第10話 BGMはドナドナ
さて、ちょっと38歳既婚男性の余罪について、小一時間問い詰めたいところではあるが、これから城へ向かうとなるとそんな余裕はない。
それが王女様に案内されてとなると、余裕メーターはマイナスに大きく振れるほかない。パニックまではあと一歩というところだ。
馬車の準備が整うまでの時間で色々と尋ねると、つまりはこういうことだ。
このレイラ嬢、もといレイラ姫は基本的にいい子属性なのだが、時々お転婆が爆発する。
放っておくと大脱走もかくや、という逃げっぷりを披露して市井に紛れようとしてしまう。
そこで王様は、今は使われていない皇族の私邸を彼女に与え、商人の真似事をする許可を与えている。
ある程度の自由を認めることで、制御不能状態になることを防いでいる、というわけだ。
なるほど、なかなかいい手かもしれない。適度なガス抜きができれば、そうそう無茶ばかりする人間は多くない。
俺が感心していると、これを提案したのが肇だと告げられた。頭の回るやつだ。
肇はこれで王様、王女様両方から感謝され、その知恵を期待されてレイラ姫のお付きのようなことをやっているらしい。
「お前こっちに来てどれくらい経つんだ?」
俺の基本的な質問に、肇は少し考えて、答える。
「ちょうど半年くらいだな」
結構たつな。この信頼関係と距離感が成立するには短い気もするが。
「徹。お前は、昨日か今日か、まあごく最近だな?」
「正解だ。特に何も賞品はないけどな」
「いらん」
「お二人は本当に仲がよろしいですね」
俺たちのやり取りを評するレイラ姫に、否定したい気持ちになるものの、王族の言葉を否定していいものか。
「俺と徹は仲良し、というわけではないな。旧知の仲ではあるが」
俺の悩みをよそに、肇がぶった切った。いや、同感だからいいんだけれど、不敬にならないのが羨ましい。
「ふふ、そういうことにしておきましょう」
動じないなあ、このお姫様。
俺が半ば感心し、半ば呆れていると馬車の準備が整ったことが告げられる。
ちょっと市場に売られていく子牛の気分だ。
レイラ姫、肇、俺の他にエリスが加わって馬車に乗り込む。
「なんでエリス?」
「他の連中は帰ったけれど、私は残業。あなたのおかげで」
つまりは護衛を継続ということか。
しかし、今回はお忍びではないため、豪華な意匠の凝らされた馬車である。
場違いも甚だしい。スーツでよかった。半袖短パンの休日引きこもりルックでは眼もあてられん。
街中だからか、エリスも馬車に乗り込み、俺の横に座る。
ふわり、とどこか甘い、いい香りがした気がする。だが、もちろんそんなことには触れずに、俺は別のことを口にする。
「残業は歓迎なのか?」
「歓迎よ。レイラ様とハジメはお支払いがいいから」
この世界に残業という概念があることも驚きだが。
「残業は冗談だぞ。エリスはレイラの専属護衛だ」
肇から訂正が入る。それはそうか。
ふふ、とエリスがわずかに笑い声を漏らした。
「トオルは面白い。意外と素直だったりもするのね」
レイラ姫ほどではないが、若い女性に素直、と言われるのはなんというか、少し恥ずかしいな。
「それで」
そんなのんびりした感想を浮かべていた俺を、肇が現実に引き戻す。
「お前は、この世界でどうしていくんだ?」
その言葉に、俺は沈黙する。
レイラ姫も、エリスも、俺に視線を集めてくる。
俺の答えを待っているのだろう。
だが、そう注目されても、面白い答えは返せそうにない。
そもそも、この異世界に放り出されてまだ半日くらいだ。俺の方も戸惑うばかりで、正直状況に流されている。
他にやりようはなかったのか、という想いが浮かぶ。だが、じゃあ何ができたか、と言われてもわからない。
「これから王城で徹のギフトを計測する。それによっては、もちろん王国の子飼いになる選択肢が出てくる」
「お前みたいにか?」
「そうだ」
あっさり言い切りやがった。隣のお姫様はちょっと悲しそうだぞ。
「ちなみにお前のギフトって?」
「そんなことを軽々に言うはずないだろう」
まあな。俺だって調べられたくなんてないもんな。
しかし、ということは俺のギフトだけ一方的にコイツに知られるのか? それは何となく気に食わないな。
「心配するな。計測したギフトの結果は、上層部しか共有されない。俺も席を外す」
そうなのか。
「私は拝見することになります」
レイラ姫が見たら、絶対伝わるじゃねーか。秘密保持契約なんてあるはずもないだろうに。
まあそもそも、あんな紙切れに期待はできないが。
不意に、馬車が停まる。
ガチャリ、とドアが開けられてまずエリスが外に出る。
次に肇、俺、と出て、最後にレイラ姫が肇のエスコートを受けながらゆっくりと降りた。
視界の先には、大きな城がある。
遠くから見ていた時にはわからなかった、細かく、それでいて嫌味のない装飾が、ただの石造りの建物に威厳を与えている。
「さて、参りましょう」
俺を促すと、この国の王女は振り返ることなく歩き出す。
流されるままではなく、他の選択肢もあったかもしれない。
だが、ここまで来たらもう覚悟を決めるしかない。
大丈夫、最悪のことにはならない。そんな予感がある。
一度眼を閉じ、一度大きく息を吸って、吐く。
「よし」
城の威容に飲まれないように、瞳に力を籠めて、俺は歩き出した。
「おお……トオルってそんなちゃんとした顔もできたんだ」
エリスの感心する声が聞こえる。
せめて表情といえ。顔がつけ変わるわけじゃないんだぞ。
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