第2話.TSF男女は恋する奴らの夢を見ない②
今更だがダリルにとってバートは「妹の元婚約者」であり、バートにとってのダリルは「元婚約者の姉」である。元、というのは妹が他の男にうつつを抜かした結果すったもんだがあり婚約解消の運びとなったためだ。ちなみにそのすったもんだの過程でダリルの一族は妹諸共滅んだしバートの一族は今頃どこかのダンジョンの建材になっているが二人揃って自分の一族とは仲が悪く見切りをつけることはそれほど難しくない程度の愛着しか持ち合わせていなかったためそれほど二人の人生に影を落としてはいない。二人がこの界隈に身を落としたのも、そういう過去の出来事由来の悲劇だとかトラウマだとかは全く持って関係がないため、現状二人はそれなりに下世話な会話を楽しむ知り合いくらいの仲に収っている。
で、あるため。ダリルもバートも、お互いのデリカシーだとか感傷だとかにそれほど興味はなかった。ダリルがゴブリンを孕もうがバートは陣痛で口が荒くなる彼女の尻を言われるがまま摩るだけだったし、バートが連続強制絶頂に陥ろうがダリルは隣で塩飴と水を用意しながら経口補水液をせっせと作成するだけだった。要は互いが互いの裸よりとんでもない体液に塗れた姿を飽きるくらいには見てきたため、互いの身体の性別が入れ替わりあまつさえ異性───本来の同性と性交渉をする羽目になる様子を見るくらいはいまさらどうということはなかったのである。そのためダリルは愉快そうに顔を綻ばせながら、なかなか言葉を紡がないのに焦れて再びバートのジョッキにチン、と己のグラスをぶつけて言葉の先を促した。バートは深いため息をつくと、諦めたように端的に述べた。
「……24時間以内に元の姿に戻らないと身体に仕込まれた触手の幼体を出産する羽目になるとか言われたからとりあえずチョロそうな異能持ち主人公界隈の奴に媚びてヤッてきた」
「どうやって媚びたの?」
「『どうか一日だけお情けをいただけませんか?』」
「……アッハハ!!かぁいいこと!」
わざとらしく軽薄な調子で笑ったダリルに、バートは深くため息をついた。
「……普段顔を合わせるやつとヤるのは気が引けるから、他の場所で探した途端これだ。やらかしたとは思ってるよ」
「あなたって変に真面目よねえ。でもそれより目の付け所が最悪よ」
「一番チョロそうで簡単にやれそうなやつを選んだつもりだが」
「簡単にやれそうでチョロい良くも悪くも素直な人間、大体妙に自信に溢れているものでしょう。そういう人は言い寄られたと思い込んだ途端モノにしようと躍起になるの。ただの性欲じゃなく救世主気取りな分なおタチが悪い」
「そうだったな……」
そういや元婚約者もそのタイプだった。
「あなたと寝た男、あなたのことを世を憂いて自暴自棄になった令嬢だと思ってるわ。ただあなたのその見た目を見て、負けヒロインか悪役令嬢のどちらかの類だと思ったみたい。そっちの界隈であなたのことを探し回ってるみたいよ」
「こっちの界隈の奴だと思わなかったのはオソダチのおかげか?」
「でしょうね。あと一日もすれば戻るだろうけど、一応警戒しておいた方がいいわ。この界隈にいると思ったら間違いなく救世主精神を滾らせて迫ってくるでしょうから」
実際よくある話である。エログロその他ロで終わるタイプのこの界隈、やはりツラがいい奴らの需要は高い。そのため内面に問題があるか極端に図太いかの二択であっても、顔のいい老若男女が己の体を色んな意味で売りながら働く姿は一部の救世主気取りにはとてつもなく刺さるのだ。最近でもこの界隈でそこそこ長く働いている、褐色の肌に目が覚めるような青い髪が映える女が他の界隈の男から言い寄られて乱闘騒ぎを起こしていた。ちなみに結果は女の勝ちである。この界隈に長くいれば勝手に身体も鍛えられるのだ。まあ相手取る存在が大体強すぎるので特に意味はないが。世界はかくも残酷だ。
「それよりも問題はお前だろ」
どうするんだ。相手がいなくて。そう言いながらバートはダリルを見遣った。愉快そうにバートを目を細めながら見つめていたダリルは、途端に少し困ったように首を傾げた。
「さあ。どうしましょうか……」
ダリルが誤魔化すようにグラスの残りを煽った。そのまま追加で一杯を店主に注文する。己の話になった途端歯切れが悪くなったダリルに、バートはため息をついた。ああそうだ。こういう自分のことを自分ごととして捉えるのが苦手なところ。どうしようもないよなあ、と思う。多分この界隈に生きる上で、ある意味生存戦略としては正しいのだろうが。いちいち当事者意識で受け止めてちゃあ壊れるのがオチだ。
まあ、「彼女」は。もともとそうだったけど。
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