第104話 英雄のごとく
「そういうことは、兵士の見てない所でやってくれ」
バルクルスが苦笑いを浮かべながら、僕たちを見ていた。
頬にキスをしたミュアは顔を真っ赤にしている。
恥ずかしいなら、やらなきゃいいのに。
「ミュアさんが、それほどシュンさんの事を好きって事なんやろ。ほんとうにうらやましいカップルやわ」
「熱すぎて燃えてしまうが?」
兵士の誰かが言った言葉に、全員が笑いだす。
「そりゃ、槍弓だしなぁ」
「そりゃそうだ」
ミュアがだんだんと恥ずかしさからか、小さくなっていく。
「あの、、マスターも、顔が赤いです、、、」
ぼそっと後ろから言われて、自分も顔が真っ赤な事に気が付いて。
なんだか、いたたまれなくなる。
そんな僕たちを見て、さらに笑いが大きくなった時。
突然、緊急事態を知らせる鐘が激しくなり始めた。
「塀の上からの伝令!緊急事態!大攻勢!大攻勢が始まった!」
「全軍!動ける者から準備を!」
一瞬でバルクルスの顔つきが変わる。
「急げっ!」
「隊長!第3陣出てますが、、」
バルクルスは、唇を噛みしめると。
「第3陣は諦める!」
はっきりと言い切る。
兵士全員が、その苦しそうな顔を見て苦い顔をする。
「そりゃ、そう判断するしかないわなぁ。下手に助けに出たら、全滅や」
チェイが苦い顔をする。
「急げ!中に入れるなよ!」
何かをふっきるように叫ぶバルクルス。
「マスター?」
ミュアが、そっと僕の袖を掴む。
分かってる。自分が出ても、助ける事は出来ない。
けど。
「行きましょう」
顔を上げて、小さく笑うミュア。
「マスターがやりたい事をやって下さい。ミュアは、マスターに着いて行きます」
ミュアの笑顔に。またその頭を撫でる。
「行くぞ」
「はい」
僕の小さい決意に、すぐ返事を返すミュア。
そのまま。ミュアを抱えて、壁の上へ立つ。
周りから、とんでもない数の魔物が押し寄せて来るのが見える。
マップは赤くなっていき。
小さくアラームが頭の中で鳴る。
「ミュア」
「はい。どうぞ」
僕はミュアの唇を奪う。
ミュアのスキルが発動。
魔力が、あふれて来る。
魔力ビットが、一気に活気づく。
100。 200。
どんどん生まれる魔力ビット。
その全てが、森の木々の中へと消えて行く。
マップの中の赤い点が凄まじい速さで消えて行く。
「ぷはっ」
僕たちが離れた時。
周りを覆い尽くすほどの魔力ビットが生まれていた。
その全てを連れて、壁から飛び降りる。
目の前にいるのは、オオカミの群れ。
しかし、オオカミが走り出す前に全て魔力ビットが処理してしまう。
槍を空間収納から取り出して。
構える。
ここまで逃げて来れたのか。
走ってくる兵士が見える。
その顔が一瞬笑ったように見えて。
昨日一緒に笑っていた兵士の首が転がる。
それを確認して。
僕は槍を振るう。
数十の魔物が一気に吹き飛んでいた。
「大丈夫っすか?ミュアさん」
チェイの目の前で、突然大量の汗をかいて震え出したミュアさんに声をかける。
「だ、、だいじょうぶ、、です」
ミュアさんはそう返事をするけど、絶対これは異常だと思うっす。
「これは、マスターの怒り。マスターの悲しみ。苦しみですから」
何を言っているのか、良く分からないけど、ミュアさんは震えながらも小さく笑っていたのがすごく印象的に心に残ってしまうくらい、綺麗に見えたっす。
吹き飛ぶ魔物を確認するまでもなく、次々と狙いを変えて槍斧で吹き飛ばす。
そんな中。
無数とも思える矢が飛んで来た。
それは、確実に周りの魔物を貫いて行く。
しかし、少しだけ狙いにズレがある。
「ミュア。ごめん」
小さく呟く。
きっとミュアは、【共有譲渡】のスキルで僕のトラウマを全部引き受けてくれている。
だからこそ、兵士の腕が。
鎧が。盾が肉体の一部があちこちに転がっているこの場所で、僕は動けている。
ミュアは今、多分震える手を抑え込んで矢を撃ってくれている。
「だからこそ」
「大丈夫です」
「「僕たちは(私たちは)勝てる」」
激しく腕を、槍を振るい。
オオカミが、牛が、吹き飛んで行く。
「ジャイアントバッファローだっ?」
兵士の叫びが、疑問形でしかない。
めきめきと木々を押し倒しながら立ち上がったジャイアントバッファローは、一瞬で氷漬けにされ、砕け散る。
「行きます」
ミュアが魔力を貯めているのが分かる。
一瞬。
僕が避けた先で、数十魔物を巻き込んで、ミュアの魔導砲が発動。
ドラゴンブレスに近いその光りが敵を巻き込んで消滅させていく。
開いたスペースにもぐりこみ、僕は槍を振るう。
魔力ビットを盾として使いながら、動き続けるのだった。
「これは、夢でも見てるっすか?」
チェイが私の横で呟く。
「それは私が聞きたい」
第3陣。
全滅したと思っていたのに。
今シュンリンデンバーグが、舞っている先で第3陣として森へと出ていた生き残りがこちらへと走ってくるのが見える。
魔物の数は恐らく200体はいたはず。
しかも、見える範囲でだ。
これは大攻勢ではなく、大進攻だ。
村どころか、街ものみ込み全てを更地にするとまで言われる大進攻。
私がここに赴任して、一度も起こらなかった地獄が、今一人の少年が舞う事で無かった事になっていく。
「バルクルス隊長。シュンリンデンバーグさんて、何なんですか?」
チェイが真剣な顔で聞いて来る。
しかし、私には返事をする事すら出来ない。
あれだけの絶望が。
たった一人の少年が打ち消しているのだから。
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