2章 英雄の片麟

第84話物語の始まり

険しい顔で、髭を蓄え、銀色の鎧に身をつつんだ男は目の前のテーブルを、正確には報告書を見つめていた。


「まだ、見つからないと、、?」

「はい。奴隷の少女を買い、街中で仲の良い姿を見かけたと言う報告はあるのですが、その後、街を出て行った後からすでに1年近く。その姿を見た者がおりません」

少女のような、年老いた女性のような、特徴の無い声が響く。


「外で死んだか?」

「その可能性は低いと思われます。あの男は、一人で大進攻の敵100体近くを倒してしまった事もあります。はっきり言って、化け物。悪魔です。そんな者があっさりと魔物にやられるとは私は思えません」

「【目】もダメか」

「【空間の】【目】も、見えないようです。彼が買ったという、奴隷も、彼自身もですが、[神に愛された子]だったようです」

「本当に厄介だな。予測がつかん手練れほど、頭を悩ます物だ。いっそ排除した方がたやすいか?」

「排除するなら、お止めはしませんが、追い込んで【希薄の】二の舞になる可能性はありますが」

「【希薄の】二の舞は避けたいな。やっと軍の再編も整って落ち着いて来た所だ。また一からやり直しなど、考えたくも無い」

「【皇の】が面白いスキルを拾ったと言っておりました。彼については、任せてもよろしいかと」


一つため息をつく。

「このまま、捜索は続けろ。危険度はAランクのままだ。危機感を持つようにな。後は、【皇の】に任せるしかないか」

「分かりました。再び捜索に戻ります」


女性の影が、消えて行く。


「シュリフさまっつ!」

一人の兵士が部屋の扉を激しく開ける。

「何事か?」

自分が、軍の総司令官の部屋を突然開けた事に気が付き、若い兵士は敬礼を行う。

「報告しますっ!ワイバーン5体が王都に接近!【明星の】様が接敵!範囲外に逃げられたとの事です!現在、【空間の】様が応戦中です!」

シュリフと呼ばれた老兵は、眉を上げる。


「【皇の】は?」

「【皇の】様は、城の中にてに見当たりませんでした」

「また、あっちに行った可能性があるか。【空間の】様だけでなんとかなるだろう」

「【空間の】様から、数体仕留めきれない可能性があるため、王都で応戦態勢を整えて欲しいとの事です!」

ぴくりと眉を上げる。

「すぐに行くっ!全兵士に通達!すぐに応戦態勢を整えるぞ!」

白銀のマントを翻して、シュリフは歩き出す。


ワイバーン。この世界ではそう呼ばれているが。

「やっぱり硬いなぁ。竜は」

「あら。2体も仕留めといて、それはないんじゃない?」

目にバンダナをした青年はにやりと笑い。

ゴスロリ服を着た女性がそんな青年をあざ笑う。

「君も1体は仕留めたでしょ?」

「けどねぇ。5体と思ったら、10体もいたんだもの。お引越しかしらね」

「なら、誰が竜のお家を壊したんだろうね」

「あら、そんな事分かってるじゃない。一人しかいないでしょ?」

くすくすと笑うゴスロリ服の女性。

「【皇の】かよ。今度は竜の研究か?」

「あの人は、何をしているのか、まったく分からないからいいんじゃない」

「まだ、諦めてないのかよ」

「あら。焼きもち?喧嘩別れしたわけじゃないもの」

「ちっ」

「あら、外したわよ。そういう所が可愛いのよね」

くすくすと笑う。

「今の彼はあなた。それで十分でしょ?あ。ほら、ブレスが来るわよ」

口を開けたワイバーンの口に鋼鉄の矢。いや、もはやパイプといっていい太さの鉄の塊が突然生まれる。


鉄パイプが突き刺さり、暴れ出すワイバーン。

「ああ。そういえば、あなたが居ない時に、うちにあの子をなんで見つけられないのかって、怒鳴り込んで来てたわよ」

その言葉にムッとした顔をする青年。

「【目】で見つけられない奴を、お前らが見つけれるわけもないくせに。仕事してから言えよ」

機嫌が悪くなった彼氏を見つめる。

「ちょっと嫌がらせでもするか」

パイプが突き刺さったワイバーンをあえて後ろへと通す。

「瀕死だ。竜とは言っても兵士でも倒せるだろ」

「本当に?まあ、そういう所も可愛いけど」

残りの7体がこちらに向かって来るのが見える。


「さて、追い払おうか」

「そうね」

二人は笑うと、7体のワイバーン。竜を見つめる。

4S

【空間の】と【明星の】は、まったく焦りも見え無かった。




「一体こちらに向かってくるぞ!口に矢が刺さったワイバーンだ!」

後ろでは兵士達が大慌てになっていた。

ワイバーンなど、化け物の中の化け物だ。

まず、空中からブレスを吐く。

ブレスは、広範囲であり、1大隊くらいなら一発で壊滅してしまう。

この世界で、唯一とも言っていい広範囲殲滅兵器。

それが、竜であり、ワイバーンなのだ。


空中を飛ぶ以上、ロックバードなどは一切追いつけないし、逃げ切れない。

1匹が村に降りただけで、AAAランクのパーティが全滅するという悲劇まで起きてしまった事がある。


絶対に手を出してはいけない、悪魔。

それが、5匹。

それだけの情報で、兵士達は全員が遺書を書くほどだ。


見張り台に上ったシュリフは、目の前の惨劇に目を覆う。

瀕死であるはずのワイバーンに、矢を放つも一発も刺さらない。

空中から、急降下され兵士がなぎ払われる。


ブレスが、兵士達を焼き尽くす。

そのブレスが、10分の1まで威力が下がっている事など、意味の無い事だ。

ブレスに当たった兵士は、焼き爛れ、地面をのたうち回るのだから。


遠くをみると、2体のワイバーンが、落下していくのが見える。

4Sは、まだ5体のワイバーンと戦っている。

「応援は、、無理か、、」

遠くに見える光りの球は、【明星の】灯りだろう。

その範囲に入った全ての生物を溶かすあの光りは、誰も逃れる事は出来ない。


「王都に近づけるなぁ!」

パイプ矢が刺さったままのワイバーンが、再び兵士に向かって来る。

矢を放つも、まったく刺さる事もなく弾かれる。


「守備態勢!守備陣形!」

兵士達が、固まり盾を構える。


一度、その盾の塊の上をワイバーンは飛び去り。

再び空中でこちらを見つめる。


ブレスが来れば全滅。

そんな絶望的な状況の中。


二つの人影が、のんびりと歩いて来るのが見えた。

「死にたいのか?」

シュリフが思わず呟く。

冒険者だろうか?だが、この辺りには誰も近づかないように、命令したはずだ。

間違いなく自分は指示したはず。

そんな考えが将軍の頭の中で駆け巡る。


しかし。

そんな兵士の前で、全員の目が青年にくぎ付けになる。

竜が、突然、空中で何かにぶつかったかのように止まったのだ。

向きを変えるも、また何かにぶつかる。

気が付けば、見えない箱にワイバーンが入れられていた。


動きぶつかり。飛びぶつかるワイバーン。

そのワイバーンの胸で、激しい光りが光る。

「雷の魔法か」

マヒ系の魔法だが、効かなかったのか。

怒ったワイバーンは口を目いっぱい開く。

殲滅竜吐息フルブレス!」

街など簡単に蒸発してしまう、ブレスのさらに上位のブレス。

使えるワイバーンはは限られているはずなのだが。


しかし、その光りすら。

見えない箱の中で眩しく光るだけ。

地上には一切届かない。

光る壁が、竜の攻撃全てを受け止めていた。


途端。

ワイバーンの頭に小さな何かが生まれていた。

槍?


シュリフがそれに気が付いた時。

それは、一人の男に握られ一気に落下する。


槍は、竜の頭を貫き。

空中から再び飛び上がった男がその翼を切り裂く。


なぜか、男がニヤリと笑ったのが見えた気がした。

男が振るった槍は、竜の首を完全に切り取り。


ワイバーンは空中から忽然と消えたのだった。


「おお。手負いだとはいえ、瞬殺かよ」

「なかなか、、ですわね」

「を?逃げていくぞ」

5匹になった竜が、山へと逃げて行く。

「もう一匹仕留めるか」

青年が弓につがえるのは、とても矢とは言えないほど巨大な鉄の塊。


それは、青年の弓から当然のように放たれ、空中で消える。

遠くに飛んでいった一匹が激しい咆哮をあげながら落ちて行くのが見える。

その胸にはしっかりと青年がつがえていた鉄の塊が刺さっていた。

「心臓を一発。さすがね。大きいから、落ちる様子が良くわかりますわ」

ふふっと笑うゴスロリ服の女性。


「もっと早くに仕留めとくべきだったんじゃないのか?あれ、もう仕留めるのもなかなか厄介だぞ」

「私たちと一緒。という事でしょ。攻守完璧。5人目の器ですね。【皇の】に報告しとかなきゃ」

「あいつに言ったら、成長するまで待てとか言われそうだな」

「そうね。でも、いいじゃない?私たちよりも強くなる事はないでしょ?」

「まあな、、」

二人は目を合わせた後。

何事もなかったかのように街へと帰るのだった。

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