第3話 菌とウイルス

 世の中には、

「菌」

 であったり、

「ウイルス」

 なるものが蔓延っている。

 人間に伝染し、それが発病することで、体調を崩したり、大流行をもたらしたり、さらには、死に至らしめたりするのが、

「菌たウイルスというものである」

 と言われるが、菌の中には、決して悪いものばかりではなく、

「善玉菌」

 と呼ばれるものもある。

 そこから、病気を治す特効薬が生まれたりするわけで、

「人間が菌に犯された」

 というと、悪いことばかりではないともいえるのだ。

 何と言っても、健康な人間であっても、菌やウイルスを一定数保有しているものである。問題は、それが悪玉菌であり、しかも、致死量に達するほど抱え込んでしまうと、死に至るかも知れないということである。

 そういえば、数年前くらいだったか、

「菌を余裕している人間?」

 という話を描いたドラマがあった。

「菌というものを身体に保有し、ずっと山で暮らしてきた人物が、ひょんなことから人間界に出てきて、人間のエゴや嫉妬、さらには、欲というものに翻弄されることで、いろいろな事件、事故が起こる」

 という話で、

「最後には、愛によって、自分がするべきことを見つけていく」

 というような話だった。

 つまり、

「同じ、菌やウイルスと言っても、薬にもなれば、毒にもなる」

 ということである。

 この話は、いろいろな発想が渦巻いているものではあるが、好きな人ができて、その人を守りたいという気持ちが、善玉である菌の本当の気持ちを見つけることができるというもので、

「一番偉い」

 という暗黙の了解のもとで生きている、この

「人間社会」

 というもので、それだけのことを考えて生きている人がどれほどいるというのか。

 考えていないというわけではないと思うが、それよりも目先のことであったり、

「嫉妬や、偏見」

 というのは、ある意味、本能としてしょうがないところもあるだろうが、私利私欲という、

「確信犯的」

 なことになってくると、許されることではなくなってくる。

 世の中には、

「菌の中から、いろいろな特効薬を作り出そうという研究をしている」

 という人たちもたくさんいる。

「毒にしかならない」

 と思っている人は、その頭が硬いといってもいいかも知れないが、決してそうではない。

 それに、同じ菌であって、そこから同じようにして作った特効薬でも、気を付けなければ、

「すべての人に効く」

 というわけではない。

 当然、

「人によって、効果があるなし」

 というのは、個人差があったりするので、臨床試験というのも大切であり、いろいろと、先を見るためには、その時々で、確認すべきことを行う必要があるといえるだろう。

「ひょっとすると、人間が人間を好きになる」

 という効果も、

「何かの菌によるものではないか?」

 ということも考えられる。

 しかし、人が誰かを好きになり、そこでお壊れる性行為で子供が生まれる。そして、そのことが、

「子孫繁栄」

 ということにつながると考えると、

「これは、人間に限ったことではなく、基本的には動物。いや、植物にも言えることなので、これは、菌によるものというよりも、人間の本能によるものではないか?」

 と考えられる。

 では、この、

「本能」

 というものを考えてみると、

「それは、遺伝子に関係のあるものだ」

 と言えるだろう。

 しかし、菌やウイルスというものが、

「遺伝子とは関係ない」

 とは言えないだろう。

「下手をすると、遺伝子の構造を変えてしまう効果だってあるかも知れない」

 などと考えると、普通はありえないが、

「ある日突然、まったく違う性格になっていた」

 あるいは、身体的にも影響し、

「女の子だったはずなのに、目が覚めると、身体も心も男になっていた」

 というホラーのような話しも本当に起こりえることなのかも知れない。

 と感じるのであった。

 そんなことを、人によっては、夢に見ることもあるだろう。

 見た夢が、実は正夢で、性転換してしまうという人が、今までにいなかったともいえないだろう。

 ただ、人間は、集団生活しているので、

「昨日まで女だった人が、翌朝いきなり男になっていた」

 などというと、一大センセーショナルを巻き起こし、大変なことになるだろう。

 そんなことが起こったわけではないので、

「人によっては、そういう問題だって起こりえるのではないか?」

 と考えられるとしても、実際には、

「ありえない」

 ということになるのであろう。

 そんなことを考えると、

「世の中というもの、何が起こっても不思議はないが、その中でも本当にあり得ないということがあり、結界のようなものが存在しているのかも知れない」

 ということだってあるということになる。

 前述の自殺菌というのもそうである。

 全員が全員。その、

「自殺菌」

 の影響を受けるというわけではない。

 人によっては。伝染したとしても、そのせいで、

「自殺などしない」

 という人もいる。

 その人は自殺菌の存在を一切分かっていない、ただ、

「意味もなく自殺をしたくなる気がする」

 ということで、

「鬱病にでもなったのだろうか?」

 と考える人もいるが、それは、本当は自殺菌の影響なのだろう。

 そして、本当に自殺をしてしまった人は、その真相について、聴くことはできない。

 なぜなら、

「もう死んでしまっているからだ」

 だから、

「自殺菌の創造」

 ということは、理論的にはできても、それを証明することはできない。

 何と言っても、

「どこの誰に伝染し、今のこの瞬間にも、自殺したいと思い、その本懐を遂げているという人だっているだろう」

 それを思うと、

「菌やウイルス」

 というのは、体質は違うが、まったく別というわけではなく、

「微妙な関係を育んでいるものだ」

 といってもいいだろう。

 そういえば、例のドラマがあって、

「世界的なパンデミック」

 が起こったのは、二年も経っていただろうか?

 パンデミックが流行り出した時、そのドラマのことを思い出した人は一定数いただろう。

 ただ、この時のドラマと、今回の、

「世界的なパンデミック」

 における最大の違いは、

「ドラマにおいては、菌というものの存在があり、世界的なパンデミックというのは、ウイルスが原因だ」

 ということであった。

 つまり、

「ドラマは菌なので、善玉も存在するが、パンデミックは、ウイルスなので、基本的に善というものはありえない」

 ということだ。

 今までに起こってきたパンデミックのほとんどや、季節性などということで流行している病気は、まず、ウイルスによるものだ。

 と言えるであろう。

 今回のパンデミックにしても、インフルエンザにしてもそうだ。

 ただ、違うというと、コレラであったり、結核というものは、

「菌」

 であった。

 だから、コレラにしても、結核にしても、絶滅というところまではいかないまでも、ほとんど社会問題になるまで流行するということはない。

 結核にしても、昔は。

「不治の病」

 であったが、今では薬で治すことができる。

 ストレプトマイシンなどのような特効薬が開発されたからである。

 これも、

「菌」

 というものの正室として、

「毒を持って毒を制する」

 という考えに集約されるものがあるということになるのだろう。

 ウイルスというのは、

「流行するのは、ある意味仕方がない」

 ということになるのだろうか。

 しかも、ウイルスというのは厄介なもので、流行が始まると一度では済まない。

 変異を繰り返すことで、その状態がどんどんひどくなり、

「○○型」

 などというものがどんどん出てきたりする。

 ウイルスも

「生存していく」

 という使命があることで、人間が特効薬を作ることを見越してなのか、変異することで生き残ろうとするのだ。

 つまりは、

「ウイルスと人間の生き残りをかけた。一種のデスゲームのようなものであり、同止め繰りのようなものを繰り返していく」

 といってもいいだろう。

 だから、今回の

「世界的なパンデミック」

 にしても、

「第○波」

 というものがあるだろうということは想像がついたが、

「ここまでひどいことになると誰が想像しただろう」

 ほぼ、三年が経って、やっと、マスクを蓮字てもいいなどという政府の政策があった。

 といっても、前述のような政府なので、その対策がよかったとは、ほぼ考えられない。

 事実。

「マスク義務廃止」

 といっても、マスクを外している人は、ほとんどいない。

 それだけ、政府の考えが甘いと皆思っているという証拠であろうし、さらに、

「国民のことなど、どうなってもいい政府」

 ということを、さすがに国民も分かってきたということになるのだろう。

 菌の中には、

「善玉と悪玉」

 それぞれがいるということを言ったが。中には、

「菌を利用して、自分がその特性を促す」

 というような菌もいたりする。

 人間の中にある精神疾患の中には、

「原因不明」

 あるいは。

「仮説としてはあるが、実証されているわけではない」

 というものも数多くある。

 そんな中に、

「菌」

 というものが影響しているといえるものもあるのではないか?

 それも、菌が直接、

「影響を及ぼしている」

 というわけではなく、

「促進している」

 と考えられるものもあるということである。

 それは、

「本当の意味での精神疾患」

 というよりも、菌というものが、人間の精神に入り込み、元々ある人間の本質的な性質を、

「眠りから覚ましている」

 ということになっているのではないかと思えるのだった。

 人間の睡眠というのは、

「なければ、死に至る」

 というほどm必要不可欠であり、さらには、

「睡眠欲」

 という意味での、

「一種の欲だ」

 といってもいいだろう。

 つまり、欲というものも、善悪とに別れているが、一つ言えることとしては、

「欲があるから、人間なのだ」

 ということである。

「睡眠」

 だけでなく、

「食欲」

「性欲」

 というものも、ある意味失くしてしまうと、

「死に至る」

 といってもいい。

 人間は老いると、それぞれが減退していくものなのだろうが、決してなくなることはない。

 性欲にしても、ほとんど、欲とよべるほどではなくなるにしても、ゼロということではない。

 つまりは、ここでも、

「限りなくゼロに近い」

 というものが存在していることになる。

 それだけ、世の中において、

「消えてなくなる」

 というようなものが、存在しないということになるのだろう。

 それは、

「菌やウイルス」

 にも言えるもので、

「ウイルス」

 などは、変異することで生き延びている。

 それをもし、

「進化だ」

 と言えるのであれば、

「人間だって。ウイルスのようなものではないか?」

 ということが言えるのではないだろうか?

 そんなことを考えていると、

「もっと、人間の中の欲に関わってくるような。菌やウイルスがたくさんあってもいいではないか?」

 ということになるのだが、もう一つの考えとして、

「人間そのものが、菌やウイルスの仲間であったり、同種のものだといえるのではないか?」

 ということも考えられるというものであった。

 確かに人間というのは、いろいろな菌を持っている。

 山岸が最近考える、

「菌」

 としては、

「失恋に関する菌」

 というものがあるのではないか?

 と考えるのであった。


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