第101話 英雄?

【リンダ】

置いていかれた。

本気でそう思った。

ミュアを抱えて走っていった彼に、まったく私は追いつけなかった。

ふざけるな。

強くそう思う。


私も剣士だ。

戦いには自信がある。


人の死体を見て、動けなくなっていたシュンよりも。

子供のようなミュアよりも。

絶対私が強い。

自信を持ってそう思っていた。


今、目の前で起きている現実を見るまでは。


突然村を囲むようにとんでもない壁が生まれた。

かろうじて村へと入れた私は、そのすさまじい魔力と、奇跡に足を止めてしまっていた。


その壁の上へと他の兵士たちと一緒にやっと上がった時。

さらに私は目の前の光景が現実とは思えないと思ってしまった。


何か、紋様のような物が全身に浮かんでいるミュアが放つ矢は全て魔物を一撃で仕留めて行く。

その矢に導かれるようにシュンが槍を振るい。

厚い魔物の壁を吹き飛ばす。

背中から襲い掛かって行く魔物はミュアの矢が突き刺さる。

戦場に、風が、氷の矢が飛び交う。


数十人の魔法使いがそこにいるかのように魔法が飛び交う。


槍弓そうきゅう

誰かが呟いていた。


二人は一人で。

槍と、弓。まったく違う武器の二つが、まるで一つの一人のために戦場で舞っている。


あまりに常識外れだった。

数百にも見える魔物が、たった一人の戦士によって、切り伏せられていく。

どれも魔物としては弱くない。

むしろ、この砦は壊滅しているはずの数。


それを切り伏せながら舞うシュンの姿はあまりに常識外れで。

そして、矢が、魔法が、そのシュンを引き立てていく光景に。

私の目は釘付けになっていた。



【シュン】

最後の一体を切り伏せた時。

自分の身体に、奴隷の契約紋が浮かんでいる事に気が付いた。

ふと、壁の上を見ると、ミュアが嬉しそうに手を振っている。

そんなミュアにも、紋様が浮かんでいるのが何故かわかった。


そのままミュアが壁から飛び降りるが見えた。

慌ててミュアを空中で受け止める。

地面に着地した途端、ミュアは僕に抱き着いて唇を押し付けていた。


ミュアの唇を感じながらさっきの感覚を思い出す。

あの感覚は凄すぎる。

まるでミュアと一つになっているような感覚。

けど、何か得体の知れない危機感のようなものも感じてしまっていた。

「ミュア。さっきのはあまりやらないようにしよう。何か危ない気がする」

ミュアに伝えると彼女は目をうるませたまま、頷いてくれたのだった。



後日。僕たちの戦いを見ていた兵士が呟いた言葉は、歴史に長く残る事になった。

槍弓そうきゅう

相容れない武器同士とおもわれるが、まるで一つの武器のように感じられてしまう事。

二人の息がぴったりであり、決して崩れる事の無い様子。

転じて、自分の半分であるかのように、とても仲の良い様子。


その言葉は、砦に刻まれる事にもなってしまって、二人して赤くなってしまった。


「本当に助かった。これでしばらくは持つ」

指揮官のような人は、バルクルスと名乗ってくれた。

この村のような小さな砦の指揮官らしいのだが。


「魔物の侵攻が頻回すぎてな。壁すら作れなかったんだが」

目の前にある、巨大な壁を見て、苦笑いを浮かべる。


「これがあれば、今まで出来なかった事が出来る。本当にありがたい。感謝の気持ちだ。寝床はどこでも自由に使ってくれ。中で何をしてても、かまわんぞ」


にやりと笑うバルクルス。

顔を真っ赤にするミュア。

いや、しないからね。ミュア、小さいし。


「とりあえず、ゆっくりと休みたいです」

ミュアが、僕の袖をつかんで小さく呟く。

その姿が可愛くて、バルクルスの提案を受け入れて一つの家の中で休ませてもらう事にしたのだった。



【ミュア】

「私のマスター」

横で寝ている、私の大好きな人にそっとキスをする。

そのまま、自分の顔を頬をマスターにくっつける。

それだけで、顔が熱くなってしまう。


寝顔が可愛い。

そっとマスターの頬をつつくと、マスターは顔を背けてしまった。

そんな仕草すら可愛いと思う。

ふと、マスターと出会った時の事を思い出していた。

奴隷となって。

たくさん酷い事をされて。

何度も、売られて、何度も酷い事をされた。

もう私には価値なんてないんだ。

そんな思いすらしていたのに。

マスターは、汚い私を抱きしめてくれた。

どんな酷い目に合うか分からないのに。

私をけっして手放してくれなかった。

奪われ続けた私に、いろいろなモノを与えてくれた。

この温かい心も。

だからこそ、助けて上げたいと思う。

戦う時は、マスターはいつも泣きそうな顔をしている。

戦いながら、苦しんでいる。

周りの人は、悪鬼。虐殺を楽しんでいる。なんてい言う人もいるけど。

マスターの姿は、何かを振り払うので必死な姿だ。

何かに追われて、傷つきすぎた獣の怒りだ。

それは、恐怖だと思う。

苦しみだと思う。

だからその苦しみを無くしてあげたいと思う。

私が出来るかぎりの事で。

だから私はマスターを抱きしめる。

泣いているマスターを。

戦ってはいつも傷ついているマスターを。


「もう、1年ですね。本当に。ありがとうございます。私を拾ってくれた事。一緒にいてくれる事。大好きです」

そっとマスターの頬にキスをする。

私も、マスターも。

いっぱいいろいろなモノを失った。

けど、この人となら、いっぱい、いろいろなモノを得る事が出来る。


横で、すやすやと寝ているマスターに私はもういちど自分の額をくっつける。

「私はあなたから離れません。私の全てをマスターに差し上げます。この命も。この心も」

安心するマスターの匂いを嗅ぎながら。

私はウトウトとし始めていた。

マスターがいるなら。マスターさえいれば。


私の宝物だけあれば。私はいい。

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