第110話 赤い小屋にて。踏みつぶす

「マスター?」

ミュアが、小さく震えていた。

何があった?


魔物でもあり、家畜でもある赤牛たちが、腹を裂かれて倒れている。

モグラオオカミかと思ったけど、違う。

明らかに、鋭利な刃で切り裂かれた跡。


その赤牛の中心。

気の良かったおじさんが、転がっていた。


顔がぐしゃぐしゃで、分からないけど、僕には分かる。

なぜなら、データベースが、残酷に【ダンの死体】と、表示してくれているからだ。


魔物が襲ってきたのか?

いや、魔物の死体だと、こうはならない。

首は、綺麗に。本当に綺麗に切り取られている。

魔物の仕業ではない。


おじさんの欠片を見ないようにして、歩き出す。

ミュアが僕の唇を奪う。

情けないけど。

まだ、死体を見ると足が震えて動けなくなる。

今はミュアが動けなくなっているから、ミュアをお姫様だっこしている。

首に手をからめたまま、震えるミュアを抱き寄せながら歩く。

家の中は、もっと悲惨だった。


テーブルが、食器が。

あらゆる物があちこちに散乱して、割れている。


この家にいた、小さい、それでいてしっかりしていた女の子を思い出す。

「カイナ?」

寝室の扉が壊されている。

僕が寝室に入った時。


異様な臭いに、思わず顔をしかめる。

血と、糞尿が混じった臭い。

何かが腐った臭い。


思わず目を閉じた自分とは違い、ベッドの上を見てしまったのか。

ミュアが、悲鳴を上げる。


ベッドの上に。

小さい女の子がいた。

服を破かれ。

裸にされて、足を開いたまま寝ている。

いや、、、、腹が、、、、

垂れ流しになった排泄物。

切り裂かれたお腹。

汚されて、ぼろ雑巾のように放り出されている女の子。

だったもの、、、、


思わず吐きそうになる。


盗賊か。

絶対に許せない。。。。


ついこの前。

盗賊の村を壊滅させた事に怒りを覚えていたのに。

今は盗賊に怒りを覚えてしまう。


「マスター」

ミュアが、震える手で、そっと床を指さす。

そこには、短剣が落ちていた。


そっと拾う。

血糊がついたその短剣は、あきらかにカイナを切り裂いた物。


王都に売っている物じゃない。明らかに王都で使われている鉄ではなく、鋼で作られた短剣。

「誰だよ。お前は、、、」

絶対に許さない。


こんな子供を、、

そっとミュアを降ろして。

カイナを抱き上げる。

そっと外へと出してあげて。

ダンと一緒に、並べる。

「ミュア、、、お願いできるか?」


かなりつらいお願いに、ミュアは頷いてくれる。

震える足を振り絞って、立っているミュアの火で二人は燃えて行く。


二人が燃え尽きた時。

僕はその場に膝をついていた。


なんだよ。なんなんだよ。

セイにいたあの女の子も。

カイナも。

何をしたって言うんだ。

なんで、あんなに辛い思いをしなくちゃいけないんだ。

何で死ななきゃいけないんだ。


二人の灰の前で。

打ちひしがれていた。

「マスターが悪いわけじゃありません」

ミュアがそっと頭を撫でてくれる。

「じゃあ、誰が悪いんだ?何が悪いんだ?なんでこうなる?なんで、あんな子があんな死に方をするんだよ!」

気持ちが。

行き場を失った気持ちがあふれ出る。


「ミュアも、分かりません。でも、マスターのせいじゃありません。マスターが気にする事もありません」

ミュアの一言に。

何故か訳の分からない怒りがこみ上げる。

気が付いたら、僕はミュアを押し倒していた。

ミュアは、優しく微笑む。

「ミュアにも、どうしていいか、分かりません。でも、ミュアに、マスターの思いの全てをぶつけてください。マスターが持っている闇を、私にも背負わせてください」

ミュアの紫の目が。赤い気がする。


赤い目が。

紫の優しい目が。

そっと僕を包み込む。


僕は、自分の訳のわからない感情をミュアを襲う事で全て吐き出していた。

愛ではなく、怒りで。

優しさではなく、苛立ちで。



辺りが暗くなり始めた時。

やっと自分が何をしていたのか、気が付いた。


ミュアの綺麗な裸体には、いたるところに痣が残っている。

ぐったりしているミュアを思わず抱きしめる。

まだ息をしている事に。

とんでも無い事をしてしまった事に、張り裂けそうな後悔と、まだミュアがいることに安心感を覚える。

力いっぱいの回復魔法を使いながら、砂だらけの彼女を抱きしめる。


「マスター?少しは気がまぎれましたか?」

にっこりと笑うミュアに。

僕は彼女を抱きしめたまま、泣いていた。

「大丈夫です。大丈夫」

そんな僕をミュアをそっと撫でてくれるのだった。



ミュアは、僕の汚い感情も、僕自身も全て受け入れてくれた。

どんなにひどい事をしても、全て受け入れてくれた。

罪悪感と、小さな充実感で心が一杯になる。

気が付くと、僕はミュアに口づけをしていた。


今までとは違う、お互いをむさぼるキス。

ミュアと、僕の境目が無くなるくらい体を抱きしめる。


『【共有譲渡】が限界を超えました。螺旋に入ります』

データベースが何かを告げる。

ミュアが身じろぎする。

それでも、離れる事は無い。

唐突に、ミュアと完全に一つになる。

『限界値を突破。お互いの魔力を接続します。接続成功。大母のミュアと、シュンリンデンバーグを結合。【魂の盟約】獲得しました』

ミュアから、ミュアの気持ちが溢れて来る。

大好きという気持ち。支えたいという気持ち。

いつもそばにいたいと言う気持ち。自分の全ては、マスターの物。

僕を、僕だけを思ってくれている感情が、あふれて来る。

その思いに浸されて。

ただただ、幸せを感じる。


いつまで抱き合っていたのか。

口を離した時、日は完全に落ちて、辺りは真っ暗になっていた。


「落ち着かれましたか?」

微笑むミュアを思わず抱きしめていた。

「ごめん」

思わず謝った僕の頭をそっと撫でるミュア。

「大丈夫です。それよりも、マスターが私の中にいるのが分かります。大事にされている気持ちが、とても心地良くて。すごく温かいです」

そっと濡れている頬を撫でられる。


「やっと。やっと一つになれました」

その言葉通り。

僕の中にミュアがいる。ミュアの中に僕がいる。

「うん。ごめん」

ずいぶんと待たせた事を僕は思わず謝ってしまうのだった。


ただ。

今にも子供が欲しいと思っているミュアの心まで分かってしまって、ちょっとまだ早いかもと思ってしまうのだった。




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