第12話 自由だ! 勝った! 第一部完!(嘘)

 あからさまにおかしなことが起こりつつも、水晶の結果を無視することはできないらしい。

 国王が難しい顔になる。


「収納か。便利な技能ではある。さすがはハジメの友人、といったところか」

「ですが、時間も経過し、容量も少ないようでは、それほど大きな問題にはなりえません」

「そうだな……」


 司会進行みたいな立ち位置にいる重鎮の言葉を受けて、国王はしばし黙考する。

 もう帰っていいかな。というか、帰りたい。

 ハッキングがバレる前に、是非とも。


『バレません。私の仕事は完璧です』


 うっさいわ。どこから来るんだその自信。というか、水晶さんは大丈夫なのか?


『問題ありません。三日もすれば意識が戻るでしょう』


 微妙な日数だ。その間に使われることがないことを祈るばかりだ。


『もちろん、今日のことは覚えていません』


 記憶洗浄までしてやがる。日本だったら終身刑だぞ、詳しく知らんが。


『ここは所詮無法世界です。問題ありません』


 問題しかない発言をやめろ。

 その願いというか警告が通じたのか、ヤツは沈黙した。


「トオルよ。国の法に従い、当座の暮らしに必要な資金を与える。市井にて身の振り方を決めるがいい」


 マジで! 無罪だ!

 俺は心中で歓喜した。

 しかし、そんな都合のいいことは起こらない。知っている。俺はこういうとき必ずぬか喜びに終わる。


「ねえ、お父様」


 新たな爆弾を投下したのは、第一王女だ。


「いらないなら、その恩寵あるものギフテッド、私がもらってもいいかしら?」


 瞬間、謁見の間の空気が止まった。気がする。

 しかしそれも一瞬で、国王が最初に再起動した。さすがといえる。


「珍しいな。ファラがそのようなことを望むとは」

「そうでしょうか? 私、ハジメも所望した覚えがありますけれど。そちらをくれるのでもいいですよ」


 渋面を作る国王に、ファラというらしい第一王女は動じずに応じた。


「ハ、ハジメはだめです!」


 レイラ姫があっさり釣り針に食いついた。その様子は年相応にも思えるが、案の定ファラ王女はそれを愛でるわけでもなく、ニヤリ、とからかう笑みを浮かべた。


「レイラがこの通りですもの。私がもらうわけにいきませんでしょう。ですから、こちらの方で手を打とうかと」


 俺は残念賞か。やさぐれた俺の気分をよそに、レイラ姫は顔をピンク色に染めていた。

 かわええ。でも癒しにはならん。肇の事案が増えただけだ。

 そんな俺を他所に、急遽設定された家族会議のように、誰もが父親――この場合国王だ、もちろん――の言葉を待つ。

 俺の胃がダメージを受けるだけの無意味な時間がチクタクと進み、国王は頷いた。

 頷きやがった。でも断る理由はないよな。


「まあよい。好きにせよ」


 好きにさせるなよ、という無意味なツッコミはしない。

 諦めの境地に至りかけたが、国王はただし、と続けた。


「ただし、交渉は自分でせよ。余の決定はすでに告げた。その上で、ファラに仕えるかどうかを決める権利はこの者にある」


 おおお? 意外と名裁き? なんとか越前さんがこの世界にも転移していたのか?


「もちろんですお父様」


 ファラ姫の瞳は、好奇心に満ちているように見える。

 この謁見の間、ずっと退屈そうにしていたのが嘘のようだ。一体俺の何が、そんなに彼女の好奇心を刺激したのだろうか。

 考えるまでもない。あの怪しげな発煙現象に決まっている。

 良くも悪くも、スルースキルの高いオッサン達とは違い、彼女はあの出来事を真正面から受け止めているのだろう。

 それはこの国の未来を考えればいいことかもしれない。

 例えば、彼女が研究者か何かだとすれば。

 しかしスルースキルというのは、現実を泳いでいくには必要なものなのだ。好奇心、猫を殺すというやつだ。

 とはいえ、俺は別に彼女を害するつもりはない。害せるはずはない。


「では、トオルでしたね。私の自慢のテラスに案内します。そこで話しましょう」


 何とかこのお姫様を言いくるめて、自由を勝ち取らないとな。

 せっかく押したリセットボタン。もう社畜になるのはうんざりだ。

 



 謁見の間を後にして、外に待機していたメイドと護衛に先導されて着いたテラスは、なるほど見事なものだった。

 ただし、城の敷地をぐるり、と回っていった先にあるそこは、なんというか、離宮、というのが相応しそうではあった。

 視界に収まりきらない平屋の建築物。その入り口には二人ほど衛兵が直立不動で立っている。

 その入り口には入らずとも着けるようになっているところを考えると、第一王女の私的な謁見スペースも兼ねているのだろうと思える。

 品良く白で統一されたテーブルセットにはもちろん日除けのパラソルが刺さっている。

 なんというか、欧米のリゾートスタイルみたいなやつだ。


「この一式も、昔あなた達の世界から来た人の発案だそうよ」


 そう言って着席したファラ姫は、俺にも着席を促す。

 失礼します、と対面に座ると、これ以上ないタイミングでメイドがお茶を出してきた。

 また緑茶だ。流行っているのか?


「この緑茶も、異世界から製造方法が伝わったわ。今ではこうして、王族も口にするものになっている」


 そうですか、と相槌を打つ俺を、ファラ姫は上目遣いに見てきた。

 それは、レイラ姫がハジメに向けていたのとよく似た仕草だった。

 しかし、そこに込められている感情は全く違う。心理学とか専門ではない俺でも、あからさまにわかる。


「タツミトオル。あなたはこの世界に何をもたらしてくれるのかしら?」


 そんなことを言われてもな。俺はそんな大層な人間じゃない。

 何かをなしたいわけでもない。ただ、今度こそやりたいことをやりたいようにやって、生きていきたいだけだ。

 それが難しいことはわかっているから、こんなところにいるわけだが。

 答えない俺に何を思ったのか、それとも気にしていないのか。ファラ姫はそのまま言葉を続ける。


「あるいは、破滅でももたらすのかしらね」


 なんでだよ。

 一瞬脳裏に紫色の物体や、水晶玉ハッキングの光景が移ったが、無視を決め込んだ。 

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