第7話 20年ぶりなのに腐れ縁とはこれいかに
綺麗にセンターで分けた黒髪に、セルフレームの眼鏡。やや切れ長の双眸には出会ったときから変わらず、自信があふれている。
恐らく俺と同様、20歳の身体に若返っているのだろう。そうでなければ説明のつかない美青年だ。
背丈は俺より低く、170㎝後半だったと記憶している。ほぼほぼ俺が勝てている唯一の基本スペックだ。
降りてきた肇を観察する俺と同様に、肇もまた俺を観察していた。
正直男をじろじろ見ても全然楽しくないが――ちなみに女性をじろじろ見るとセクハラである――案外社会人には、観察というのは必須のスキルでもある。
俺も経理にも関わらず、結構叩き込まれた。
相手の身なりや視線の動きといったものは、時に言葉以上に情報を持っているものだ。
とはいえ、肇が俺を見誤ることはありえない、という程度にはお互いよく知った仲だ。
「龍見徹、でいいな?」
「こんないい男が他にいるなら教えてほしいもんだ」
ほぼ確信しながらもあえて疑問の声を出してくる相手に、俺はあえて高校生時代のように、紗に構えた言葉で応じた。
「そうだな。こんな野獣面は他にいない」
返ってきたのは皮肉たっぷりの言葉だった。
社会人のはずなのにこんな皮肉屋で大丈夫なのか、コイツ。
「お前に合わせたんだよ」
クク、と笑いを嚙み殺す肇の様子に、エリザが驚いているのが視界に入った。
「久しぶりだな。20年ぶりか」
「ああ、ずいぶん久しぶりだ。まさかこんなところで会うとは、思わなかったぞ」
確かに俺は、劣等感もあってコイツを避けていた。
リセットボタンを押した後でまた会うなんて、冗談じゃない、と今でも思っている。
しかし、それはそれとして――
懐かしい相手であることは確かだ。
俺たちはどちらからともなく、こん、と拳を合わせた。
「ふふ。その様子ですと本当に異世界の方のようですね」
馬車の室内からかけられた声に、俺は肇に集中してしまっていた意識を戻す。
「レイラ様」
肇の視線を追うように、視線をそちらに向ける。
馬車から、人形のように可憐な少女が出てこようとしていた。
腰まである銀髪はきれいに手入れされており、身にまとっている服も一目で高級なものだと、俺ですらわかる。
シルエット自体は普通のワンピースだが、光沢のある絹のような生地に、ふんだんにレースが使われており、仕立ての手間がすぐに想像できるためだ。
「ハジメさん、私は様付けをやめるように、と何度申せばよいですか?」
わずかに瞳に険を込めたようだが、まったく迫力がない。
むしろきゅっ、と寄せられた眉根が、レイラという少女の可愛らしさをより引き立てていた。
「今は外なので、ご容赦を」
肇は丁寧で、しかしきっぱりと少女の要望を断った。その眉根がむむむ、とばかりにさらに寄った。
笑いを表に出さないように注意して、俺は肇に視線で問いかける。
「ああ、こちらはレイラ様。わかると思うが、高貴な身分の方で、今俺がお世話になっている方のお嬢様だ」
20年も没交渉とはいえ、さすが腐れ縁のライバル。俺の声に出さない質問に的確に回答してくる。
人生の半分会っていないやつを腐れ縁といっていいのか、という説もあるが、会っていなくてもそこかしこでコイツの存在は俺の人生に影響を与えている。
恐らく逆もそうだっただろう。
だから、腐れ縁でいいのだ。断じて運命の赤い糸などではない。
それはそうと、こんな可愛らしいお嬢様がいるお宅でお世話になっているだと?
つまり、結構高水準の衣食住が保証されているということか。なんという不公平だろうか。
俺はつい先ほど誰もいないような原っぱに転移させられて、あげくクソギフトから出てきたおかしなものに追い回されていたというのに。
やはりコイツは気に食わない。
俺が自分の認識をアップデートというか、再確認していると、レイラ嬢が素晴らしい提案をしてくれた。
つまり、ここで立話もなんだから、というか明らかに場違いなため、屋敷まで来ないか、というお誘いだ。
俺は正直他に伝手もないので、すぐさま頷いた。
肇が気に食わない、という点はさておいておく。それはそれ、これはこれ、である。
しかしさすがに、初対面でお嬢様と同じ馬車に乗ることについては護衛が難色を示したため、俺は徒歩となった。
肇は馬車である。格差社会の恐ろしさを垣間見ている。
まあ、護衛の判断が正しいと思う。というか、見た目は完全にその筋の人なのだが、大剣使いの真面目さに驚くばかりだ。
「まさかハジメと知り合いだったとはね。異世界って狭いのね」
エリザがそう声をかけてきた。というか、世間って狭い、のノリで地球が狭いみたいに言うのはやめていただきたい。
まあ、俺としてもこんな偶然あるかよ。と思わなくもない。
――もしや、何か仕組まれているのだろうか。あのショタ神か、この世界の神様が何かを意図している?
『偶然です』
俺が被害妄想めいたことを思うと、ノータイムでツッコミが入った。
脳内音声である。
何なのお前、ギフトの説明の時に出てくるモブじゃないの?
『……』
無視である。完全スルーであった。
この自由人が。人じゃないけど。というか、何なのかすらわからんけれど。
「街はもう近くだし、気楽にしていていいわよ」
俺が脳内音声とサイレントバトルをしていたことに気づくはずもなく、エリザが気を使って声をかけてくれる。
「そうなんだな。早く着いて、落ち着きたいもんだ」
今日は全力ダッシュもかました上に、何も食べてないしな。
あ、というか、落ち着くも何も、俺無一文かもしれん。日本円なんか何の役にも立たんだろうし。
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