第14話 謎解きの方法


 契約書を交わし、早速ダレンが詳細を話し出したが、エリックは「本当に、なんでオレを!?」と何度も言い掛けた。


 【子供の神隠し】については、教会の日曜日礼拝に来る大人たちの話で知ってはいた。

 だが、それを行っているのが、この辺りでは一番大きな教会で。しかも、王族が結婚式などで利用する教会で。そんな犯罪が行われているかも知れない事に、大きな衝撃を受けた。

 そして、話を聞けば聞くほど、自分が協力する事でどう役に立つのか、エリックは分からなくなっていた。


「この国は、教会同士横の繋がりが強い。君に頼みたいのは、毎朝、教会新聞を配る時にプラナス教会の周りはもちろんだが、他の教会の周りに例の男女が居ないか。もしくは、彼らと同じ様な言葉を交わしている人物が居ないか、その耳を使って探って欲しい」


 教会新聞とは、王都内またはその付近にある各教会が持ち回りで作る地域新聞の様な物だ。エリックが居る教会が一番街から遠いのだが、今月は、たまたまエリックが居るカリッサ教会が担当月で、毎朝の新聞配りがエリックの仕事となっている。

 その事について、ダレンは昨日の時点で院長に聞いていた。だから、遣いの仕事は昼以降で頼むと言われていたのだ。それはかえって好都合だった。


「あの、ダレン様……」

「なんだ?」

「さっき、ダレン様は、オレの話を聞いて、犯人は彼女を連れて来た人達だと、気が付いたんですよね? それは、なぜですか? どこで、気が付いたんですか?」


 ダレンが本を漁り、答えを見つけ出した。あの言葉は、どういう意味があるのか。エリックは、その謎解きが気になった。


「そうだな。簡単に言えば、君の教会へ一番初めに向かったのは単なる偶然ではあったんだ。教会の横の繋がりを考え、まずはセンターから遠い教会を隠れ蓑にするのでは無いかと思った。それで行ってみたら、この辺では見かけない人物が子供を預けたと。そこで、すぐに疑った。君が話した相手の風貌は、港町によく見られる人々の特徴に似ている。焦茶色の髪は珍しくは無いが、瞳の色も焦茶色となると、一気に範囲が狭まる。男女どちらかが、というなら犯人候補から外したかも知れないが、男女とも同じ色だった。そして男の体格だ。低身長と言ったが、院長と似たような身長だったんじゃないか?」


 ダレンの言葉に、エリックはハッとする。確かに、院長よりは高くはあったが、似たような背丈だった。それを思い出し頷くと、ダレンは言葉を続けた。


「その身長で体格が良い、そして浅黒い肌となると、南部の船乗りの可能性が高い。更に君が見たタトゥーだ。縄のタトゥーは船乗りである証拠でもある。タトゥーにはそれぞれ意味があるんだ。縄には甲板乗組員だという意味がある。そして決定的だったのは、君が聞いた言葉だ。濁音の多さは、海の近くの特徴でもある。いつか言語学者が書いたレポートに、そんな事が書いてあったんだ。それらを総合してみた時に、幾つかの国や地域が思い浮かんだ。君が聞いた言葉。【ガジデラ】だが、南部地方の港町言葉だ。波の音に掻き消されない様に、言葉の音を濁らせ響かせるんだ。そうする事で、騒がしい場所でも声が届く様にしたと言われている。彼等独自の言葉なんだよ」

「【ガジデラ】は、どんな意味なんですか?」


 真剣な眼差しで話を聞いていたエリックが訊ねると、ダレンは先程、自分が見ていた本を一冊取り出し、エリックの前に置いた。それは、南部にあるイベラ帝国という国の翻訳辞典だった。

 開かれたページ。ダレンの男性にしては細く長い指が示す単語に、エリックは言葉を飲み込んだ。




【ガジデラ】

意味 : 拉致、誘拐、連れ去り等、対象の人物が望まない場所へ、強引に連れて行くこと。




 ダレンが指差す項目の文章から、目が離れない。


「奴等が何を話し、この単語を口にしたのかは分からない。だが、恐らく彼女は不運にも奴等の何かを見たか、聞いたかし、捕まったのだろう。奴等にとっても彼女の拉致は予定外だった。何故なら、彼女の服装と彼等の服装があまりに違いすぎるからだ。想定内であれば、服の用意がある筈だ。想定外だから用意が無かった。だからこそ、彼女を連れて歩け無かった。それならどうすれば良いか。例えば迷子を見つけたから、親を探してくるなど理由は何でもいい。何かしら相手が納得出来そうな理由を付けて預けられる場所。常に人の目があり簡単に逃げ出せない場所。そして、次の出港まで預かってくれる場所。警察に預けないのは、当然、警察が親を捜すだろうし、自分達の悪事がバレたら捕まるからな。ならどこがいい? 孤児院だ。今回は君の居る教会だった」


 ダレンは辞書に書かれた【ガジデラ】という文字を指先でなぞる。


「つまり、この言葉からすると、彼女は【神隠し】対象の子供だろう。春頃から【一時預かり】の子供が増えたと聞く。恐らく、そうした子供の多くは、彼女と同じ理由。何かしらの理由で、連れて歩け無かったと考えられるかな」


 ダレンの流れる様な言葉に、エリックは驚きながらもひとまず頷いたが、不安の方が大きくなっていた。

 こんな大仕事を、自分が本当に出来るのだろうか、と。すると、その不安を読み取ったかの様にダレンが「大丈夫だ」と言った。


「そんなに堅くなる必要はない。普段通りで良いんだ。あまり意識し過ぎると、反対に不自然な行動になって、相手に警戒心を与えてしまうからな。普段通り過ごせばいい。いつも通り新聞を配達して、その中で聞こえた物が、例の言葉に似てると思ったら、僕に直ぐに知らせて欲しい。そんなに難しく考えなくて大丈夫だ」

「……はい」


 間も無く十五歳になるとはいえ、まだ子供だ。エリックには、荷が重い気もしたが、ダレンの「大丈夫」という言葉が、強く背中を押してくれる気がした。エリックは、まだよく知りもしないダレンを、自分の心は相当、信頼しているのだと感じた。野生の感だろうか、などと思っていると、ダレンが「今日はもうお開きにしよう」と言った。


「僕はこれから出掛ける用があるから、途中まで送る。また明日、昼過ぎにおいで。万が一、急ぎの知らせがある時は……」

「電話ですね」

「ああ。この家には無いが、近くの煙草屋に電話が繋がる。そこの亭主にオスカーに急ぎの連絡を、と言えば直ぐに繋がる」

「分かりました」

「くれぐれも、危険な行動はしない様に」

「はい……」


 エリックは力無く返事をした。さっきまで、腹一杯になって幸せな気持ちでいたのに、一気に脳を使ったせいか、妙に口が、腹が、何かを求めていた。


「ダレン様……」

「どうした?」

「いつでも、を求めても良いって契約書にありましたよね?」

「ん? ああ。そうだな」

「……お腹空きました……」

「え!?」


 エリックの一言に、ダレンは唖然とした。


 そして、育ち盛りの子供の食欲は凄まじいのだと、衝撃を受けたのだった……。

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