第6話 ま た お ま え か !
じろり、と氷点下の視線を向けてくる女性。
人によっては完全にご褒美なのだが、生憎と俺にそんな趣味はない。もちろん、これから目覚める予定もない。
ともかく、どう説明したものか。
俺が悩んでいると、女性の方から口を開いてきた。
「まあ、大体想像はつくけれどね。タツミは、異世界人、
あっさり。はい正解です。
「なぜわかった!? って顔をしているわね。まあわかるわよ。明らかに不自然な登場だし、服もこの辺では珍しいスーツだし」
さすが護衛。きちんとした観察眼を持っておいでで。
「まあ、そうなんですよ。正直右も左もわからない所で、さっきのよくわからない物体に追いかけられて、よくわからないことになってました」
「ああ、パニック寸前だったことだけはよくわかったわ」
俺の必死の弁解に、同情の言葉が返される。
「この国だと、異世界人は保護することになっているのよね。ちょっと一緒に来てくれる?」
素晴らしい国だ。是非ともご一緒させてもらいたい。
「素直で大変よろしい。じゃあ、行きましょうか」
そのまま先導して歩き出す彼女に遅れないように、ついていく。
他の護衛達がこちらの様子に気づいて、馬車の速度がゆっくりになる。
しばらく無言で歩き、馬車に追いつく寸前で、彼女はくるり、とこちらを振り返ってきた。
「そうそう、私はエリザベート。周りからはエリザ、と呼ばれているわ」
動きに合わせて翻った細い金髪が、陽の光を浴びてキラキラと輝く。
それに合わせて微笑む彼女は、とても幻想的だった。
一瞬、見とれたことをごまかすように、俺は努めて平静に頷いた。
「ああ。さっきも言いましたけれど、俺は龍見徹。徹が名前、です」
その様子がおかしかったのか、彼女は初めて微笑んだ。
「丁寧語なんていらなし、エリザでいいわ。私も名前で呼ばせてもらう。よろしくね、トオル」
「ああ、よろしく」
差し出されたエリザの手を、俺は軽く握り返した。
ややひんやりとしたエリザの体温を感じ、俺は、ようやく実感した。
――ああ、俺本当に異世界に転移したんだな。これは夢じゃない、現実なんだ。
などと、俺が感傷に浸っている間に、馬車に追いつく。
「みんな聞いて。こちらの人はトオル。異世界人らしいから、このまま連れていくわ」
テキパキと物事を進める彼女に頼もしさを感じ、街まではしっかり依存することにする。
しかし、別の護衛の言葉で暗雲が立ち込めた。
「エリザさあ、言っていることはわかるが……本当なんだろうな? 間違いでした、じゃすまねえぞ」
金属の胸当てと、背中に大きな剣を背負った男が言った。
どうも、馬車の中、恐らくは護衛対象の安全を気にしているらしい。
エリザも相手の不満の正しさはわかっているようだ。特に不満を浮かべることなく応じる。
まあ、俺も大剣使いの彼の方が正しいと思う。ボランティア精神を発揮して本業がおろそかになったら意味がないものな。
「だから、彼に見てもらおうと思って」
その言葉と表情で、エリザが彼とやらを信頼していることがわからないやつはいないだろう。
そのままエリザは馬車に声をかけた。
「すみません、お嬢様。異世界人を名乗る者を保護しました。ハジメに確認してもらうことはできないでしょうか」
ハジメ? その響きから、日本人だろうか、という疑問が浮かぶ。
その名前には、大いに覚えがある。
中学、高校と何かにつけて張り合っていた相手も、ハジメという名前だったはずだ。
最後に会ったのは高校の卒業式なので、もう20年も前のことである。
その時は、日本で一番有名な大学に合格したと言っていて、ケガをした自分とのあまりの格差に愕然としたものだ。
その後、噂では有名企業に就職、結婚もしたと聞いている。
つまりはまあ、ナチュラルに勝ち組な男だった。もちろん、努力はしていたのだろうが。
彼は今頃、元の世界で幸せにやっているだろう。
「ええ、構いません。ハジメさん。お願いできますか?」
透き通るような、と形容するのが相応しい声が、馬車から返ってきた。
ドアが開き、人が一人降りてくる。それに合わせて、護衛達の視線がこちらの動きを逃すまい、と集中する。
何となくドキドキする。
降りてくるのがハジメ、ということなのだろうが。お嬢様のお付きでもしているのだろうか。
もしくは、お嬢様を誑かしているのか。
どちらにしても、俺の知っているハジメとは程遠いし、そもそも既婚者が転移するって聞いてないし。
いや、待てよ?
あのショタ神と
いやいや、だからといって。
ちょっと名前が同じだからって、人生リセットボタンを押して異世界転移したというのに、その先に、腐れ縁だったアイツがいるはずが、ない。
……ないよな?
だがまあ、うだつの上がらない人生を送っていた俺にはもうわかっていた。
こういう時、俺の淡い期待は、必ず裏切られる。
馬車から降りてきたその男を一目見て確信し、俺は溜息とともに言い放った。
「ま た お ま え か !」
見間違えるはずもない、コイツの名前は
一言で言うなら、青春時代の腐れ縁のライバル、ってやつだ。
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