第98話セイの村
「私が出たからこそ、あの砦はまだあるんだ!その時の活躍のおかげでなっ!今は統括を任されているんだ!」
リンダがやけに饒舌に自分の活躍を話している。
けどね。統括をまかされている人は、そんなに何か月もいなくなるような場所へ行かないんだけど。
そう思ったけど、リンダが気持ちよさそうに話を続けているため、突っ込む事も出来ない。
ミュアというと。
僕がミュアの胸で泣いてしまってから、彼女は僕にくっつく事は無くなっていた。
しっかりとくっつくのではなく。
「マスター?」
ふと横を見るとミュアがこちらを見上げていた。
すぐそこにミュアがいる。
腕を掴んだりされる事も無いのに。
今はミュアの気持ちがこれ以上ないくらいよく分かる気がする。
「私はマスターの傍にいれて幸せですよ?」
突然そんな事を言われて思わずミュアの頭を撫でていた。
目がほそまって、猫みたいにくしゃっとした顔をしているミュアが本当に可愛い。
僕はしばらくミュアの頭を撫で続けていたのだった。
「出来ましたよ」
ミュアが、いつもの肉鍋を作ってくれる。
野菜や、薬草がかなり入っているこの鍋を食べるとがんばろうって思える。
いつもの通り。
鍋を小分けにして、渡してくれたミュアは僕の足の上にポスッと収まる。
「味は、どうですか?」
ミュアが心配そうに見上げている。
「大丈夫。本当に美味しいよ」
そんなミュアに微笑みながらふと前を見る。
目の前には、火にかけられた鍋がぐらぐらと煮詰まっている。
そういえば、ミュアが僕の上に座るようになってから火をずっと見ていてもぞわぞわしたり、気分が悪くなる事がなくなっていたように思う。
むしろ火を前にしても、ぐっすり眠れてしまう。
「うん!旨いなっ!さすが、Dランクの魔物の肉だっ!」
がっつくリンダを横目に、僕も一気にお皿の中の物を口の中へとかきこむ。
ミュアの料理が上手いんだと と何度も言ってやりたくなるのをじっとこらえて、美味しい鍋を堪能するのだった。
「やっと半分だなっ」
野党に襲われてから、ほぼ一日後。
僕たちはセイの村に着いていた。
「しかし、活気がまったくないな。前に来たときはこんなではなかったのだが」
リンダが周りを見る。
そう言いたくなるのも仕方無い。
村人が、ほぼ全員下を向いている。
作物を作っている人もあまり見当たらない。
「ほとんど売り物がありませんでした」
物資。主に水とか、食料を探しに行っていたミュアが小さく呟く。
「まれにみる不作だったとの事です」
王都ではそんな話は聞かなかったのだけれど。
「王都へ現状を報告するために、多くの男が村を出ているのも原因なんだろうな」
意外と情報収集の能力が高いリンダが、一人でうなづいている。
「そんな話はまったく無かった気がしたけど。遠出する冒険者にとって、途中の村で補給が出来ないのは死活問題だから、誰かが
口に出すはずなんだけど」
「ぇ。ねぇ!お兄ちゃん!」
ふと袖を引っ張られる。
「お父さん、見なかった?」
小さい女の子が、袖を引っ張っていた。
「王都へね、お金稼ぎに行ってるの。もう帰ってくる頃なんだっ!」
嬉しそうに微笑む女の子。
「見てないけど。皆で行ったのかい?」
リンダが女の子と目線を合わせて話をし始める。
「えっとね。タイのお父さんと、アラちゃんのお兄ちゃんとかも一緒に行ったの。これを持って行ってくれたの!ハミとおそろいなんだっ!」
この子はハミと言うみたいだけど。
首にかかっているのはロケット型のペンダント。
魔法転写した写真をいれておけるペンダントだ。
高いと思うんだけど。
けど、そのペンダントには見覚えがある。
「おや?そのペンダントは昨日私たちを襲って、、、」
思わず僕はリンダの口を塞いでいた。
昨日、襲い掛かってきた男の一人が、このペンダントをしていた。
という事は。。。
「思い出したよ。王都で忘れ物があるから、取りに帰ってるんだって、すれ違った時に言っていたかな」
自分でも分かるくらい酷い嘘が口から出て来ていた。
「じゃあ、お兄さんたちはもう行くね」
リンダを引きずるように。
僕たちはセイの村を後にするのだった。
「残酷な嘘をつかなくても良かっただろうに」
リンダが、野営の火を見ながら呟く。
今は、家をつくる気にもならなかったので、本当の野営だ。
「言えないよ。君のお父さんは野党で、僕たちが叩き斬りましたなんて」
「それが真実なら、それを伝えるべきだ。それがどんなに残酷であろうともな」
「けど、あの村は、そうとう追い詰められているようでした。何人か、その、、昔見た事のある人もいましたので」
ミュアが言い難そうにしている。
「その、、私をいくらで買うとか言っていた人たちだと思います」
奴隷商か。
子供や、大人を買いに来ていたのか。
「どんな事情があろうとも、人を襲って物を奪うなど、絶対に許せん行為だ」
リンダの正義感は正しい。
けど。
「本当に飢えた時、自分の中の何かが無くなるんだよ」
40年。
森の中で餓死すると思った事も何度もあった。
僕もだけど。人はすぐに自分を見失う。
「人の物を奪うなら、自分が死ぬ方が良い」
リンダの目は真剣そのものだ。
「リンダは綺麗だな」
思わず漏れた僕の言葉に、リンダの頬が赤く染まる。
「な、、何を突然言うのだっ!もういいっ!シュンは分からん!」
焦った顔のまま、リンダは横になる。
そのまま、彼女から気心地いい寝息が聞こえ始めて来る。
「本当に綺麗だな」
リンダの心が。その正義感が。
自分は人を殺したのに。
泣く事も出来ない。罪悪感すら感じない。
きっと僕はいろいろ壊れている。
「マスター?」
気が付くと、ミュアに抱きしめられていた。
「仕方ないのです。私たちも素直に殺されるわけには行かないでのですから。だから、自分を責めないでください。泣かないでください」
ミュアに言われて初めて自分が泣いている事に気が付いた。
あの子に。あの村に。
何かして上げれたのだろうか。
僕たちは確かに襲われた。
でも、それは村が危機的状況にあったからで。
自分の家族を食べさせたくて、野党になったのだとしたら。
誰が悪いのか。
僕はミュアの小さな胸の中で、ただ涙を流していた。
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