第60話 焦燥

「ど、、どうしよう」

「今は隠れているしかない。あれは、、多分、、、」

私たち二人は、茂みの中に隠れていた。

ちょっとシュンくんを助けようと思って受けた依頼。

軽い気持ちだったのに。


なんで、なんでなの?

「ライナ。泣くな。じっとして、やり過ごすしかない」

レイアはすごく冷静だけど。その目がうるんでいるのが分かる。

私も本当に今にも泣きそうになっていた。


だって。

目の前で、動いているのは、ゴブリンなんかじゃない。

犬の頭を持った、子供くらいの大きさの魔物。

いや、ゴブリンも、コボルトも、魔人と呼ばれている。


そう、魔人コボルトの群れが、目の前を歩いている。

戦って勝てる相手じゃない。

お姉さまは、「コボルトだけは絶対に、一匹残らず殲滅する」といつも言っていたし。

お兄様も、「コボルトだけは相手にするな」

と言っていた。

幼い私は、その話を聞くたびに、お母さまの胸で泣いたのだけれど。

冒険者の学校でも、コボルト、オーク、ゴブリンの3種類には手を出すなと言われていた。

彼らは群れで行動する。


ゴブリンは、人との間に子供を作る。オークは、ただただ、死なない。

そして、、コボルトは、、、、


「あれは、本当の悪魔だ。魔人と呼ぶにふさわしい」

お兄様がそう言っていたけど。

今なら分かる。

コボルトの首にかかっているのは、明らかに人の骨。

しかも、腰骨を二つに折って飾っていたり、頭蓋骨をぶら下げていたりしている。


「あいつらはな、、、獲物の一部を飾って楽しむんだよ」

お兄様の、声が、遠く思い出される。


見つかったら、ただ逃げろと言われた魔人。

もう半日近く私たちは隠れている。


限界が来ている。


依頼にあった通り。

ほんのちょっと。

ほんのちょっと森の奥に入っただけだったのに。


私は、レイアと二人で、泣きそうになりながら、たたうずくまっていた。

誰かが助けてくれる事を祈りながら。



「間違えましたじゃすまないだろう!」

僕は、シュンリンデンバーグは、悪態をつきながら、ひたすら走る。

ギルドマスターから、頭を下げられても。


マップに表示されている二つの緑色の点は動いていない。

その周りには、赤い点がうろうろしている。


二人は生きているのは分かったけど、囲まれている。

魔物に。


動かないと言う事は、隠れているという事。

二人の周りにいる敵を検索すると、スカルドックとか出ている。

聞いた事も無い魔物だけど。


とにかく急がないと。


森の中を走る。

横から、オオカミのような犬型の魔物が襲い掛かって来る。

けど無視。


数は多くなるけど、先にライナ達の所に行くのが先。

追いつかれそうになったり、面倒な魔物だけ、メイスで吹き飛ばす。


数体、頭まで吹き飛ばしたりしてるけど、気にしない。

マップを確認すると、僕の後ろは真っ赤になりはじめている。

「数が多すぎるんだよ」

愚痴が出た途端、目の前にオオカミが飛び込んでくる。

「風の監獄」

魔法で、空中に縛り付けてやる。

ついでに切り刻むけど。

ハーフバウンドとかいう犬型の魔物は木を蹴りながら接近してくる身軽な魔物だ。


この辺りには出ないはずの魔物。


なんでライナ達が出会わなかったのか、不思議に思うけど。

再び飛び込んで来た魔物をメイスで吹き飛ばし、土魔法で串刺しにする。


敵が強い。

2,3発は倒すのに必要なのに。

敵の数がばかげている。


目の前に回り込まれたのか。

4,5体のオオカミが一斉に襲い掛かって来る。

怪我を覚悟で突っ込むか。


僕が覚悟を決めた時。

ウルフが火の魔法に打ち抜かれる。

「何をしているんだい?」


後ろを振り返った僕が見たのは、先輩だった。

「聞いたよ。彼女達が、危ないんだろう?ここで君のハーレムフラグを折る事も考えたけど」

飛び掛かって来るオオカミが、一瞬で火魔法で打ち抜かれる。


あれは、レイアが得意としている、ドリル型の火矢。

「彼女達の涙は見たくないし、もっと見たくない姿になっているなんて、考えたくも無いからね」

ロア先輩は、にっこりと笑う。


魔法球は、確実に。

正確に襲ってくる魔物を打ち抜く。


「君が迎えに行ってあげなきゃ」

さわやかという言葉しか思い浮かばないその姿に。

僕は思わず頭を下げて、走り出す。



走っていくシュンくんを見ながら、僕はゆっくりとレイピアを抜く。

「魔法球のロアと呼ばれる僕が、ここは引き受けると決めたからね。この先は通さないよ」

後ろからは、次々と魔物がこちらに向かってきているのが分かる。


「後輩に負けるわけには行かないからね」

周りを見渡せば、数を数えるのも面倒なほど、魔物の死体が転がっている。


「焦ってたのに。これだけ叩き潰すとか。僕でも、この数を相手にするのは、骨が折れるんだけどね」


遅いかかってくる魔物を火矢で打ち抜き。

レイピアで一刺し。

確実に急所を突いて仕留める。

予知。

このスキルのおかげで、僕にはどこを刺せば魔物が死ぬのかが分かる。


チートと呼ばれる事もあるけれど。

「君も十分」

また一つ、魔物の動きが止まる。

「化け物だと思うよ」

奥に走って行った後輩を思って。


僕はすこし笑っていた。

「やれるだけやって、逃げないと、死ぬかもね」

森の中に。

魔法の球が浮き。

火矢で作られた火線が飛び交う。


「僕が死ぬ前に、全てのフラグを叩き折ってくれよ。シュンリンデンバーグ君」

思わず出た弱気な発言も。

魔物の叫びに掻き消えていた。

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