2章 港町編
第112話 港街
「これが海なのですね!」
笑顔で海を見るミュアがとても眩しく見える。
「ああ。海だねっ」
目に見える一面の水。
懐かしいとしか言いようがない。
海なし県もあるけど、僕自身は海あり県出身だもの。
気持ちがすごく上がっている。
それを感じているからか。
ミュアが少しだけ戸惑った顔をしている。
さあ、行こうか。
懐かしい臭いを胸いっぱいに吸い込んで。
笑顔を浮かべていた。
「マスター、少しこの匂いは苦手かもです」
ミュアが苦い顔をしている。
「生き物が腐ったようなにおいがします。あまり気持ちよくありません」
街に入ってからは、ずっと僕のローブに顔を埋めている。
極力匂いを嗅がないようにしているようだった。
ミュアは、森育ちだもね。この独特な海の匂いは嗅ぎなれていないと辛いかも知れない。
するすると、魔物の素材で作ったマフラーのような物をマスクのように鼻と口を塞いで、ミュアに巻いて上げる。
「少し、楽になりました」
そんなミュアを一撫でして歩いて行く。
街は賑やかだった。
船が入った所なのか。
荷台が忙しく行き来している。
明らかに海の男と分かる黒い集団が歩いていた。
喧噪と、激しい呼子の声が町中にこだましている。
王都も人は多いが、ここは、「生きている」街だった。
門番もいるのに、出入りは一切止められない。
もの珍しく周りを見ていると、女性が突然腕を掴んでしなだれかかって来た。
「ねぇ。お兄さん。今からどうかしら?」
腰と胸にほんの気持ちくらいのささやかな布をつけた女性だった。
化粧をしているとはいえ、美人だと思う。
「悪い。それは間に合っているんだ」
飲み屋街で、こんなふうに寄り添って来る女性に引っ張られた事を思い出す。
どれもろくな事になならなかったよなぁ。
しなだれかかってくる女性をそっと離しながら断る。
すると女性は隣で機嫌が悪くなっているミュアを見つける。
「あら。ごめんなさい。彼女さんだったの?それはごめんなさいね。大事にしてあげなさいよ」
笑いながら僕を一撫でする。
「もったいないけどね。あなた、絶対満足させてくれそうだもの」
そろそろミュアが爆発しそうだ。
「冒険者ギルドってどこにあるんだ?」
「冒険者ギルド?ああ、ギルド酒場なら、あっちよ。私の踊りも見て行ってくれるとうれしいな。私、夜はあそこで踊っているの」
笑顔だけ残してそのまま街の喧噪の中に消えて行くお姉さん。
「行きましょう!」
かなり機嫌が悪くなっているミュアに連れられて僕はギルドへと足を向けるのだった。
「らっしゃーい」
ギルドの建物に入ると。
まさに酒場だった。
奥にカウンターもあり、マスターらしい男性が酒をついでいる。
また、逆の奥には、ダンスホールもあり、激しく踊っている女の子たちが見えた。
布面積の少ない女の子たちが、せわしなく食事を運んでいる。
そんな状態なのに、壁には依頼書が張られていたり、商人からの買取依頼の紙、販売依頼の紙まで貼られている。
まさに何でも屋といった感じだった。
女の子たちを見て、再びふてくされているミュアを連れて、僕は奥のカウンターへと向かうと、銀貨を一枚置く。
「冒険者か?顔を見ないから、新入りか。何を探してる?」
マスターは、銀貨を取りながらこちらへと視線を向ける。
「簡単に食べれる物と、軽い酒を。あと、甘い飲み物を」
ミュアを一目だけ見ると、いろいろな液体を混ぜ合わせ始める。
本格的なシェイカーは無いけど、きちんとしたバーも兼ねているみたいだ。
「ここは、何でもそろうの?」
「何でも、、というわけには行かないが、ほとんどの情報はここにあつまる。あとは、、男達のはけ口にもなっている」
と言う事は、やっぱり配膳している女の子たちもそう言う職業なんだろうと納得してしまう。
「ところで、知り合いから海に異変が起きている。困っているから、調べて欲しいと言われてきたんだけど。そんな感じはまったくないね」
出て来た飲み物を飲みながらダルワンの依頼を聞いて見る。
ダルワンは、、、金が無いの一点張りで、僕たちに丸投げして消えた。
「ああ。依頼を出すほどじゃない。最近、魚が上がらなくなって来ているくらいだが、まだ本格的に困った事にはなっていない」
揚げられた魚が出て来たため、ミュアと二人でその魚をつつく。
しかし、ダルワンの口調だと、急いで調べて欲しいみたいな感じがあったのに、思ったよりも落ち着いているみたいだ。
「依頼でも探しているのか?」
久々の新鮮な魚を真剣に食べていると、マスターは少しだけ笑っていた。
「ちょっと大きな仕事があるかと思って来たんだけど」
「それほど大きな依頼は無いな。ランクは?」
「Cランクで、魔法メインだよ」
少しだけ考えると、マスターは、カウンターの下から一枚の紙を引っ張りだして来る。
「ここから南に小さい漁村があってな。そこにゴブリンがちょくちょく来るんだ。群れでは無いという事なんだが、いかんせんゴブリンだ。新人を行かせるわけにもいかなくてな。引き受けてくれると嬉しいんだが」
僕はうなづくと、書類にサインをする。
ゴブリンを一匹みたら、100匹はいると思え。
冒険者の中でささやかれ始めた言葉だ。
僕が昔いたあの街が襲われた時。あの場所にいた冒険者が言い出した事らしい。
確かに。
数十匹と思っていたゴブリンが、実は数百匹もいたんだから、正しいのかも知れない。
「金がなくなっても、また食べに来い。冒険者に限って、死ぬまでつけで食べさせてやれる」
マスターはお代として出した銀貨数枚を受け取りながら笑いながら言う。
久しぶりの魚に涙が出そうだった。
けどね、僕、じつは小金持ちだから、大丈夫だよ。マスター。
「美味しかったですね。マスター」
ニコニコと僕の後ろで笑うミュア。
「そういえば、魚は大丈夫なのか?」
王都にいた頃は、あまり魚を食べていなかった事を思い出して聞いて見る。
「王都の魚は、苦手でしたが、ここの魚は大丈夫でした」
ああ。そういえば、王都で出る魚は全部川魚だった。
苦みがある奴が多かったなそういえば。
それを考えたら、海魚はミュアにとって初めてになるんだ。
そんな事を考えながら、近場の宿に入り二人で休む事にする。
しかし。
港街。「生きている」街を甘く見ていた。
激しい荷台の音。男達の笑い声。
酔った女性の甲高い声。
朝早く起き。
いつ海ののまれて死ぬか分からない男達は、陸に上がってしまえば、寝る間も惜しむ。
中世の世界ではそんな事が書かれていた事を思い出す。
「マスター、お願いがあります」
「分かっている。近くに拠点を建てよう」
一日中続く騒音問題で眠れなかった僕たちは、ぼーっとする頭をなだめながら、寝れる場所を確保しようと強く思うのだった。
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