第2話.TSF男女は恋する奴らの夢を見ない③
「じゃあするか?」
「……え?」
「俺と。やることやっとくか?」
バートがダリルの手をする、と撫でる。普段より随分とまあ大きな手だ。元の姿の手はやわらかで、傷ひとつない華奢なものなのに。昔は何か辛いことがあるたびに手のひらに爪を立てながら拳を握り込む癖があったから、手のひらには爪の跡がずっと残っていたけれど。こいつが爪を立てなくなったのはいつからだっただろうか。この仕事で辛いことはそれなりにあるはずだけどなあ。もといた場所がそんなに地獄だったのだろうか。
しばらくバートの手をじっと見つめていたダリルは、ふ、と少しだけ息を漏らすと、パッとバートの手を振り払った。そのままグラスを引っつかんで中身を全てなどに流し込んで立ちあがる。
「辞めとくわ。元婚約者の姉貴とやる趣味はないんでしょう?」
「趣味じゃないだけだし別にいいって言っても?」
「そういうのは元の姿の時に言って見せて」
「冗談だろ」
「冗談よ」
そんな言葉の応酬の後、ダリルはへらりと気の抜けたような笑顔を作った。
「適当にその手のプロに頼んでくるわ。初物はそれなりに優しくしてくれるでしょう?」
「できんのか?」
「最初それを進めたのはあなたでしょうに」
ダリルが呆れたようにけらけらと笑いながら、ひらひらと手を振った。
「じゃあね。次は元の姿で会えるといいわね」
「……ああ。壊れんなよ」
「あなたもね」
そう言って背を向けてあっさりと立ち去るダリルを、バートは自分の視界から消えるまでじっと見つめていた。ダリルが確かに立ち去ったのを見届けて、残った酒と肴を片付ける。またはそれなりに名家出身だったが、食べ物はこの世界に来てからの方がずっと美味く感じる。なんなら肌艶も良くなったまであるし。この何かしらの汁に塗れながら珍妙な超現象にすら巻き込まれるこの地獄の方が生きやすいとは。かつてバートがいたところもある意味地獄だったのかも。地獄の多様性というやつだな。人には人の地獄ともいう。
多分ダリルはまだこの地獄にいるだろうな、とバートは思った。この界隈は急に同僚がいなくなることがそこそこある。作品内で体がどうなろうがここに戻って来れば元通りの五体満足に戻るが、心までは治療されないのだ。どうしようもなく心が荒んで折れる奴らも珍しくない。
だからダリルがもし折れたら。バートはしてやれるだけのことはしてやるつもりだった。これは別に恋心からくるわけではない。なんか情に似た何か。まあ可能性はないに等しいけれど。そんなくだらないことを考えながら、バートは元の姿でまたダリルと会うことを、少しだけ願った。
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