第4話 チートと思ったらクソギフトだったので、クーリングオフを希望します

 次に眼を覚ました時、俺がいたのは草原だった。

 草原である。つまり、くさっぱらである。


「ナニココ」

 

 周囲を見渡してみても、草しかない。

 道もない。人もいない。


「ええ……」


 呆然と呟き、思わず自分の身体を見る。

 服装は、ワイシャツにスラックス、革靴。

 脱いでいたスーツの上着と鞄がすぐそばに転がっているのに気づく。

 そして、なんとなくだが、服が小さい気がする。


「いや」


 違う、という言葉が自然と口をつく。

 若返ったからだ。若返って、衰えていた筋肉が戻っているからだ。

 思わず、右腕を回してみると、痛くない。

 常にあった違和感もない。

 どうやら、本当に肘も治っているらしい。


「おお、すげー。なんていうか、すげー」


 頭の悪そうな語彙になっているが、気にしない。

 草原に放り出されたとか割と致命的な気もするが、気にしない。

 ケガも治って、若返る。

 人生リセット大成功ではないだろうか。

 一人で悦に浸ってみる。

 

 そして、割とすぐに状況が何も変わっておらず、下手したらいきなり詰むことに気づいた。

 

「とりあえず食料がないと何ともならんよなあ」


 呟いて、鞄をごそごそと漁る。帰宅途中にコンビニによった覚えもなく、特に何も入っていない。

 うん、知ってた。

 では、ショタ神様が異空間収納に何かサービス品を入れてくれていたりはしないだろうか。

 というか、そもそも使い方がわからない。

 

 と、思ったのだが、異空間収納を使いたい、と考えたせいか、頭に直接使い方が流れ込んでくる。

 強制インストールみたいなものだろうか。変なウイルスが仕込まれていないことを願うばかりだ。

 いや、案外バックドアくらい仕込んでいるかもしれん。

 なんせ相手は神様だ。なんでもありだ。

 とはいえ、現場丸投げ主義のあのショタには、バックドアを仕込む意味もないのだろうが。だってどうせ何の情報も抜かないし。

 ともかく、使い方を理解した俺は右腕を何もない空中に突き出す。

 すると、あら不思議。腕が空間に埋まっていくのであった。

 同時に、脳内に異空間に収納されているリストが浮かんでくる。

 よくゲームである、アイテム一覧の画面みたいなイメージだ。

 収納物 なし。

 ……うん、知ってた。

 とりあえず、俺のギフトは何も入れていなくても発動はするらしい。

 

 そう、何もないはずなのである。

 中身は、空なのである。

 だというのに、俺の手は何かをつかんだ。


 ぐにゃり。


 音としてはそんな感じだ。

 感触としては、柔らかくて、でも弾力があって、ぬるぬるしている。


 ――ええ、ナニコレ。


 俺氏、ドン引きである。

 たまにテレビとかで見かける、中身の見えない箱に手を突っ込んで、中身が何かを当てるやつである。

 あれはギャラリーがいるから面白いのであって、正直こんな野原でオッサンが一人でチャレンジしていても何もいいことはない。

 あ、もうオッサンではないのか。

 まあ、年齢のことは今はいい。とにかく、これが何なのか、だ。


 なんというか、蛸とかそういうものに近い気はする。

 正直気持ち悪いので、あまり長い時間触れていたいものではない。

 俺は覚悟を決めて、その物体を握りしめた。


「どっせええええい!」

 

 そのまま、意外と重量のあるそれを引きずりだす。


 べしゃり。


 なんか湿っぽい音がした。

 俺が引きずり出したそれは、なんというか、紫色の物体だった。

 蛸というよりは、ナマコに近いだろうか。中型犬くらいの、結構な大きさのそれは、ぬるぬるした粘液に覆われており、ずりずりと這うように移動しようとしている。

 移動した後は草に粘液がついてキラキラと光っているため、とてもわかりやすい。

 ちなみに匂いはない。せめてもの救いである。

 ずりずりずり……

 その動きは案外速い。思わず回り込んで、進路をふさいでみる。

 急な障害物に驚いたのか、動きが止まった。

 ぱちくり。

 実は眼があったらしく、ぎょろり、とした大きな眼が開かれ、俺を見つめる。

 あ、ばっちり眼が合った。


 しゃげえええええええ!


 どこから出ているかわからないが、怪獣みたいな声で威嚇された。


「おわあああああああああ!」


 俺はしっかり驚いた。驚いて、走って逃げてみる。

 はい、わかってました。

 動物って、逃げたら追いかけてくるよね。


「しゃげえええええええ!」

「わあああああああああ!」


 誰もいない草原に、一人と一匹の声が響く。

 割と全力で走っているのに、ナマコの類似品はしっかりと追いかけてくる。

 それでもじりじりと引きはがすことに成功し、若返った自分の身体能力を自画自賛したくなる。

 ありがとう神様! 健康って素晴らしい! 若いって最高だ!


 だが、それはそれとしてである。

 一体全体なんだって空のはずの収納からこんな得体のしれない物体が出てきたんだ?

 疑問に思うと、脳内に謎の声が響いた。


『質問にお答えします。異空間収納の仕様です』


 なんだその仕様、聞いてないぞ。


『言ってませんから』


 居直りやがった。最悪だ。聞かない方が悪いとか、そういうやつ?

 悪質なサブスクかよ。

 とにかく、異空間収納の仕様を教えてくれ。


『異空間収納。物体をよくわからない異世界に収納できる。容量は極大。用は人のいない異世界の端っこに接続しているだけなので、異世界原産の何かが混ざりこんでしまうことがまれによくある』


 クソギフトじゃねーか。チェンジで。


『返品、交換、クーリングオフは一切受け付けておりません。質問は以上ですね? それではこれからも楽しい異世界ライフをお送りください』


 それきり、声は聞こえなくなる。

 なんてこった。強制終了しやがったぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る