第8話 ここははじまりの街だよ、と思ったら王都でした

「うはー」

「何その顔。バカ面になっているわよ」


 エリザが突っ込んでくるが、気にしていられない。

 何しろ、俺は初めてこの世界の街を見ているのだ。正確には街を覆っている壁であるのだが。

 いわゆる都市国家、とでもいうのだろうか。10メートルはなさそうだが、かなりの高さの城壁がぐるり、と円を描いている。

 その入り口である門には、旅人が列を作っている。エリザ達に会うまでには誰も見かけなかったのに、なんでだ?


「主要街道は別方向だから」


 うん、端的な答えをありがとう。

 エリザに視線だけで例を言っておく。しかし、俺達も並ぶのか? これ。

 列は進んではいるものの、その動きは遅い。門番が丁寧なチェックをしているとも言えるし、単に非効率の塊なのかもしれない。

 空を見ると、太陽はかなり西に傾いている。日暮れまでに入れるんだろうな、これ。

 

 などと思っていると、馬車が列の隣にずれていく。エリザを含めて護衛達もずれて、そのまま進んでいく。

 どうも、貴族だか、要人専用の入口らしい。

 あのレイラという少女は、かなり高貴な身分らしい。

 ラッキー、と思う反面、なんというか、そんなパトロンがついている肇の運のよさに嫉妬しか浮かばない。

 そんな俺の気持ちは誰に伝わることもなく――伝わっても困るだけだが――、無事に街へ入ることが認められた。

 壁の中は、ファンタジー世界、と聞いて大多数の人が想像する通りの街だった。

 さしずめ、はじまりの街といったところか。

 門から真っ直ぐ伸びる道路は石畳になっており、馬車が通行するのに十分な広さがある。

 その道の両端には商店が立ち並び、街に入ってきた人、街から出ていく人に向けて熱心に売り込みをかけている。

 思わず、視線があちこちに動いてしまう。我ながら、修学旅行の中学生のようだ。

 俺のそんな様子に、エリザが声をかけてきた。


「そんなに珍しい? ただの街だけれど」

「ああ、珍しいな。というか、俺にとっては見るものすべてが初めてだからな」

「ふうん。そういうところは、異世界人っぽいね」


 ちょっと待て。俺のどこが地元民っぽいんだ。この洗練された物腰は、中世ファンタジーからは浮いているはずだぞ。


「トオルは落ち着いている。ハジメほどじゃないけれど。異世界人は、転移したての時は興奮している人が多い、と聞いたのだけれど」 


 なるほど。若い人たちならもっと異世界ヒャッハー! という感じで興奮するのは想像できる。

 あるいは、まったく異世界転移とか知らない人からしたら単なる恐怖体験である。もっと興奮するか、絶望に打ちひしがれるだろう。


「とりあえず今日はレイラ様たちを貴族街までお送りする。それで私達護衛の仕事は終わり」


 やっぱりあるんだな、貴族街。たしかに、平民とは居住区を分けておかないと色々不具合がありそうだもんな。

 そういえば、俺たちみたいな転移者の扱いってどうなるんだ?

 そう尋ねると、エリザは少し考えて、答えてくれる。


「私もそれほど詳しくないけれど、あなた達のギフトは鑑定することができる。それによっては王国お抱えになったりするだろうし、望めば騎士にも慣れると聞いたことがある」


 なるほど。ギフトを鑑定する仕組みがあるのであれば、確かに国に取り込むのが一番だろうな。

 保護対象になっている、というのはそういうことか。


「もっとも、本人の希望によっては街に降りて普通に過ごすこともできるっていう。恩寵あるものギフテッドを権力で束縛することは許されていないから」


 え、誰にだよ。王様が許してない、ならその仕組みは成り立たないだろう。

 俺が疑問を口にすると、エリザは事も無げに答えてくる。


「もちろん、神様に」

「え、神様ちょいちょい地上に口出してくる系?」

「言っていることがよくわからないけれど、神様の意志は神託で伝えられる。それを無視すると、神罰が下る」


 こわ。恐怖政治でしかない。どっかの独裁政権じゃん。


『神罰が下りますよ』


 お前こんな時だけ出てくんなよ。カスタマーサービス側から連絡とか、厄介案件じゃないか。


『ええ、神に聞こえたら、それなりの厄介案件なのでご注意を』


 ……はい、気をつけます。

 どこの場所でも独裁者批判は厳禁らしい。


『そういうとこですよ』




 街はかなり広いようで、結構な距離を歩いている。

 段々と道行く人の数が減ってきて、景色が雑多なものから、落ち着いたものへと変わっていく。

 貴族街に入ってきたらしい。


「貴族街と街に壁があるわけじゃないんだな」

「そういう街もあるかもしれないけれど、この国ではそこまで分けてない。それより、あれが見える?」

 

 エリザの指が示す方を見ると、城が見える。

 ん? んん? 城?


「あれが王城」


 しかも王城かよ。


「ってことは、ここ、ただの街じゃない?」

「うん。ここはベルノート王国の王都ベルン。驚いた?」


 驚いたわ。最初草原に放り出されたのが嘘みたいだ。何この展開。

 いや、山の中でスローライフとかできないから、助かるんだけれど。

 

 しかし、このままだときっとレイラ嬢の貴族コネクションで、王城に連れていかれる気がするな。

 このクソギフト、どう説明したもんか。

 ……まさか、危険人物として首はねられたりしないよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る