第15話 大馬鹿者


「ダレン! 貴方って人は……!! 普段、あんなに観察眼もあって慎重で頭も良い癖に!! なんでこんな時は馬鹿なのよ!!」

「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」


 顔を真っ赤にして怒っているキャロルの一言に、ダレンは仏頂面で口答えをする。



 エリックと別れてから、ダレンは一人、王女から疑惑の目を向けられているプラナス教会へ向かった。変装をし、ミサを受けるフリをして周りを観察する。

 エリックが見たという男女らしい人物や南部の特徴を持った人物が居ないか見たが、それらしき人は居なかった。

 その足で、キャロルにエリックの事やその他色々を報告をしにアワーズ伯爵家に来たのだが……。



「馬鹿だから馬鹿って言ってんのよ! いい? あのエリックって子は、あくまでもカリッサ教会に来る人物を観察して、不審者と思われる人物が来たら報せろって! それだけの筈じゃなかったの!?」

「まぁ、そうだな。最初はそのつもりだった」

「だった、じゃないわよ! 院長様とも、危険に巻き込まないと約束したでしょ!?」

「契約書には、危険だと判断した場合は、即解除をし、事態が終息するまで彼の身の安全を確保するとしているよ。だから、大丈夫」

「なにが!? どこが! 大丈夫だっていうの!?」


 怒鳴り散らすキャロルとは対照的に、ダレンは静かに答え、優雅に紅茶を飲んだ。


「紅茶を飲むなーーー!!」

「せっかく淹れてくれたのに、冷めたら勿体無いだろ?」

「いまは! それを! 気にしている場合かっ!!」

「まぁまぁ、キャロル。少し落ち着いて」

「貴方がそれを言う!?」

「あははは。キャロルはいつも元気だなぁ。ちょっと暑苦しよねぇ」

「はぁ!?」

「あんまり怒ると、皺が増えちゃうよ? それに、さっきから淑女とは程遠い口調になってる」

「だっ!!……誰のせいだと思っているのよ!!」

「ふむ。まぁ、この流れでいえば、僕だね?」

「……なんなの!! なんなのよ!! 本当に!!!」


 愉快そうに笑うと、再び紅茶を飲むダレン。その態度に怒り心頭のキャロルの怒鳴り声が、屋敷中に響いていたのだろう。サロンに一人の人物が入って来た。


「やぁ、ダレン。あんまり私の奥さんをイジメないであげてくれるかな?」


 黒髪の短髪に青空の様な水色の瞳。にこやかな笑みを浮かべてはいるが、その目は笑っていない。


 キャロルの夫、アーサー・アワーズだ。


 アーサーはキャロルの隣りに腰を下ろすと、彼女の肩を抱いて、もう片手で頭を撫ではじめた。


「別に、イジメてなんて居ませんよ。人聞きの悪い」

「アーサー! 聞いて! この馬鹿ったら、危険な任務に子供を巻き込んでしまったのよ! 最低だと思わない? もしその子に危険が及んだらどうしたら良いの!?」

「それは、大馬鹿者が悪いね。君が怒るのも当然だ」

「アーサー。なんで貴方まで僕を馬鹿呼ばわりするんだ。しかもなってる」

「あははは。君とは言ってないよ?」

「今の話の流れから、僕しか居ないだろ」

「あははは。被害妄想だよ、ダレン」

「…………」


 ダレンは半分据わった目でアーサーを見遣る。アーサーはニコニコと笑みを浮かべて、妻の頬を突いたり、頭にキスを落とす。

 これ以上、イチャつきを見せられるなら帰ろうと思ったダレンは、一気に紅茶を煽って立ち上がった。


「とにかく。明日はもっとプラナス教会周りを注意してみる。また何かあれば報告に来るよ」

「わかったわ」

「あ、あとアーサー。ちょっと頼みがある」

「私の可愛い奥さんをイジメないと誓ったら、協力してあげよう」

「……イジメて無いって……」

「ダレン? 出口はあちら」


 アーサーは、にこやかに出入り口へ掌を向け示す。

 ダレンはムッとしながら、アーサーに近寄り耳元で囁く。


「誰が結婚記念日を事前に教えた? キャロルの機嫌が良くて喜んだのは誰だ?」


 結婚十周年を忘れているだろうと、ダレンは事前に教えていた。ご丁寧に、キャロルが今欲しがっているブランドの服まで教えて。

 それに対し、アーサーはピクリと眉を上げ、ダレンの耳元に低い声で囁く。


「それをいうなら、第三王女への報告対応を誰が全て請け負っていると思う?」


 痛い所を突かれたダレンは、ガックリと項垂れた。


「……すみませんでした……」

「うん。素直が一番だよ、ダレン。それで? 頼みっていうのは?」


 ダレンはチッと舌打ちをしたが、アーサーに「ダレン?」と更に低い声で名を呼ばれ、慌てて愛想笑いをした。


 ダレンはアーサーに、とある貴族の当主と連絡を取って欲しいと伝え、アワーズ伯爵家を後にした。



***



 アワーズ伯爵家から出た時には、空はもう夜の姿をしていた。

 ダレンは懐中時計を取り出し時間を確認する。少し空を見上げて考えてから、ダレンは夜の街へと向かった。




「いらっしゃいませ、オスカー様」


 カウンターに立った男が、面の様な作った笑みを浮かべ、ダレンに挨拶をする。


「やぁ。彼女は?」

「ええ、最上階のいつもの部屋に」

「わかった……あぁ、これはいつもの。前回足りなかったと言っていたから、今回は多めに持って来たよ」


 ダレンはカウンターに大袋を置いた。中を覗いた男は、頬を緩ませる。袋の中身は大量の避妊薬だ。


「これは、これは。本当にありがとうございます。とても助かります」

「じゃあ。いつも通り、最上階には誰も近寄らせるな」

「もちろん、承知しております。どうぞ、ごゆっくり……」

「ああ……」



 最上階、といっても、この建物は三階建てだ。三階には二部屋しかない。その二部屋とも、用意された部屋だ。

 階段を上っていくと、夜の蝶が嬉しそうに微笑んで挨拶をしてくる。甘い香りを漂わせ、ダレンに憧れの視線を向ける者はいるが、手を出してくる者は居ない。ダレンが誰を目的に来ているのか、知っているからだ。そしてまた、その人物もこの館では一目置かれているからこそ、ダレンに迫る者は居ない。


 目的の部屋の前に到着すると、三度ノックをする。中から聞き慣れた声が聞こえて、ダレンは部屋の中へと入った。


「お久しぶりですわね、ダレン様」

「久しぶりだな、ルシア」


 白を基調としたデザインの部屋。広々とした部屋の真ん中には、大きなベッドが一つ。

 手前にローテーブルと二人掛けのソファが一脚あるのみ。奥にある扉は、トイレと風呂場になっている。風呂場は広々としており、二人で入れる様に大きな浴槽がある。


 ダレンは、ベッドの上に横座りしている女の前へ立つと、そっと頬に触れる。

 ルシアと呼ばれた女は嬉しそうに目を細め、その手に頬を摺り寄せる。年齢不詳の見た目は、ダレンより年上と言われれば、そう見えるし、ダレンより年下だと言われれば、違和感なく受け入れてしまう。

 太陽の光の様に輝く金色の髪に、青緑の瞳。品のある顔は美しく、儚さも見て取れる。


「今日は、どんな事をお聞きになりたいの?」


 ルシアは蕩ける様な瞳でダレンを見上げる。ダレンは無表情のままベッドに腰掛けて、彼女の頬を引き寄せた。

 軽く重ねた唇はすぐに離され、再び重なる。


「十五年前の事を探ってる。明るい赤茶色の髪をした貴族が、ここに通っていなかったか調べて欲しい。そして、同時期に妊娠し出産した娼婦がいないか調べて欲しい。娼婦は恐らく貴族出か……もしくは、金持ちの商人の娘か。その辺を詳しく調べてくれないか」

「ええ。分かりましたわ。ところで……この間の報酬は、いつくださるの?」

「その日に与えたろ」

?」

「……その言い方は、足りなかったのか?」

「うふふふ……。女に言わせるのは、野暮ですわよ?」


 ダレンは僅かに息を吐くと、スーツのポケットから小瓶を取り出し、蓋を開ける。一気に煽り、ゆっくりルシアをベッドへ押し倒し、そのまま深い口付けを交わす。その口の中に液体を流し込み、ルシアが飲んだのを確認すると、濃厚で、快楽に深く沈み込みそうな甘さを持った口付けが、長く長く続く。

 女の身体の上を不埒に動き出したダレンの熱い掌に、女の甘ったるい声が漏れ出した。



 その日、ダレンは貴族のみが通う会員制高級娼館で夜を明かしたのだった。

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