第106話 残酷な現実

「マスター!風が気持ちいいですね」

ミュアが、草原を吹き抜ける風を楽しそうに浴びている。


「ああ」

僕は、そんなミュアを見ていた。

秋というか、寒くなりはじめている風を感じながらも、すこしはしゃでいるミュアを見ていた。


楽しそうだな。

「だって、マスターとやっと二人になれました!」

思った事の返答をすぐに返してくれるミュア。

思わず、抱きしめたくなる。

「使ってくれていいですよ?」

真下へと近寄ってきて、見上げて来るミュアの頭を撫でる。

「そろそろ野営にしよう」

魔法で家をささっと作る。


驚異的なステータスは、この前の戦いでさらに凶悪化している。

「前よりも、速くなっています」

ミュアからそう言ってもらえるくらいだから、かなり魔力も強くなったんだろうと思う。

ステータスが1000超えたあたりから、強くなっている実感がなくなって来てるからね。


そういえば、使ってない肉が大量にあるな。

この際、二人で食べようか。

ミュアは嬉しそうな顔をしていた。


二人で、大量の焼肉を堪能して。

ミュアは僕の横でうとうとしていた。

そっと体を抱えると、家の中のベッドに横にする。

「マスター、、、」

小さく呟くミュアの髪を撫でる。

「強く、、ならないと、、」

槍を掴むと、そっと家の外へと出る。


目の前で、飛んだ首を思い出す。

震えが。吐き気が一気に襲い掛かる。

その死んだ兵士の顔をミュアに重ねると。

自然と震えは治まった。

怒りで。

「一人、、、いや、ミュアを守れるくらいには」

ミュアは、あの時、砦の中にいた。

だけど、もし自分の横にミュアがいたら?

守り切れたか?

暗くなった風を切り裂く。

守りたい。

ミュアを。

目の前の人を。


槍を横なぎに払いながら。

自分に言い聞かせる。

強くなる。大進撃からも、ミュアを守り通すために。




「おはようございます」

気が付くと、自分の腕の中にミュアがいた。

土の上で寝ていたからか。

体が少し痛い。

「回復させますね」

ミュアが回復魔法をかけるも、光りは弾けて消える。

悲しそうな顔をするミュアの頭を撫でて、自分に回復魔法を使う。

あれ?

なんでミュアが?

そう思っていると、ミュアが頬を膨らませていた。

「外で寝るとか、体調を崩しますよ」

え?

ゆるやかに笑うミュア。

ああ。そうか。寒いから、出て来てくっついて寝ていたのか。

「ミュアは、使えます」

再び抱きしめてくるミュアは、寒くなった風を吹き飛ばすくらい暖かかった。


とりあえず、EP確認をすると、ほどほどにEPが入っていた。一晩中、魔力ビットが仕事をしてくれていたらしい。

ほんと、自分が寝ていても仕事をしてくれる魔力ビットは優秀過ぎる。


帰り際。

セイの村の近くに来た時。

村にすさまじい違和感を感じた。


「マスター?何かおかしいです。精霊が、いません。まるで、死人の街のようです」

ミュアも呟く。違和感をミュアも感じているらしい。


「少し、見ていくか」

僕はセイの村へと足を向ける。

襲われたからと言って、気にならないわけじゃない。


「おにいちゃ? おと、、帰ってきた?」

村の入り口で、あの女の子が座っていた。

「んっ!」

ミュアが、思わず自分の口を抑える。


目が死んでいた。

体も明らかに痩せていた。


力なく笑う少女。

周りを見渡せば、大人たちが、座り込んでいる。


「おとさ、まだ帰れないのかなぁ」

女の子は空中を見ながら呟く。

「帰ってきたら、いっぱい遊んでもらうんだぁ」

女の子の首に、魔力写真が入ったロケットが二つかかっている。


あれは、草原に置いて来ていたはずだけど。

「こんなところにいたの?おうちに帰るわよ」

母親らしい女の人が声をかけると。女の子はくすくすと笑いながら家へと帰って行く。


「あの子、、心が、、壊れてます、、、」

ミュアの目が寂しそうだった。

「ああ」

僕はそれだけしか返事を返す事が出来なかった。


「あなたは、、前に来られた方ですか、、、王都へと戻られるのですか?」

突然、後ろから声をかけられる。

後ろを振り返ると、白髪の老人が立っていた。

目には絶望しかない。


「ああ。すまない。私は、ここの長をやらさせてもらっていた。だが、もういいのじゃ」

暗い顔。何もかも、諦めた顔。

「王都へと帰るなら、セイの村は、壊滅したと伝えて欲しいのじゃ」

「何があったのですか?」

食べ物はおいていったはず。

まだ十分食べれるだけはあったはずだけど。


「全ては儂らが悪いんじゃよ」

ぽつぽつと話始める。

もともとセイの村は裕福な村では無かった。

痩せた土地ということもあり、何を作ってもそれほど収穫があるわけじゃない。

しかし、西の砦。

軍の砦へと向かう軍の輸送隊が行き来している事で、その兵士達の休憩所として、賑わう事もあった。


ところが、ある日から、輸送隊が村を通らなくなった。

あてにしていた物資が来なくなり。

その上、今年はいつにもまして収穫が少なかった。


どうにもならなくなり。

食べ物にも困り、若い者、元気な若者が中心になり、盗賊をし始めた。

数回。

数回上手くいったのがいけなかった。

食べていける。贅沢も出来る。

襲った商隊がほどほどの大きさだったからか。

その事を知ってしまった。

「天罰なのじゃろうな」

少し前に、若者たちが帰って来なくなり。

魔物にでも食われたのか。

体の一部や、遺品が見つかった。


「誰かが、魔物の死体を大量に置いておいてくれてな。それで飢えはしのげそうだったのじゃが」

老人は空を仰ぐ。

「神は、許してはくれなかったようじゃ。魔物が、その肉を狙って襲って来た」

その一言に、僕はかたまってしまった。

「全て持って行かれた。食べ物も。村人も。儂らは抵抗すら出来なかった。いや、抵抗できる者がおらんかった」

「逃げ延びた者だけが、いまここにおる。この村は終わりじゃよ」

何もかける言葉すら思い浮かばない。

肉を食べ物を置いていったから襲われたのか?

大進攻のあおりだったのか。

それと同時に、どこかほっとしている自分にも腹が立つ。

自分が切り殺した人達が、魔物に殺された事になっている事に。


「儂らのために泣いてくれるなら、頼んだぞ」

長は俯いたまま、肩を震わせる。

僕は、分かりました。

とだけ返事をして。

その場を離れたのだった。


「マスター?」

複雑な顔をしていた僕の顔を覗き込むミュア。

ただ、心配しなくていいとミュアに声をかけ、頭を撫でる事しかできなかった。

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