまで記録の残っている500年間で、少なくとも10万人が転移してきているわ」
平均すると年に200人か。多いのか少ないのか。
日本の行方不明者数は8万数千人で横ばいだから、何とも言えないな。
「我が国には現在1000人程度が住んでいる。だからギフトがなければ、あなた達はたまに来る遠い世界の同胞、くらいのものね」
なるほど。であれば、国王の判断も納得だ。
「だけどギフトによっては、あなた達の価値は跳ね上がる。例えば全属性の魔法を使えるギフト持ちがいたら、どうなると思う?」
「国家としては、是が非でも囲うでしょうね」
というか、魔法って属性別なのか。
「そう。これは国家の要求でもあるし、あなた達の立場を守るためでもある。正直そんなギフト持ちがこの世界の常識を知らずに市井で好き勝手すれば、厄介ごとにしかならない」
そうだな。それに、厄介ごとということは、最悪国が処分に動く、ということだ。
それはお互いにとって得るものがなさすぎる、というのは理解できる。
「そういう意味では、収納ギフトも非常に問題なのよ。わかるわよね」
「まあ、その内容によっては野放しにできないでしょうね」
容量無限、時間も経過しない、とかの能力だったら、好き勝手させては物流が崩壊するだろう。
しかしそれがわかるっていうことは、この国の貴族――もしくは王族だけかもしれないが――はかなり高等な教育を受けていることになる。
「そう。それがわかるということは、あなた達の教育水準はこの国では貴族レベル。そもそも地力が高いのよ。身体能力も、高いことが多いしね」
「将来有望なことが多い、ってことか」
「その通りよ。だから、お父様の決断はとても人道的だけれど、甘いとも言えるわね」
この言葉には内心頷かざるを得ない。特に王政を敷いているような国で、為政者が過度に人道的である必要はない。
とはいえ、そこは俺には関係のない部分でもある。
「それを踏まえて、もう一度言うわ。私に仕えなさい」
「え、嫌です」
理屈を理解したからといって、それに従うとなぜ思うのか。
頭がいい奴の欠点だな。論理が通れば要求が通ると思いがちだ。
「あなたと、国のためを思って言っているのよ?」
「それについてはありがとうございます。でも、そうですね。国のため、は俺には関係ない、と言ったら不敬ですか?」
不敬に決まっているだろ。ファラ姫の表情は雄弁にそう語っていた。
しかし、頭がいいだけに、その理屈が理解できてしまうのだ。
これも頭がいい奴の欠点だな。相手の主張にも、わずかでも理があることがわかってしまうために、考えてしまう。
というか、そもそも。
「そもそも姫様」
「ファラでいいわよ」
「ではファラ姫様、貴方の勧誘は、俺が異世界人だから、じゃないですよね」
俺の指摘に、ファラ姫の表情がまた変わった。先ほど謁見の間で見せたような、好奇心に満ち、そして鋭く何かを見定めようとする表情に。
「よくわかったわね。トオル。あなたはやっぱり面白いわ」
わからいでか。この姫様知性が先に来すぎて、自分がどう見えているか、全然理解していないな。
チラリ、と護衛を見ると、すっ、と眼を逸らされた。
うん、賛成多数により可決。
「やっぱりあなたは私のものになるべきよ。私に仕えなさい」
「え、嫌ですって」
天丼は二回までにしとけよ。
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