第9話 はじめまして、王女です。え?
結論から言おう。
レイラ嬢の家は豪邸だった。貴族なのだから当たり前という話もあるが、貴族街の他の屋敷と比べても、ひと際大きなものだった。
すぐ近くには城が見えている。なんなら秘密の地下通路でつながっていてもおかしくない距離である。
門番は顔パスでお嬢様を通し、俺は念入りに身体検査を受けた。
ちなみに肇も顔パスである。解せん。目つきの悪さからしたら、アイツの方が犯罪者風味なのに。
とはいっても、ヤツの場合見た目はそこらのチンピラではない。経済ヤクザの匂いがする。つまり、黒幕系である。
だとすれば、善良な一般市民の仮面を被っていることも、お約束なのかもしれない。
どうにかこうにかエリザらとともに屋敷に入った後、秋葉原でもないのにメイドに案内されて、応接に通される。
エリザ達は報酬の受け取りがあるらしく、俺一人だ。
古式奥ゆかしいメイドがお茶を入れてくれる。
白磁に金のふちが描かれているティーカップは、現代の名工でもなかなかこうはいかない、という薄さと美しさだった。さぞやお高いのだろう。
一文無しの俺としては、このままかっぱらって逃走したいが、万引き犯になるつもりはない。
この世界で生きていかざるを得ない状態で、いきなり貴族の不興を買う必要もないからだ。
いや、それ以前にプライドの問題ではある。あるのだが、いよいよ切羽詰まったらそんなものは犬のエサにする自信がある。
などと、葛藤しながらもお茶をいただく。なぜに緑茶なのかは、突っ込まない。
どうせ先人の誰かしらが、知識チートでもたらしたに決まっている。
まったく、羨ましい限りだ。俺も何かチートできないものか。
ぱっと思いつくのは財務三表のつくり方とか、複式簿記とかだが、そもそも識字率すら不明なこの世界では、そんなものを持ち出してもどうしようもない。
計算はパソコンに頼りきりだったので、自慢できるほどのものはない。
後はバスケ……知識ですらない。
こう考えると何一つ手に職がないな、俺。それでも働けていたんだから、日本の終身雇用制度も悪いことばかりじゃない、ってことか。
考え事をしていたせいか、甘いものが欲しくなる。テーブルに置かれているクッキーに思わず手を伸ばした。
さくり、と軽い口当たりが嬉しい。
バターの香りと砂糖の甘さが、身体に染み渡っていく。
「美味いな」
思わずそう零していた。
ずっと直立不動だったメイドさんの口元が、わずかに笑みの形になった気がしたが、多分気のせいだろう。
しばらく緑茶とクッキーを楽しんでいると、ドアがノックされた。
「失礼します」
はい、という俺の返事をきちんと待って、ドアを開いたのは執事だった。
執事が支えるドアをごく自然に通って、レイラ嬢が姿を現す。
「お待たせしました」
そう言いながらも、頭は下げない。そういうところはやはり日本人とは違う。
とりあえず、でへりくだったりしない。それは正しく、支配階級の作法なのだろう。
「とんでもありません」
俺はそう言いながら立ち上がる。こちらは礼を尽くす立場であることを示すためだ。
「いい心がけだな」
そんなことを言ってきた肇には舌打ちを返しておく。
「子どもか」
その指摘は無視しておく。肉体は18歳も若返っているからな。子どもに戻ったといえば、そうだ。
とはいえ、20歳といえば十分成人しているのだが。
俺たちの軽いジャブの打ち合いに、レイラ嬢は嫌な顔をするどころか、むしろ微笑ましいものを見るように眺めている。
俺が思わず視線を逸らすと、軽やかな声がかかる。
「どうぞおかけください」
その言葉に否やもあろうはずがない。俺は失礼します、と型どおりの返事をすると、向かい側に座った。
肇は立ったままらしい。ざまあ。
しかし、俺のわずかな優越感は長く続かない。
「ハジメさんもお座りください」
「私はこのままで結構です」
「ここは外ではありませんし、この方ともずいぶん親しいようです。気にすることは何もないでしょう?」
遠慮する肇に重ねて着席を促すレイラ嬢。見た目は可憐な少女、といったところだが、自分の思うことは割とはっきり言うらしい。
「わかったよ」
肇は降参したように言うと、レイラ嬢の横に座った。
執事も、メイドも特に反応をしない所を見ると、こういったやり取りも、隣に座るということも、慣れたものなのだろう。
隣に座った肇に笑顔を向けるレイラ嬢は、どう見ても、その、アレだった。
見た目的には問題ない。多少肇が年上なだけだ。レイラ嬢は日本人だと16,7歳だからな。清い交際には問題ない。
しかし、中身と並べると明らかに事案である。38歳の既婚者が年若い少女を誑かしている。
日本だったら通報待ったなしであるが、ここは異世界。どうやって通報するかもわからないのでぐっ、とこらえることにする。
「さて、まずはご挨拶と、確認を。龍見徹さん、あなたはこちらの鳳肇さんと同じ世界からやってきた、で間違いありませんか?」
「はい」
頷きとともにはっきり肯定を口に出す。曖昧にする意味はない。
その様子に満足したのか、レイラ嬢は続ける。
「結構です。我が国では異世界人を保護することが定められております。その際に適切な仕事を紹介できるよう、お持ちのギフトを調べさせてもらっています。構わないですか?」
「ええ」
この問いにも頷く。否定した場合、最善のパターンでもただ放り出されるだけだろう。最悪はどうなるかわかったものではない。権力に無意味に逆らってはいけない。これも染みついた社畜根性かもしれない。
「結構です。それでは、王城に向かいます。もう一度馬車を用意しますので、ついてきてください」
「え、今からですか?」
ちょっとフットワーク軽すぎではないか? 先ぶれとか、予約とかいらないのか?
俺の疑問を理解したのだろう。レイラ嬢はわずかに悪戯っぽく、告げる。
「そういえば名乗っていませんでしたね。私はレイラ=ベルノート。この国の第二王女です」
はあああああああ!?
聞いてねえよ。絶対わざとだろ。
眼を点にする俺に、眼前の王女様はクスクスと笑う。
俺は呆然としながら、腐れ縁の野郎に視線を向ける。
――ねえ、お前誰をたらしこんでるの? 下手したら首チョンパだぞ。
俺の視線の意味が分からなかったこともないだろうに、ヤツは眼を逸らした。
なるほど、自覚はあるらしいな。
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