第96話 優しい赤い目
「うむ!旨いなっ!」
屋台で買った肉巻きを食べながら、ご機嫌で歩くリンダ。
さっきまでの不機嫌さは吹き飛んだらしい。
朝食としてミュアが作ってくれた鍋もほとんど一人で食べきってしまったのに、歩き始めたらすぐに腹が減ったと大騒ぎし始めたのだ。
またため息を吐きたくなっていると、空間収納に魔物が入って来るのを感じた。
を。ラッキー。野生のレッドカウだ。
じっとこちらを見て来るミュア。
「大丈夫。今、レッドカウが一頭まるまる入ったから。お昼はステーキにでもするかい?」
そっと耳打ちすると。
「本当ですか!でも、お肉だけ食べるのはダメです。バランスが悪いです!ミュアに任せてください!」
ミュアが、ぐっと自分の手を握り締める。
何かいろいろやる気になっている。
そんなミュアを撫でてあげようとすると。
空間収納にウサギが入って来た。
魔力ビッドは常に展開していて、こうして仕留めた魔物を空間収納に勝手に入れて行く。
だから、僕は何もしなくてもEPと、魔物の素材、食料が同時に手に入る。
ほんとうに、魔力ビッドが優秀すぎてびっくりする。
「香草はあるから、香草焼きに、豆のスープにしましょうか」
ぶつぶつとお昼の献立を必死に考えながら歩くミュア。
魔力ビッドが仕留めてしまうから、魔物に襲われる事はまずない。
平和に穏やかに、僕たちは平原を歩き続けるのだった。
ミュアはずっと僕のローブをつかんで放してくれないけど。
「それはそうと、なんで歩きなんだ?ロックバードを使ったらもっと早く着けるんだけど」
まあ、僕は乗れないんだけどね。ロックバード。
「これも、訓練だ!と言われてな。行きも帰りも歩きを厳命されているのだ!」
胸を張って言いきるリンダ。
この世界。甘くない。歩きで数か月も冒険するなら。
必ず死ぬ。
いやそれって、もう帰ってくるなって意味で言われている気がするのは気のせいだろうか?
というか、よく夜に襲われずに王都まで帰ってこれたよねリンダ。
「良い訓練になったぞ!夜に殺気を感じた瞬間にオオカミの首を落としてやったしな!これだけ平和だと、腕がなまりそうだ!」
ガハハと笑うリンダ。
ほんとうに、ミュアと違いすぎて、同じ女と思えなくなる。
食べている時は、本当にご機嫌なリンダ。
「いつも楽しそうですね」
「ん?考えるより、動いた方が早いじゃないか。私はいつもそうしているからな」
だから、悩み事が無いのか。
上機嫌に肉巻きを食べているリンダが、少しだけ羨ましくなりそうだった。
平和な旅が何日も続いた。
「もうそろそろセイの村かな」
マップ上では、あと半日くらいでセイに着くはず。
「おお。もうそんなに来たのか。戦いが無いと本当に早いな」
リンダが笑っている。
本当にこの人は、一人で良く来れたよ。
「を。あれは、襲われたのか?」
リンダが肉巻きで指したのは、倒れた荷車だった。
荷物だったのか、箱や、樽が周りに転がっている。
「人はいないようだな」
リンダは、荷車に近づく。
荷車に手をかけた時。
突然周りの地面が跳ね上がった。
地面の中に隠れていたのかよっ!
飛んで来た矢が、ミュアを狙うが魔力ビットが絶対結界を展開。
矢を弾き飛ばす。
自分達の近くにも魔力ビットは常時展開しているからね。
「麻痺毒です」
矢じりに毒が塗られていたらしい。
ミュアが一目みてそれに気が付く。
ふと顔を上げると。
リンダが、麻痺毒の矢をしっかり受けていた。
「ぐ、、、卑怯な、、、、」
膝をつき、悔しそうに声を出すリンダ。
無言でじりじりと詰め寄って来る。
いつの間にか僕たちを取り囲む人数は増えていた。
「野党か」
荷車をおとりにして近づいてきた旅人を襲っているんだろう。
無言で剣を振りかざす野党。
その剣を槍で打ち返し。
牽制とおもって槍を翻す。
あっさりと真っ二つになる。
え?
いや、普通、、、?避ける、、よ?
目の前に、吹きあがり広がる赤。
カランと、写真入りのロケットが落ちる。
体が震える。
赤が。
小さな手が。ぬいぐるみが。 誰かが覆いかぶさって来る。
手足が動かない。
「シュン!何をしている!死ぬぞっ!」
麻痺毒に逆らっているのか。
冷や汗を流しながらも、のろのろと剣を振るうリンダ。
「こいつ!まだ動けるぞ!」
「あっちの男はもう動けない!あっちはいい!この肉ダルマをなんとかしろ!」
そんな声が聞こえて来る。
「あっちの女は?」
「剣士が先だ!終わったら好きにすりゃいい!」
ミュアが、危ない。
理解は出来るのに、体は動かない。
手足が震える。
「マスター。すみませんっ!」
ミュアが、震える僕の腕を強くひっぱり。
その場に無理やり座らせる。
ミュアの目が。
赤い。なのに落ち着く。安心する。
ミュアの腕に頭が包み込まれて。
口に柔らかい感触を感じていた。
え?
ミュアの口に。
僕の口から何かが吸い取られる。
そして、ミュアから何かが一気に戻って来る。
震えが止まっていた。
頭はすっきりしている。
地面に広がる赤い血を見ても、震えは来なかった。
小さく口を開けて何かを話そうとするミュア。
座り込み、自分の身体を包み込むように自分を抱きしめたまま、がたがたと震えている。
そんなミュアを軽く抱きしめて。
僕は立ち上がる。
慌ててこちらを指さしている野党たち。
僕は槍を構えなおす。
もう大丈夫。 震えも無い。
人を殺した事すら、耐えられる。
僕は槍を握りしめる。
ミュアを守るんだ。
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