第116話 絶望と夜明け

津波の災害記述があります。

苦手な方は注意をお願いします。

一区切りを入れておきますので、苦手な方はそこまで飛ばしてください。




ただひたすらに走る。

川からあふれた水が足元をすくい、獣道をわかりにくくしている。

それでも、ダイクは、迷うことなく走り続けていた。


「間違いない。たのむ、、、たのむっ!」

ただただ、叫ぶように、祈るように走るダイク。


間違いない。

恐らく津波が発生した。

地震すらなかったけど、間違いは無い。

海の側で生きる上で、一番怖い災害。


足がぬかるみ、上手く走れないけど、それでも両足を前へと出す。

ダイクは声すら出なくなっていた。

かなり早いペースで走っている。

あまり体力の無い、ミュアの息も上がっていた。


必死に走り。

木々を抜け、高台に出た僕たちが見たのは、絶望の光景だった。

「う、、嘘だろ」

ダイクが、膝から崩れ落ちる。

一面水。

見渡す限り、真っ黒な水。

船も、家も。

茫然とたたずんでいると、叫び声が聞こえて来た。

僕たちがいる高台へと上がって来る人達。

ダイクの名前を呼ぶのは、アヤさんだった。

けど、その顔は。

必死な顔でアヤさんの手を引いている男の子。

唇を噛みしめて。

目を見開いて。


皆が高台に着いたあと。

下の水を見て全員が茫然とする。

ダイクがアヤさんを抱きしめる。

アヤさんが何かを伝え。


ダイクが吠える。

「くそやろうっ!俺達が何をしたって言うんだよっ!何だよっ!これは何なんだよっ!」

その場に泣き崩れるダイク。


男の子が、耐えきれなくなったのか。

膝から崩れ落ちたまま、涙を流し始める。


ダイクの家族が一人足りない。

料理をおずおずと手伝っていた女の子は何処に?

気の強い、アヤさんによく似ていた女の子は?


「呑まれたの、、、」

アヤさんの小さな呟きが、酷く残酷だった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


海の一部となった元陸地だった場所で、巨大な蛇のような竜のような魔物が顔を出し。

一回跳ねて、再び沖へと泳いでいくのが見えた。


「海の王だ。あいつが原因だ」

村人の一人が呟く。

海竜。いや、巨大な海蛇のようにも見える。


それを聞いた瞬間。

僕は海の中へと飛び込んでいた。


全く前が見えない。

それでも魔法で自分の周りに空気の幕をつくり、風魔法を使ってジェット水流を生み出して蛇を追う。

心がざわつく。

怒りが。絶望が。

何かにぶつけないと自分の気がすまなかった。


泥水の中、蛇の尻尾が見える。

「逃がすかよっ!」

魔力ビットは水中では動きが鈍い。

咄嗟に風魔法を放つ。

しかし、蛇をとらえる前に魔法は消滅する。

距離感を間違えていたらしい。

「くそっ。やりにくいっ」

思わず愚痴が出る。


突然、背中に激しい衝撃を受けた。

「くそっ!」

後ろを見ると、巨大な木材がぶつかってきたらしい。

多分、家の柱だったもの。

普通なら背骨を傷めてもおかしくない衝撃だったけど、僕の異常なステータスは、痛いくらいでダメージを押さえてくれている。


再び視線を蛇へと向けると。

居なくなっていた。


マップで確認するも、広大な広い海が映るだけ。

魔力感知の魔法を使うも範囲外。

けど、僕の勘があの蛇は凄まじい速さで沖へと逃げて行ったのだと感じていた。


「マスター?」

戻って来た僕の顔を心配そうに見つめるミュア。

そんなミュアに僕は首を振る事しかできなかった。

その動きで察したのか。うつむくミュア。


「くそがっ!」

大地に拳を叩きつけるダイク。

そんなダイクにすがりつくようにして泣いているアヤさん。


そんな二人の姿が目に入って、何も出来ない自分が情けなくなる。

けど。

ただ。

あいつだけは倒す。


きっとそれは自己満足だと思う。

あいつを倒した所で、あの元気な女の子は帰って来ないし、ダイクたちの悲しみが無くなる事も無いと思う。

それでも。

「絶対許さない」

折れるほどに自分の武器を握りしめて僕は呟いていた。



どんな辛い夜も、明ける時が来る。

日が昇り、朝日に照らされながら水は引いて行くのだった。


水が引いた後。

全ての家は流されて消えていた。

無言で瓦礫を片付け。

ダイクは自分の家があった場所に、少し大きめの十字架を突き刺していた。

「助けらなくて。情けない親父ですまん」

表情が無くなった顔で十字架を見るダイク。

その顔には覚えがある。

好きだった人が居なくなった後の自分と同じ顔をしていた。

「姉ちゃん!俺強くなるよっ!姉ちゃんが安心できるようにっ!僕が赤ちゃんも守るからっ!」

男の子が十字架に誓いを立てる。

ダイクとアヤさんがびっくりした顔をしていると。

「だってっ!もっと強かったら、姉ちゃんも連れ戻せたかもしれないからっ!僕は強くなって、強くなって、、、おとうさんも、おかあさんも、守るからっ」

自分の子供の言葉に。


ダイクとアヤさんの顔が微笑みに変わっていた。

「そうだったな。初めから。ここに連れて来られた時から、この世界は最悪だった。だからこそ。アヤを。家族を守ると誓ったんだったな。俺は」

男の子の頭を撫でる。

「お前に先に言われてしまったな。惚けている場合じゃないな。あの子に笑われてしまう」

「そうね。あの子のためにも。今までの人のためにも。精いっぱい生きないと」

手を繋いで。立ち上がった二人を見ていると、ミュアがそっと僕の手を取る。


「マスター。マスターには私がいます」

抱き着いてくるミュアをそっと抱き寄せる。

「ああ。分かっている。ミュアは絶対守るよ」

もっと強くなりたい。

出合った人を。

出合ったささやかな幸せを守れるくらいには。

何十億を倒す力の前に。

目の前の人を守り通せる力を。


自分の中で決意を固めていると。

ダイクが少し申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ていた。

「すまない。ゴブリン、、退治してもらったんだが、、、俺の財産は全部流れちまった。で、報酬なんだが、、、」


この状態で、そんな事を気にし始めたダイクに。

思わず僕は笑っていたのだった。


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