第16話 尾行


 翌日。


 ダレンは朝早くから、第三王女の依頼にあったプラナス教会近くのカフェのテラス席に居た。

 茶色のカツラを被り、同色の口髭を付け、新聞を広げる。その視線は通りを歩く人々に向けられている。仕事へ向かう者達が通りを歩く。馬車が走り、車もチラホラと見かける。

 ダレンは車を眺め、あんなに便利な乗り物は、もっと普及しても良いだろうに、と考えていた。すると教会から南部の特徴的な男女が出て来て、先程眺めていた車に乗り込んだのだ。

 ダレンは残っていたコーヒーを飲み干すと、店員を呼びテーブルに金を置いた。それを見た店員がこちらに向かって来たのを確認し、ダレンはすぐさまテラス席から通りに出て、早足で車に近寄ったが、既に動き出した車には追いつけなかった。

 ダレンは急いで周りを確認し、空車の借出しらしき車を見つけると、すぐさま運転手に交渉をし乗り込んだ。


「あの車を追ってもらえますか?」

「あの車ですか?」

「ええ」


 馬車を追い抜こうとしているのか、左に右にとウロウロ動く車を指差すと、運転手はそれを追った。



***



 一方、キャロルは---



 エリックの居るカリッサ教会へ来ていた。料理長に頼んで、大量に作った焼き菓子を持って訪れると、子供達は大はしゃぎで喜んだ。その姿を、微笑ましく眺めていると、子供達から少し離れた位置で黒髪の少女【女神の愛し子】がキャロルを見つめていた。

 キャロルがニッコリ微笑むと、パチパチと瞬きを繰り返してこちらを見るだけで、なんの反応も無い。まるで観察されている様だと、キャロルは感じた。それなら、自分はいつも通り自然に振る舞って観察を続けようと、試みた。

 少女はキャロルの動きに合わせ、視線を動かしている。子供達に声を掛けつつ、さりげなく近寄っていき、少女の前に辿り着く。


「貴女も、お菓子を選んで良いのよ?」

「…………」

「今日はパウンドケーキが二種類と、クッキーが三種あるのよ? ケーキは乾燥させた葡萄が入っているものとバターの二種。クッキーは、バターとチョコレートとナッツの三種。どれがお好みかしら?」


 少女の背中に優しく手を置き、そっと促す様に菓子の入った籠を持つ侍女の前へ連れて行く。少女は素直に足を動かし、籠の前に立つと、僅かに瞳を大きくさせた。それは、よくよく見ていなければ、分からない程、僅かだった。


「さぁ、好きなものを取って?」

「どうぞ、どちらがよろしいでしょう?」


 侍女が個包装されたケーキを一つ手に取ると、彼女の前に差し出した。葡萄の入ったケーキを、じっと見つめ、そろそろと手を伸ばす。

 白く小さな手だ。キャロルが、その手に葡萄の入ったケーキと三種のクッキーが入った袋を手渡すと、少女は素直に受け取った。

 すると、小さく膝を折り、軽く頭を下げたのだ。淑女の礼にしては雑ではあったが、キャロルはニッコリと笑って少女の頭を撫でた。少女は、ビクリと身体を動かしたが、キャロルを見上げて、これまた僅かに口角を持ち上げる。ほんのり瞳が柔らかに微笑みに、キャロルは一瞬目を奪われた。

 すぐに消えてしまった幻の笑顔。だが、その微笑みが「何故だかこの先もずっと見る事が出来る」と、そんな予感がした気がしてならなかった。

 そんな事をキャロルが思っているとは知らず、少女は二人の修道女と他の子供達と共に裏庭へ向かって行った。

 キャロルは院長と話をするため、教会の中へ入って行った。

 

 恐らく、今日か明日来るであろう少女の両親と話がしたいと申し出ると、それは構わないと頷いてくれた。


「わたくしも、あれから彼女が本当に彼等の娘なのか心配になり、本人に訊ねてみましたが、何も答えてはくれませんでした……。もしも、【子供の神隠し】に関係する人々であるならば、わたくし共は彼女を渡す訳には参りません」

「ええ、私もそう思っているわ」


 二人が話ていると、外から大きな声が聞こえ、二人は驚きつつ急いで院長室を出た。


「キャロル!!」

「ダレン!」


 ダレンは酷く髪を乱し、口髭をつけた姿で息を上らせていた。驚いたキャロルを他所に、ダレンは「あの子は!?」と慌てた様に訊ねる。


「いま、裏庭で他の子供達と一緒にいるわ」


 その言葉に、ダレンは急いで裏庭へ向かった。

 しかし、そこには少女の姿はなく、誰もその事に気が付いている様子も無い。


「例の彼女の親という者達は現れましたか?」


 近くに居た修道女に訊ねると、彼女は首を横に振った。


「い、いえ……まだ……。あの子は、お手洗いへ行ったのだと……」


 その言葉にキャロルが急いで教会内のトイレへ向かった。数分もせず戻って来たキャロルは「居ないわ!」と叫ぶ。


「やられた!」


 ダレンは盛大に舌打ちをさせ、地面を蹴り上げた。


 

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