第52話幕間 商人

駆け出しの商人に、安全なんかない。

僕はその事を何度も。自分の身体で感じている。


それでも、行商をやっていると、出会える人。取引先。

新しい物。

いろいろな出会いが、僕の心を動かしてこの仕事をしていて良かったと思えて来る。


ギルドの受付をやっている妹は、危険だから止めてと何度も言ってくるけど、僕はこの仕事が好きだ。


けど、今回の仕事だけは、、全てが上手く行かなかった。


折角いっぱいの荷物を持って行ったのに、正規の兵士かどうかすら怪しい兵士に捕まってしまい、数日も拘留されてしまった。

荷物も、仕入れ価格ギリギリの値段ですべて取られてしまった。


予定では、利益で大量の塩やら、このあたりの果物を保存用に漬けたやつを買って帰るはずだったのに。

そこから、狂ってしまった。


まあ、没収とか言われなかっただけ、まだよかったのかも知れない。

大した買い付けも出来ずに仕方なく首都へ帰っていると、途中で横転している馬車に出会った。


持ち主と思われる残骸に手を合わせて、僕は荷物を自分の馬車へと移す。

泥棒と言うなかれ。これも、行商をしていると良くある事。

死んだ人間には、荷物は運べない。お金も必要無い。

だから、こうやって見つけた人が荷物を持って行く事は必要である。

その荷物を待っている人がいるかも知れないのだから。


荷物を運んでいる時、10歳くらいのエルフが荷台の中に隠れているのを見つけた。

青い髪の、少し青っぽい目の子だった。

目は、光りの加減で、緑色に見える事もある。


その首に付いている首輪を見て、僕は納得する。

奴隷だ。

結局彼女も馬車へと乗せる。

奴隷商人に売れば、いくばくかのお金になる。


そう思っていた。

ツイてる。そう思っていた。

なのに。

その夜、角突き牛の大移動に遭遇してしまった。


土煙を上げて移動する大軍に。

僕は怖くなって逃げ出す。


駆け出しの商人に、護衛を雇うお金は無い。

今は、逃げるしかない。


明け方まで馬を走らせて。

ガタン!と、へんな窪地へと入ってしまう。

何とか荷車をその窪地から出したら、水を積んでいた樽に穴が開いていた。

水がこぼれる。


首都へ到着予定としていた日は今日だったかも。

いや。昨日か。


妹が心配しているかもしれない。

あまり、遅れた事もなかったけど、あいつは昔から心配性だったから。


水を節約しながら、進んでいると。

オオカミの遠吠えが聞こえて来た。

「いや、ありえない。ありえないからっ!」

鳥のような岩鳥にムチを打って加速する。

馬車も引ける力持ちの魔物だ。

人間に懐きやすいから、こんな風に乗り物なんかに、使われている。

それはともかく、オオカミって、夜行性じゃなかったかい!?

焦る。早く逃げないと。

殺される。

仲間を呼んだのか。どんどん遠吠えが増えて行く。


鈍く。ほんとうに鈍く、車輪が折れる音が聞こえた。

絶望。

それでも死にたくない思いで、馬車を走らせる。

目の前に、二人の冒険者が見えた。

「た、、たすけっ!」

水も漏れているから、あまり飲めていない。

カラカラの喉が、悲鳴を上げる。

冒険者の横を通り過ぎる。

子供?


15歳くらいだろうか。

幼さの残る男の子が、手を出して。

オオカミの数匹が空中へと飛ばされる。

「ほぉ。なかなか」

もう一人の冒険者が笑っている。

その横を通り過ぎた時。

車輪がついに限界にきたらしい。

見事に折れる。

止まってしまった荷車を確認して、ベテランと思われる冒険者は、前を見る。

僕も、あの子共をみてしまう。


そして。後悔と、あまりの強さに目が離せなくなった。


凍った道の上で滑って倒れるオオカミの頭を一撃で叩き潰す。

吠えるオオカミの口をつかんで、ねじり首を折る。


悪魔。

あの子が、彼の口が笑っている。


ただ。

動きは綺麗で。

時々、彼を包むように流れる緑色の光りが幻想的で。

次々と消えて行くオオカミなど気にならなくなっていた。


僕はこの日。

助かったと言う思いと共に。

本当の悪魔は、ただただ、美しいのだと、実感したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る