第17話 悪党の巣


 時は少し戻り……。

 一時間前---



「船の手配が予定より早まった。領主様から早急にレイルスローから出ろと連絡があった。今日中に子供がき達を連れて、明朝出港する。良いな」


 プラナス教会内の一室で、六人の男達が声を潜め話しをしていた。

 一人の若い修道士が、黙ってドアの前に立って男達の話に耳を傾けている。


「何があったんだ、そんな急がなくちゃならねぇ理由は?」


 一人の男が訊くとリーダー格の男ではなく、修道士が答えた。


「昨日、院長に来客があった。その男は侯爵家の令息なんだが、兄が国の近衛に居てな。その兄に仕事を頼まれたとかで、子供の人数を聞いて来た。私が同席していたんだが、どうも怪しいと思って、お前達の領主様に連絡を繋いだ」

「院長には、俺たちの事はバレて無いだろうな?」


 リーダー格の男が鋭い視線を修道士に向ける。


「ああ、アンタらの事は、相変わらずこの教会の修復に来た業者としか思ってない。それに、あの節穴は子供にも興味がないから、二人、三人増えた所で気にしていない。今日も、子供の人数を間違えて伝えていたしな」

「そうか。でもまぁ、ここ最近、ちぃと調子に乗って人数も頻度も増えてたかんな。目ぇ付けられてたとしたら、厄介だ。ここは素直にほとぼりが冷めるまで、退散した方が良いだろうな」


 男達が頷き合っているとドアをノックする音が部屋に響いた。

 修道士が男達を見ると、リーダー格の男が一つ頷く。

 修道士がドアを薄く開ければ、男達の仲間の女が立っていた。ドアを開け、滑り込む様に部屋へ入り込む。


「車の手配が出来たわ」

「運転手は?」

「ちゃんと口止め料を渡してある。仕事振りによっては、専属契約しても良さそうな男だったわ」

「わかった。じゃあ、お前ら。さっきの手筈通りで。それから森で見つけた例の口を利かない女児だが、やはり単なる奴隷で売り飛ばすには惜しい。あれは必ず将来、化ける。良い女になるぞ……。俺の手元で育てて、快楽に溺れさせて高値で売る」

「お前、女児に盛ってんのか? 狂ってるなぁ」

かしらの手で穢しまくって、高値で売れるのか?」


 男達の嫌らしい笑い声が低く響く。


「うるせぇ。お前らも、あの女児が成長した姿を見たら、絶対ヤリたくなるだろうさ。その時に俺をバカにした事を後悔すりゃぁいい。長い目で見ても、元が取れるだろう。ジーク、女児を連れ戻したら、すぐに俺の元に連れて来い。いいな」

 

 ジークと呼ばれた男は「了解」と低く言うと、気怠そうに椅子から立ち上がる。修道士の隣り立つ女と見目が良く似ている。夫婦役で行動させているが、本当は兄妹だ。ジークは妹の側に立つと一度振り向き、リーダー格の男を見た。


「とりあえず、先にかしらのお気に入りを連れて帰りますよ。行くぞ」


 妹の背中を押して、外へ出て行こうとする。すると、リーダー格の男が「待て」と止めた。二人が立ち止まって振り向くと、男は二人の元に近寄りニヤリと笑った。


「将来、俺の嫁になるかも知れないからなぁ? 俺も迎えに行くとしよう」

「売るんじゃないのかよ?」

かしらも物好きで」


 残った男達が下品に笑う。その声を背に三人は部屋を出た。





「あの車よ」


 外に出ると、少し離れた場所に止められていた車を妹が指差す。

 三人は足早に近寄り、車に乗り込む。


「話は聞いているな?」


 リーダー格の男が助手席に乗り込むと、運転手に訊く。


「ええ、聞いております。何やら危険な香りがしますが、こっちは貰える物さえ貰えれば、なんだってしますさ」

「黙っている事が前提だがな」

「そりゃ当然ですよ。誰かに話でもして、せっかくの金のなる木を逃すなんて愚かな事だ。そんな事はしませんので今後とも、どうぞよしなに……」


 運転手の言葉に、男は豪快に笑った。


「気に入ったよ。じゃあ、早速頼む」

「はい。では、行きましょうか」


 運転手は、運転を始めると口数が少なくなった。先程までの饒舌さは消え、真剣だ。

 男達が色々話していても気にしている様子は無く、リーダー格の男は余計な事は話さない、この運転手を気に入った。


 しばらく走り続けると、朝の通勤時間でもあるせいか、馬車に挟まれ速度が遅くなった。センター街では馬車道と車道は分かれているが、漠然としたものだ。馬車が車道に入り込む事も多い。リーダー格の男が運転手に向き直る。


「馬車は抜けないのか?」

「対向車もありますんです、なかなか」

「なるほどな。国も車を普及したいなら、もっと明確に馬車道と車道を分ける事を考えた方が良さそうだな」

「ええ。その通りですね」


 そんな話をしていると、ふとバックミラーに映った車が何気無く目に入った。

 後ろの車も馬車の遅さに苛ついているのだろうと、何と無く思った。

 目的地まで残り半分辺りとなった所で、リーダー格の男が再びミラーに映る車を見た。

 先程からずっと一定の距離で着いてくる車に、何と無く違和感を覚える。


「おい、運転手。どうも後ろの車につけられてる気がするんだが……」

「そうですか? この通りは割と車が多い通りなので、気のせいでは?」

「そうか……」


 男はミラーの中に見える車の中を見つめる。後部座席に人影が見える。ハッキリとは見えないが、茶色の髪をした男がこちらの車を見ている様な気がした。何とも言えない、野生の勘が「逃げろ」と言う。


「おい、運転手」

「はい」

「もう少し先へ行けば、少し道幅が広くなる場所があったな?」

「え? ええ。確かありましたが」

「そこで前の馬車を追い抜け」

「え! 追い抜き、ですか?」

「恐らく、俺たちは後ろの車につけられてる」


 その言葉に、運転手だけで無く、後部座席に座る兄妹も合わせて声を上げた。


「どうして……いつから」


 妹の方が口を開く。


「お前ら、どっかでヘマしてないだろうな?」


 リーダー格の男が後部座席に座る二人を睨みつける。


「そんな! いつも通り、慎重にやってる!」

「そうよ! 今までずっとバレずに来たわ!」


 抗議する二人を無視し、後ろの車を見る。


「どこでバレたんだ……」


 後部座席の二人から、困惑が混ざった声が聞こえてきた。


「今、考えた所でどうしようもない。事実、つけられてるからな。とりあえず、運転手。さっき言った通り、馬車を追い抜け」

「わ、わかりました。やってみます……」

「ああ。アンタなら出来るさ」


 

***



「旦那、前の車に何があるんです?」


 ダレンが後部座席から前方の車を見つめていると、運転手から声をかけられた。

 追いかけてくれと頼んだ時も、どこかこの運転手はノリノリだったが、やはり尾行する事が気になるのだろう。先程から、チラチラとバックミラーで見られてはいたが、とうとう聞かれてしまった。

 真実を言えるはずもなく、ダレンは先程考えた適当な言い訳を話した。


「前の車に、私の恋人が乗ったのを見たんです。男性と共に乗り込むのを見て……居ても立っても居られない気持ちになったんです! 本当は、仕事場に行こうとしていましたが……彼女を見て、それどころじゃない!」


 激情的にそういえば、運転手は「浮気の現場を押さえるのか!」と、声が高くなった。これは、俄然やる気になったのだろう。目的がハッキリした途端、運転手が前の車にピッタリとくっついて走り出した。


「あんまり近寄り過ぎると、勘付かれるかも知れませんから、少しだけ離れてください」と丁寧に言っても、運転手は前の車を追う事に集中し過ぎて、話を聞いてはくれなかった。


 そんな時だ。


 前の車が、急に馬車を追い抜き、猛スピードを出したのだ。 


「なに!? 尾行がバレたか!?」


 ダレンは慌てて運転手に「追いかけてくれ」と言ったが、ちょうど対向車が来てしまい、上手く馬車を追い抜けずにいた。

 漸く抜けた時には前に車は見えず、ダレンは舌打ちした。

 すると、急に車がガタガタと大きく揺れ始め、徐々にスピードが落ちていった。


「運転手、どうしたんだ?」

「旦那、申し訳ない。恐らく、そろそろ止まる。燃料切れだ。すまない」

「…………」


 ダレンはガックリと頭を落としたが、すぐにその頭を持ち上げ支払いを済ませると、車から降りた。

 ダレンはジャケットを脱ぎ、持っていた鞄に押し込む。


 ここから教会まで走れば十五分程で着くはずだと算段を付け、走り出した。途中でカツラを取りながら教会までの道を全速力で走る。緩やかな坂道。しかも舗装されていない道に苦戦しつつ、どうにか教会に辿り着くと、アワーズ伯爵家の車に気が付いた。

 運転席を見ると、誰も乗って居ない。


「キャロル!」


 大声で名を呼べば、すぐに院長と共にキャロルが教会内から出て来た。


 だが、その時には既に【女神の愛し子】は、連れ去られた後だった---。

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