第3話 アーサーの依頼


「それにしても、護衛というが、僕達よりも伯爵家の護衛を付けた方がいいだろ?」

「家であればそれでも良いが、外に出る時はあまり目立ちたくはない」


 ダレンの言葉にアーサーが穏やかな声で返すが、すぐさまダレンも反応する。


「護衛達に私服でも着せれば良いだろ? 僕達である必要性を感じないが」


 最もな言葉にアーサーが口を噤むと、それを見ていたキャロルは隣に座るフィーリアの両肩に手を当ててダレンを真剣に見つめた。


「ダレン! 見て、このリアの可愛さ! 美しさに磨きが掛かって、眩しいまでに輝いているリアを見て!」


 その言葉に、ダレンは戸惑いが混ざった表情でフィーリアを見る。

 出会ったばかりの頃でも、じゅうぶん目を引く少女だったが、当時より肌艶が良くなり、頬もふっくらとして愛らしさが増している。


「まぁ、確かに。その辺の令嬢よりは目立つな」

「可愛いでしょ!? 美しいでしょ!?」


 キャロルの勢いに、顔を顰めつつ「ああ、まぁ、そうだな」と同意の言葉を返せば、一瞬、フィーリアの瞳が輝いた。


「恋したくなっちゃう?!」

「いや、それはない」


 即答で否と言えば、瞬時にフィーリアの瞳の輝きが消えた。


「リックはどう!?」


 突然、愛称で呼ばれ、矛先が自分に向かって来たエリックは「え? オレ?」と目を見開く。


「あり得ないですよ。フィーリアは、オレにとっては妹ですから」


 エリックは両手を前に出して左右に振り、否定した。


「だからこそよ……。いい。貴方達二人なら、リアの美しさ、可愛さに翻弄されずに護衛が出来るってことよ!」

「……何を言っているんだ?」


 瞬きを繰り返し、眉間の皺を深くしながらダレンが訊ねる。


「うちの護衛達は、リアの可愛さにメロメロなのよ! 誰がリアを護衛するか、それはもう血が流れる程に……」


 キャロルは何かを思い出したのか、ダレンから視線を逸らし、フッと顔を歪め笑った。


「まぁ、つまりだ。キャロルが言いたいのは、リアに夢中にならず、しっかりと周りを見て護衛に集中出来る人材が必要なんだよ」

「そう! もしリアが、いえ、必ずリアが女神に選ばれるに決まっているのだけど! そうなったら今より注目されるのよ。今までは貴族の間でだけだった注目が、市井の人々にも注目される事になる。それに」


 キャロルの言葉を引き継いでアーサーが続ける。


「近年【春の祝福】は、国内外にも広く知られている祭りだ。【春の女神】役の少女は、婚姻適齢期でもあるから、他国からの貴族や王族からの注目度も高い。そうなると、それなりに腕の立つ護衛が必要になるのだが、残念ながら我が家の護衛達は……」


 そこまで言うと、アーサーも先程のキャロル同様、ふと遠くを見る様に宙に視線を向け、フッと短く笑った。

 何となく事情を察したダレンは、エリックをチラリと見ると、エリックも困った様な笑みを浮かべダレンを見た。

 二人ともやれやれと小さく笑い合い、そして「わかったよ」とダレンが答えた。


 その答えに、目の前に座る三人は分かりやすく顔を輝かせ「ありがとう!」と声を揃えた。

 なんとも仲の良い家族だと、ダレンは呆れの混じった顔で笑ったのだった。





 今後の護衛について話し合いを終え、雑談をし出したキャロル達をよそに、アーサーが席を立ってダレンに耳打ちしてきた。


「ダレン、少し良いか?」

「ん? ああ」


 ダレンに席を立つ様に促すと、キャロルに「少しダレンと王宮の仕事の話をして来る」といい、リビングを出て行った。


 二人は三階にある書庫へ入った。


 窓際に、二人掛けのテーブルがある。

 アーサーは黙って、その椅子を引き腰を下ろす。


「護衛以外に、何かあるという事か」


 ダレンが立ったままそう問えば、アーサーは短く笑い「そうだ」と答えた。


「まだ、公にはなっていないが。今回、【春の女神】に立候補して来た少女達が数名、行方不明になっている」


 ダレンはアーサーの対面の椅子に腰を下ろすと、話を続けるよう手を差し出し促す。


「今回、実行委員長を任されたのが、私の部下なんだ。コーディ・ブラントンという男なんだが」

「ああ、面識は無いが知っている。ブラントン子爵家の長子だったな」

「ああ、そうだ。まだ若いが、責任感も強く、とても仕事が出来る男だ。そんな彼だからこそ、気が付いたのだと思うのだが」


 ダレンは黙って耳を傾けた。


「以前までは、立候補者の応募は少なかったらしいが、今回、立候補と推薦が同数ほど集まったらしい。応募数としては、過去最高だと言っていた」


 【春の女神】役募集は、貴族のみならず平民からも応募を募っている。それは、元々が平民達が行って来た祭りだったからだ。


 近年、観光客誘致政策を行っているせいか、こうした大きな祭りに国も関与する様になり、金を掛けて大々的に宣伝をされている。

 観光に来るのは近隣諸国の金持ちの商人や貴族、友好国の王族などがやって来る。その中で、ここ数年連続で【春の女神】や【秋の女神】に選ばれた少女が見初められ、そのまま婚姻に繋がることも。

 自薦他薦問わず、片手に収まる程度だった応募数が、近年は両手では収まらない数になったのだ。


「ここ数年は平民の実行委員に加えて王宮からも数名が実行委員に選ばれているのだが、今回はあまりの人数の多さに、平民の実行委員と手分けをして、まず平民の立候補者へ面談をしようと応募者の家へ向かったそうだ。だが、その内の三人が不在だった」

「貴族と違い、平民の娘であれば働きに出ているなど不在の理由はいくらでもあるだろ」

「ああ。だが、不在では困るために、前触れも出していたんだ。それで予定を合わせて会う事になっていた」

「なるほど。続けて」

「ああ。ただ、問題はここからだ。親達が少女の不在は【春の女神】役の為の宿があると言って、家を出ているんだ。不可解に思ったコーディが、平民の実行委員にその事を聞いたが、誰もそんな合宿は行っていないし、知らせてもいないと言うんだ」


 アーサーの話しに、ダレンの瞳が鋭く光る。


「応募数は、何件あったんだ?」

「応募者数は全部で十九名。そのうち平民の少女は九名で立候補者は、五名だったそうだ」

「その五名のうち、三人が不在」


 ふむ、と腕を組むと、ダレンはふと思った事を訊ねた。


「その三人に面識は?」

「いや、無かったと聞いている。そもそも、住んでいる場所も、仕事も共通点となる物は無かった」


 その答えに、ダレンは一つ頷く。


「他の二人は?」

「家に居た」

「合宿の話はしていたか?」

「いや、していないと聞いている」

「警察には?」

「念のため知らせてはいるが、公にはしていない。国が関与している祭りだ。何かの事件が起きているとなると、外聞も悪い。この祭りには国も大金を出しているからな。失敗するわけにはいかない。祭りが始まるまでに、どうにか解決したい」

「ふむ」


 ダレンは黙ったまま人差し指を口元に当てて、目を閉じた。思考の海に潜り込む。


 待つこと数秒。


「合宿へ行ったという少女達が、前日まで何処で何をしていたか調べてみたか?」

「いや、そこまでは聞いていない」

「早急に調べてみよう。それから、他の立候補者の名前を教えてくれ。貴族の立候補者についても一緒に」

「ああ、わかった」

「アーサー」

「なんだ?」


 ダレンから鋭い視線を感じ、アーサーは立ち上がろうとした身体を椅子に戻す。


「この事は、キャロルは知っているのか?」

「……いや」

「フィーリアを囮にしようとでも言うのか?」

「それは違う! フィーリアを巻き込む気はない。だからこそ、最初コーディからフィーリアが推薦で名前が上がっている事を聞いた時は、年齢を盾に断ったんだ。だが、何処からか話が漏れてキャロルの耳に入ってしまって……」

「ああ……なるほど。キャロルが喜びそうな話だからな……」


 ダレンは気の毒そうにアーサーを見遣った。


「だが、この話をして辞退しようと相談すれば良かったんじゃないのか?」


 ダレンの言葉に、アーサーは目を伏せ、息を吐く。


「そう思ったさ。だが……私の父も、思いの外、乗り気でな……」


 堅物だと有名なアワーズ現伯爵の顔が瞬時に浮かぶ。あの顔がデレるのかと、ダレンは苦笑いした。

 

「あの人も、キャロルとリアには甘くてね」

「伯爵とキャロル二人で盛り上がり過ぎて、言うきっかけを失ったという事か」

「まぁ、……情け無いが、そういう事だ……」


 普段は涼しい顔をしか見せないアーサーの、珍しく弱り切った顔にダレンは小さく笑う。


「なるほど。それもあって、僕達に護衛を、という事か」

「ああ。宜しく頼む」

「わかったよ。ところで、報酬は誰から出る?」

「国から出る。内々に解決するように言われている」

「わかった。依頼の両方とも、引き受けよう」

「ありがとう、ダレン」

「フィーリアの護衛については、貸しにしよう。また何かで返してもらうよ」

「承知」


 二人は小さく笑い合ってから、部屋を出た。


 

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